*バトル・in・小金井 ハム太見参! 必殺「ホーリーチャージ」


 目の前に展開された光景は、ウンザリするほど「詰み」な状況を示していた。里奈を始めとして60人ほどの主に子供たちが乗り込んだ大型バスは、来場者会館手前から少し進んだ場所で、植え込みの木立を半ばなぎ倒して停車している。俺達とバスとの距離は約30m。ただ、大型バスと俺達の間には、メイズハウンド集団の壁がある。


 そして、メイズハウンド集団の更に先、バスの運転手席側では、割れたフロントガラスに身体を半ばまで突っ込んだレッドメーンの巨体がある。バスを中心に半径10mは里奈の【操魔素】スキルが造り出した魔素の無い空間のはず。だが、レッドメーンは「それでもかまわない」とばかりにバスに攻撃を仕掛けたのだろう。その狙いは、


「あぁ!」


 隣で朱音が悲鳴を上げる。その視線の先に俺も釘付けになった。運転席側に頭を突っ込んだレッドメーンは、制服姿の中年運転手に咬み付き、首を振り回す動作と共に車外へ放り投げた。糸の切れた操り人形のように、その運転手は力なく宙を舞ってアスファルトの地面を転がる。


 乗り物の運転手を襲って移動を封じるなんて、狡猾にもほどがあるだろう! しかも魔素が無い状況でも、レッドメーンは素の体格がライオンよりも大きい。十分に危険な猛獣レベルの脅威だということだ。


「まま魔法スキルでメメメイズハウンドに、ししかけます!」


 とは、[回復薬:中]の恩恵で重傷から回復した飯田。一方、朱音は悲鳴を呑み込みながら、


「強化魔法2回目行きます!」


 と宣言。そして俺と岡本さんは、


「突っ込みます!」

「勿論だ!」


 ということになる。


 バスが襲われる光景は、「何をどうする?」といった迷いを挟む余地がない。「やるしかない!」という状況だ。折れて使い物にならなくなった[時雨]の刀身を鞘に収めた俺は、もうこの時は武器が無いけど、だったら徒手空拳でやるしかないと覚悟を決めている。そして、


「――ミタマ、フルイテノチニ、シズマリタマエ、オン、アギャナイエイソウワカ、アー!」


 飯田の中二詠唱、朱音の【強化魔法:中級Lv2】の効果が同時に発現。目の前の数十匹のメイズハウンド集団の中心に猛然とした火柱が上がる。火柱はまるで集団を左右に割る様に中央に焼け焦げた1本道を作り出し、


「コータは援護、正面はオレが!」


 という岡本さんと、その後を追う格好となった俺の2人がその焼け焦げた1本道を突き進む。目指すはバス。そして一旦バスから離れたレッドメーン。


 とこの時、頭の中の妙に冷静な部分が疑問を発した。俺と岡本さんの2人でレッドメーンを何とか出来るのか? これって只の無謀な特攻なんじゃないか? そんな冷ややかな意見だ。


 でも「だったらどうしろと言うんだ!」という気持ちだ。岡本さんはバスの車内にお子さん2人が居る。俺も、バスの中にいる里奈を……助けなければならない。不利な状況だからといって行動を止めることは出来ないんだ。喩え、この行動がレッドメーンの思う壺だったとしても。歪んだ凶悪な形相で口角を上げて嗤うようにこちらに向き直ったとしても、止まる事は出来ない。


「この、犬畜生め!」


 先に仕掛けたのは岡本さん。多分【挑発】スキルを使った。その結果、レッドメーンの初撃を受けたのは岡本さんだ。鋭い爪を持つ太ましい前脚の一撃で、ジュラルミン盾の表面がザックリと裂け、何とか踏みとどまった岡本さんのメイスが、狙いを外して空を斬る。至近距離での一撃を躱したレッドメーンはそのまま岡本さんに体当たりを仕掛ける。結果、岡本さんは3,4m突き飛ばされてアスファルトの地面を転がる。


 ただ、この一連の攻撃でレッドメーンの左側面に隙が出来た。俺は[力]と[敏捷]を上乗せした状態でその隙に飛び込み、渾身の右ストレートを叩き込む。手応えは有った。俺の一撃でレッドメーンの身体がぶれる。俺は勢いをそのままに今度は右足で前蹴りを放つ。狙いは口吻の先端、おとがい。人間ならば決まれば脳震盪を起こす場所。


 タイミングとして、完全に決まったと思った。しかし、つま先は虚しく空を斬る。そして、態勢を崩したところに真上から圧し掛かられた。猛獣の4脚が無遠慮に身体を踏みつけ、身動きが利かない。首筋へ熱い息が迫る。


「く、そっ」


 せめての抵抗と俺はレッドメーンを睨み付ける。正直に言って「覚悟を決める」だの「走馬灯が見える」だのという間は無かった。ただ、見上げる猛獣の表情は獲物を捕らえて勝ち誇る余裕がある。その事が悔しい。 とその時、


「メラノア王国聖騎士ハム太、ただいま見参!」


 後から思い出すに、あの小さいハムスターの身体で良くあんな大声が出るな。と感心するほどの大音声だいおんじょうが響き渡る。そして、


「聖剣技、大突ホーリーチャージなのだぁ!!」


 ハム太の叫び声が響き、次の瞬間、俺は圧し掛かったレッドメーン諸共もろとも真横に吹き飛ばされた。


*********************


 事態が落ち着いた数日後の話。その時の状況を少し離れたところから見ていた朱音の証言によると、あの瞬間よりも少し前・・・・・・から、ハム太は来場者会館の重厚な屋根の先端に姿を現していたとのこと。それで、多分タイミングを見計らって名乗り口上を上げたようだ。対してハム太は「そんな事ないのだ!」と潔白を主張したが、あれがハム太の「過剰演出」だったという疑惑は、その後酔っ払ったハム太が「なのだ!」と自白したので間違いない。


 と、それはさて置き、俺をレッドメーン諸共吹き飛ばした衝撃は、ハム太が屋根から飛び降りながら放った刺突の一撃で生じた「飛ぶ斬撃」の1種だった模様。転がり終えて立ち上がった俺が目にしたのは、胴体に大穴を穿たれたレッドメーンの死体だった。


「この程度なら、ただ斃す・・・・分には問題ないのだ!」


 と偉そうに語るハム太だが、実力はそれに見合うものがあるらしい。チーム岡本が4人掛かりで手負い1匹を何とか斃せる、そんな相手に対してそう言うのだから、少し悔しい。実力差は今後の精進で埋めるしかない。


 そんなハム太だが、囮として緑地公園を駆けずり回っている内に、レッドメーンの注意が完全に逸れてしまい、このような状況になったとのことで、


「その点、力不足は申し訳ないのだ」


 としおらしく・・・・・謝った。ちなみに、ハム太もハム美も実力としてレッドメーンを何とかすることは可能だったが、敢えて斃さなかった理由は、


「変な場所にリスポーンされると被害が大きくなるのだ」

「リスポーンさせずに、居場所をある程度把握しておく方が良いと思ったニャン」


 というものだった。だが、結果として2匹は斃された。そのため、約2時間後には「魔物の氾濫」領域の何処かにリスポーンすることになる。その話を聞いて少し微妙な気持ちなったが、まぁ仕方ない。


*********************


 レッドメーンを仕留め、ハム太と合流した俺達は車外に放り出された運転手さん(まだ息があった)をバスに収容する。運転手さんについては、その後車内でハム太が【回復(省)】を重ね掛けした結果、意識は無いが取り敢えず容態は安定した。


 ちなみにメイズハウンドの集団は(飯田ファイヤー:火壁バージョン)と朱音の矢で戦意をくじく程度に処理できた模様。そのため、障害が無くなったバスは岡本さんの運転で、歴史民俗資料館ゾーンの建物を幾らか破壊しつつ、緑地公園の西から小金井街道に脱出することが出来た。


 脱出後、とりあえずバスは花小金井駅を目指して北上する。そして、鈴木街道との交差点に達したところで、警察が敷いた非常線に到達。緊張した面持ちの警察官たちは突然現れたボロボロの大型バスに驚いたが、里奈が事情を説明すると、数台のパトカーが先導する形でバスを花小金井駅へ誘導した。


 時刻は17:20。この時、花小金井駅南側のロータリーはさながら前線基地のような様相を呈していた。厳めしいオリーブドラブの装甲車や指揮車、ジープの親玉ような四駆車と警察車両、それに救急車等が、まぜこぜ・・・・状態でひしめいている状況だ。また、ロータリーを囲むようにして幾つものタープテントが鋭意設営中という様相。迷彩服姿の自衛官が忙しく立ち働いている。


 既に辺りは暗くなり、大粒の雨が落ちる状況。そんな中、バスは花小金井駅の南側ロータリーに到着した。子供たちや怪我人は待機していた救急車や自衛隊の車両(?)によって周囲の病院に搬送されることになった。


 一方、俺達チーム岡本と里奈の5人は最後にバスを降りたのだけれども、降りるなり、迷彩服の自衛官に囲まれることになった。別に敵意を向けられている訳ではないが、何と言うか、緊張する。と、そこで、迷彩服の自衛官達の間を割ってスーツ姿の若めの男が進み出る。その男は、


「少し、お話をお聞きしたいのですが、よろしいですか?」


 と申し出た。口調は丁寧だけど、状況的には嫌も応もない模様。面倒事は未だ続くらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る