*バトル・in・小金井 白い霞の檻の中で
俺の大声に飯田は「え?」という表情でこちらを見る。そんな飯田は目の前に迫った赤い影、いやレッドメーンの赤い巨体に気が付いていない。タイミング的にはもう間に合わない。俺は初撃に間に合わない事を承知の上で、飯田へ向けて一歩踏み出す。
しかし、次の瞬間、レッドメーンの巨体は飯田に衝突……せずに
「なっ?」
見間違いかと一瞬目を疑う。だが、確実にレッドメーンの赤い巨体は飯田をすり抜け後方に……いない。消えた? すると今度は朱音の声が背後で響く。それは、
「コータ先輩、危ない!」
という俺に向けた警告。その声に思わずギョッとして周囲を見回す。しかし、周囲には「危ない」という警告に見合うだけの差し迫ったモノはない。替わりに濃い白
ブゥンッ――
制止する間もなく、朱音は矢を放つ。放たれた矢は低い風切り音と共に俺の手前の空中を切り裂き、
「うわぁ!」
飯田の鼻先を掠めて飛び去る。今のは飯田に当たっても可笑しくないタイミングだった。飯田が避けられたのは【直感】スキルのお陰か、はたまた只の幸運か。
「あ、朱音、後ろだ!」
とここで岡本さんの声。しかし、
「くそ、挑発が効かない! 朱音、逃げ……消えた?」
多分朱音を庇おうと、【挑発】スキルを発した岡本さんだが、その声も怪訝そうに変わった。どうも、全員が全員、別の誰かが襲われていると錯覚した様子。そう気づいた時、俺はハム太の言葉を思い出した。
――この靄も奴が造り出した
なるほど、白い靄は視界を遮るだけじゃなく
「みんな、これは幻覚――」
と言い掛ける。だが、これはレッドメーンの作戦の内だったようだ。
というのも、俺が声を発したのと同時に、白い靄の中から忽然と姿を現したレッドメーンは、先程の繰り返しのように飯田に迫り、今度はすり抜ける事無く、本物の体当たりを喰らわせたからだ。
「ぐわぁ!」
今の一撃は
「飯田!」
「飯田先輩!」
「カケル!」
飯田はみんなの呼びかけに応えようとするが、呻き声しか出ない様子。一方、飯田に体当たりを仕掛けたレッドメーンは、そのままトドメの一撃を加えるでもなく、その場で白い靄に溶けるように輪郭が薄くなり、消えた。
幻影に実体を混ぜて攻撃してくるのか? こんなトリッキーなモンスターは今まで居なかった。その事実に俺はゾッとしつつも[時雨]を正眼に構え直す。ただ、切っ先を何処へ向けていいか分からない。つぅっと冷たい汗が背中を伝う感覚に、うなじの毛が逆立つのを感じる。
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実はこの時、白い靄の外では
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白い靄の中で周囲の気配を窺う。さながら猛獣の檻に閉じ込められたような圧迫感。それが全周囲から迫って来る感じだ。そんな白い靄の中、自然とチーム岡本の面々は倒れ込んだ飯田を中心に寄り集まり、お互いの背中を庇い合うように周囲に目を向ける。
ただ、誰も言葉を発することが出来ない。それどころか、ちょっとした
恐怖は余計なことを連想させる。
最初に続いた幻覚の攻撃は、もしかしたら俺達の力量を見抜くためのものかもしれない。最初に飯田を襲ったのは【直感】スキルを警戒したのかもしれない。トドメを刺さずに消えたのは、敢えて俺達が靄の外に逃げられないようにするためかもしれない……。
只のモンスター相手ならば「そんな事有る筈がない」と鼻で笑えるような事も、幻覚スキルを使いこなすレッドメーン相手では真実味がある。多分、朱音も岡本さんも俺と同じように考えているはずだ。だから、2人とも石像のように固まって動けない。
とここで、苦痛に喘いでいた飯田が聞き取れる声を発した。その声は普段に
「げげっげ幻覚は周囲にしかみみみ見えませんが、ここっこ攻撃は見えました」
飯田はそこでゲホゲホと咳をする。分かったから、もう喋るな。
「ああ朱音ちゃん、強化魔法……おおぉ岡本さんは、ちょちょっ挑発を」
背後で朱音と岡本さんが頷くのが気配で分かった。そして、
「こっこコータ先輩……は、ててって適当で」
俺だけ「適当で」かよ! と思わずツッコミそうになる。ただ、幾分緊張がほぐれた気がする。一方の飯田は再度咳き込む。妙にガザガザと雑音の混じった嫌な音の咳だ。
「っ! 来ま――」
「こっち!」
瞬間、飯田の声と朱音の悲鳴めいた声が重なる。振り向くと、朱音の正面5mくらいのところに、レッドメーンの姿がある。朱音はそれを見て声を上げた。朱音にも見えているということは、つまり実体を伴う本物の攻撃だ。
「こっちに来い、犬っころ!」
岡本さんの声は【挑発】スキルの効果を伴う。それを受けたレッドメーンは一瞬だけ突進を弱めて岡本さんの方を向く。だが、直ぐに目標を朱音に修正したよう。
「畜生、効きが悪い、こっちに来やがれ!」
「【強化魔法】行きます!」
岡本さんは悪態と共に再度スキルを使用。それと同時に朱音が【強化魔法中級:Lv2】を発動。すると、岡本さんの【挑発】スキルが、今度はちゃんと効いた。レッドメーンは突進をストップすると不愉快そうに岡本さんを見て、低く唸る。そして、次の瞬間には岡本さん目掛けて突進を再開する。
バンッ――
レッドメーンの体当たりが岡本さんのジュラルミン盾に衝突。衝撃音と共に岡本さんは1mほど後方にはね飛ばされるが、何とか姿勢を保って着地。そして、
「逃げるんじゃねーぞ!」
と再度【挑発】を使用。対してレッドメーンは白い靄に溶け込むことなく、岡本さんへ追撃を仕掛ける。
この間、俺は対峙したレッドメーンの様子を観察することが出来た。それで気付いたのが、このレッドメーン、よく見ると身体に幾つもの切り傷を負っているということだ。多分、ハム太が
特に右の後ろ脚付け根の傷は深く、今でも出血が続いている。それに気付いてから更にレッドメーンの動きを見ると、どうもその傷を
俺はそんな風に考えながら[時雨]を構え直す。目の前では岡本さんが【挑発】スキルを使いながらレッドメーンの猛攻に耐えている。時折反撃を試みるが、岡本さんの武器(さっき合流した時に飯田から受け取った新型メイス、その名も[飯田式フランジメイス2号])は、中々レッドメーンの巨体を捉えることが出来ない。寧ろ手を出す度に反撃を受けて手傷を増やしている感じだ。ただ、それでも止めないのは、多分、俺の行動を待っているから。
そう分かった俺は、ここで「4分の1回し」をスタート。最初は[力]と[技巧]以外の能力値の4分の1を[力]へ、次いで同じ分を[技巧]へ変換。これで「飛ぶ斬撃」の発動条件を整える。
この時、俺とレッドメーンの距離は4m。間に倒れ込んだ飯田が居る。俺は飯田の身体を飛び越えつつ、間合いを2mまで詰める。そして正眼から上段に振り上げた[時雨]を
「鋭っ」
という気合と共に振り下ろす。切っ先は文字通り空を斬る。同時に大きな破裂音を響かせて見えない斬撃が宙を
「ギャンッ!」
とレッドメーンが悲鳴を上げる。
手負いの傷に追い打ちを受けたレッドメーンは、その瞬間、恐ろしい形相を俺に向けた。瞬時に【挑発】スキルの効果が途切れたのか、強烈な殺気を俺に向けてくる。正直に言うとチビるくらい怖い。だが、俺は恐怖を押さえつけながら次のスキル、【隠形行】を発動。
先ほどバスを回収する際には結局使うことが無かった新しいスキル。【隠形行】は正直発動しても効果が出ているのか分かりにくい。しかし、この場合は明らかな変化がレッドメーンにあった。睨み付けるだけで相手を殺してしまいそうな怒りの形相に、明らかな動揺が混じったのだ。そして、
「どっち向いてやがる!」
このタイミングで岡本さんの【挑発】が再度レッドメーンの意識に干渉。レッドメーンの注意が岡本さんに逸れる。その間、俺は「今が好機」とばかり、一気にレッドメーンに肉迫。下段から掬い上げるように喉元狙って斬り上げる一撃を放つ。
ガキィ――
必殺の間合いの一撃だった。少なくとも自分ではそう思った。だが、その一撃をレッドメーンは強靭な
「うらぁぁ!」
俺は岡本さんばりの吠え声と共に、受けとめられた[時雨]を無理やり振り抜いた。刃が遮られたなら、その先は「飛ぶ斬撃」の出番だ。そして、
パキィン――
振り抜いた[時雨]は負荷に耐え切れず、乾いた金属音と共に鍔元で折れる。対して切っ先の更に先では、刃から飛び出た不可視の斬撃が俺のイメージ通りにレッドメーンの顎の付け根を深く切り裂いた。
たまらず、レッドメーンは大きく飛び退く。飛び退きながらも、その身体の輪郭が白い靄に溶け込もうとする。仕留め切れなかった! と思わず舌打ちが出る。このままだと、また幻覚によるかく乱攻撃を受けてしまう。だが、追撃しようにも、握った[時雨]は根本で折れた状態。と、その時、
「――ライウチカク、ムカイビノフチ……オンマリシエイソウワカ、マァー!」
背後で飯田の声が上がる。咳を押し殺したか細い声だ。だが、その声に応じて変化は確実に【飯田ファイヤー】として現れた。
――ブオォッ!
白い靄に溶けかかったレッドメーンの背後に炎の壁が立ち上がる。炎の壁は背後から半周レッドメーンを取り囲む。それで、レッドメーンの溶けかけた輪郭が再び鮮明に戻る。更に、
ブゥンッ――
独特の弦鳴りと共に、朱音の放った矢が、レッドメーンの胸に突き立つ。
――アオォォォンッ! アオォォ――
仰け反ったレッドメーンは天を仰いで血塗れの口から[遠吠え]を絞り出す。だが、その遠吠えも、
「うるっせーんだよ、犬っころがぁ!」
と、怒鳴りながら突進した岡本さんの放つ[飯田式フランジメイス2号]の一振りで沈黙。ゴツイ鋭角的な刃を幾つも備える金属塊がレッドメーンの首を打ち据え、次いで頭部を砕いた。
それでレッドメーンは沈黙。すると周囲を覆っていた白い靄はまるで嘘のようにスッと晴れる。突然開けた視界の先には……もう1匹のレッドメーンと30匹前後のメイズハウンドに包囲され立ち往生した大型バスがあった。
もう、溜息しか出ない。
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