*バトル・in・小金井 エントランス制圧!


 「飛ぶ斬撃」と【飯田ウインド】、それに朱音の矢を加えた背後からの奇襲攻撃によって、15匹いたゴブリン集団の数は7匹にまで減っていた。しかし、残ったのはゴブリンナイト2匹とゴブリンファイター5匹。結果として手強い相手しか残っていない。


 この時エントランスには中央廊下手前にゴブリンKが2匹、左のスペースにゴブリンFが2匹、右に同じくゴブリンFが3匹という配置。俺は奇襲で生じた混乱につけ込み・・・・、更に数を減らそうとエントランスへ飛び込む。そして、右の受付カウンター前に居る3匹のゴブリンFに狙いを定め、一気に間合いを詰める。


 3匹のゴブリンFは混乱している様子。「ギャッギャ」と耳障りな声でわめき合っている。その結果、間合いを詰める俺に気が付くのが遅れ、手持ちの槍を構えられずにいる。


 そんな状況の3匹に接近した俺は、先ず脇構えに付けた[時雨]で1匹の足を切り払う。片足を膝上で断ち斬られ、そのゴブリンFは転倒。ただし、トドメは刺さない。なんといっても、格上のモンスター相手に多対1の戦いだ。手傷をばら撒いて戦闘力を奪うほうが先決だ。


 そう心に決めている俺は、振り抜いた[時雨]を裏八相(八相構えの左右逆で心然流での呼び方)に付け、次いで隣の1匹の腹を左から逆胴で切り払う。切っ先下3寸の物打ちがそのゴブリンFの脇腹から入り、途中、鎧の金属板に当たって軌道を変え、臍の辺りから飛び出る。脇腹を切り裂かれたゴブリンFは、はみ出る臓物を押さえつつも前のめりに倒れた。


 そして、最後の1匹(この時ようやく槍を構えていた)には、正眼に構えて対峙。すると次の瞬間、3匹目のゴブリンFは槍の穂先を突き出してきた。意外に鋭い攻撃だ。慌ててそれを横に払うが、払いきれずに穂先が頬を掠める。


「つぅ」


 穂先の冷たい感触が頬を撫でて後ろへ過ぎる。浅く切り裂かれた感触だ。深手ではない。そう決めつけて、俺は突き込まれた槍の柄を横に払いつつ、ゴブリンFの喉元に平突きを見舞う。


 結果として、3匹のゴブリンFの内2匹に重傷を与え、最後の1匹は喉元への刺突がトドメとなって完全に息の根を止めた状態。重傷の2匹も戦闘に復帰することは出来ないだろう。


 とここで、


「コータ!」


 と、聞き慣れた岡本さんの声が上がる。振り返って見ると、廊下からエントランス側に出てきた岡本さんが、警察仕様のジュラルミン盾でゴブリンK2匹の攻撃を凌いでいる。盾は日本警察お墨付き、歴戦の治安維持盾だから問題無さそうだが、その一方で岡本さんの武器は警棒一本と心許ない。


 武器が貧弱なせいか、2匹のゴブリンKは遠慮なく攻撃を岡本さんに叩き込んでいる。これは援護が必要な状況だ。


 見れば、エントランスの反対側では飯田が1匹のゴブリンFに対して飯田式組立槍を振り回している。攻撃というよりも、かく乱している感じ。あっちも大丈夫か? と一瞬思うが、その足元には額に矢を生やしたゴブリンFの死体が転がっている。ああ、飯田が時間を稼いで注意を惹きつけ、それを朱音が撃つ戦法か。それなら大丈夫だろう。ということで、岡本さんへ注意を戻す。


 2匹のゴブリンKの攻撃は結構な重圧に見える。しかもゴブリンKは戦法を変えたらしく、2匹の内の奥側1匹が手持ちの盾で岡本さんのジュラルミン盾を押し付け、押し相撲の状態で拘束。フリーになった手前側1匹が岡本さんの無防備な側面へ回る動きを見せた。


「ギャギャギャ!」

「うぐぅっ」


 あっ、と思った時には既に遅い。その1匹の振り下ろした剣が岡本さんの左肩に喰い込んでいた。ゴブリンKが勝ち誇った声を上げる。ダウンジャケットの羽毛が飛び散って、岡本さんが苦痛の声を発する。同時に廊下の奥から里奈の「岡本さん!」という叫び声、そしてハム美の「行っちゃダメニャン、ますます不利になるニャン!」という声がする。


 ハム美の言葉の意味は良く分からない。しかし、この時の俺はそれを深く考える余裕が無かった。というのも、この時点で俺は岡本さんに1撃を加えたゴブリンKの背後に立ち、大上段に[時雨]を振り上げていたからだ。完全に背後を取った。


「ヤァッ!」


 自然と口を衝く気合の声。それを伴い[時雨]は大上段から風を捲きつつゴブリンKの脳天を襲う。頭には金属板を打ち付けた革っぽい帽子を被っているが、構わずそれごと・・・・叩き斬る勢いで振り下ろした。結果、


「ギョンッ!」


 完全に不意をつかれたゴブリンKは脳天から頭の半ばまでを断ち割られ、大きく痙攣すると、その場にどう・・と倒れる。ただ、流石に大上段からの兜割りはやり過ぎだったのか、[時雨]の持ち手にも結構な衝撃が来る。しかも、その衝撃はビィ~ンと不自然に尾を引く感じで、しばらく手元に残った。


 だが、俺の意識は既に岡本さんと盾を介した押し相撲をしている最後のゴブリンKへ向いている。左肩を斬られたことで岡本さんの形勢はかなり不利。ただ、仲間を斃されたゴブリンKに動揺の色が見られないのは不自然……ああ、【挑発】スキルの効果ということか。ならば、と俺は振り下ろした状態の[時雨]を引き上げて正眼に構え、真横から残り1匹のゴブリンKに打ち掛かる。


 結果、2度の斬撃と1度の刺突で俺はゴブリンKを斃した。殆ど同時に飯田と朱音の方も最後のゴブリンFを仕留めた模様。エントランスに束の間の静寂が訪れた。


*********************


「さぁコータ様、この[スキルジェム]からスキルを習得するニャン」

「これ、何のスキル?」

「【隠形行】ニャン、使用型アクティブスキル、レベル付き、効果はLv1で10秒、消費魔素力は20、必要修練値は250、モンスターから見つからなくなるニャン! でもLvが低い間は深層のモンスターには利かない場合があるニャン、それだけ注意すればとても有用なスキルニャン!」

「なぁハム美……もう一回言ってくれる?」


 とは、俺とハム美の会話。一方、隣では岡本さんが「うげぇ、まっず」と言いながら[回復薬:中]を飲んでいる。


 場所は相変わらず来場者会館のエントランス。ただしモンスターを掃討した後なので、この場に居るのはチーム岡本の面々だ。飯田はここまで大切に背負って来た大きな荷物から岡本さん用の新装備を取り出している。一方の朱音は正面玄関先の広場を油断なく見張っている感じだ。そして、里奈はと言うと、


「ところで里奈、なんでそんな離れた場所に居るの? もしかして照れてる?」


 俺がそう声を掛けるように、里奈は廊下の奥、避難した人達が居るという資料室の前あたりに留まっている。その距離およそ10m。ただ、照れているという訳ではなさそう。というのも、


「ハム美が近づくなって言うのよ!」


 とのこと。この声で外を見ていた朱音がボソリと何か言った。「ざまぁ」とか聞こえた気がしたけど、よく聞き取れなかった事にしよう。それにしても「近づくな」ってどういう意味?


「詳しい話はあとニャン、端的に言うと里奈様の周囲半径10mは今魔素が無い状態ニャン」

「……で?」

「だから、魔素が無いって事は、魔坑外套の効果が無くなるって事ニャン。一気に弱くなるニャン、危ないニャン」


 ということだった。実は先ほどの岡本さんも、魔坑外套が1度無効化された状態から戦闘に参加したため、結構危ない状況だったらしい。ちなみに「何でそんな危ない事をしたのか?」という問いに対して岡本さんは、


「いや……お前等の声を聞いたら嬉しくなって……なんとなく、ノリで」


 とのことだった。その結果[回復薬:中]が必要なほどの大怪我を負った訳だから「場のノリって怖いね」っていう話だ。まぁ、そんな岡本さんの行動によって結構強いゴブリンナイトを楽に斃せたのだからプラスマイナスゼロ、というところかな?


 それで、今エントランスでハム美が俺にスキルの習得を迫っている。スキルジェムは来場者会館の裏手で斃した3匹の豚顔モンスター(ハム美曰く「オーク」と呼ぶらしい)からドロップしたもの。それをハム美に見せたところ、さっきのように喰い付いて来た訳だ。


 ハム美の雑に情報過多な説明によると、確かに戦闘を有利に運ぶスキルな気がする。岡本さんの【挑発】とこの【隠形行】を組み合わせれば、モンスターの死角から必殺の一撃を浴びせることも可能だろう。


 でも、今の場合、ハム美がこのスキルの習得を推して来るのには別の理由があった。それは、俺達がここに来る前に岡本さんと里奈、ハム美で考えていた強行脱出案を行う上で重要なスキルだったからだ。


「……で、俺が【隠形行】を習得して、あそこのバスまで行って、それを運転してここまで持ってくる?」

「そうだ」

「そうニャン」

「そうよ」


 内容を確かめるような俺の質問に岡本さんとハム美、それに離れたところから里奈が3者3様に「そうだ」と言う。


「でも、バスって最初にどうやってドアを開けるの? それにキーも無いし、運転の仕方もわから――」


 全体として仕方ない選択だろう。でも、バスなんて運転したことない。そのせいか、思わず反論めいた言葉が口を衝く。すると、廊下の奥から何かがポンと飛んで来た。反射的に受け取るとそれは自動車のキー。


「避難している人の中に運転手さんがいるのよ、それがバスの鍵。ドアは鍵に付いてるリモコンボタンで開くし、運転はオートマだって、良かったわね!」


 とは、廊下の奥の里奈の説明。準備がいいな。ちなみに俺に求められるのは向こうに停まっているバスを来場者会館まで持ってくること。後の運転は避難者の中に居る本職の運転手さんに任せることになった。


 ということで、俺は人生2度目のスキルジェムの経口摂取を試みる。その結果、


――スキル【隠形行Lv1】を習得しました――


 と、例の強烈なメッセージが脳内に浮かんだ。


「じゃぁ、行ってくる!」


 俺はそう言うと、心配そうな朱音に頷いて見せてから外へ出る。極力気配を殺して進み、【隠形行Lv1】を使うのは最悪の場合に留めるつもり。なんといっても魔素力20消費は結構ハイコストなんだ。

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