*バトル・in・小金井 チーム岡本、合流!


*里奈視点****************


 岡本さんもハム美も、そして多分私も、往年コントの爆発オチのような状態。流石に白い粉を口から吹いたりはしないけど、吹き返しの熱い爆風によって岡本さんのダウンジャケットは端々が焦げたように燻り、ハム美はクリーム色の体毛を少し焦がしている。私も髪の先が少し焦げたような異臭を感じる。


 そんな状態から何とか立ち上がった私は、正面入り口側を見る。モンスターの姿は跡形もなく消え去り、ついでに展示物や各種のパンフレット、ガラスの破片などが吹き飛ばされて床に散乱している。まるで台風やハリケーンの直撃を受けたような感じだ。


 ただ、その先に停めてあったライトバンの破壊具合(大きくひしゃげた車体が黒煙を上げて燃えている)や私達が感じた熱と比較して、来場者会館内部には驚くほど火の気配はなかった。若干焦げた匂いがくずぶる程度だ。


「聖炎系はある程度燃え移りを制御できる大火力魔術ニャン! それより、里奈様【操魔素】習得したニャン、さっそく使うニャン!」


 ハム美の声で、ああそうだった、と思い出す。ハム美が[ナントカ大火球]を放つ直前、確かに私は【操魔素】というスキルを習得したらしい。脳裏に強烈なメッセージが浮かび上がったから、いやでも分かる。でも、


「使うって、どうやるの?」

「う~ん、口で説明するのは難しいニャン、【念話】を繋ぐニャン!」


 私の質問にハム美はそう答える。そして直ぐに頭の中にハム美の声が響く。


(イメージを直接送るニャン、頑張って理解するニャン)


 え? と思った時には、頭の中にハム美が言うイメージが流れ込んで来た。それと同時にズキンッと頭の芯が痛む。処理しきれないほどの情報を強制的に叩き込まれた反動だろう。その苦痛に耐える内に、ハム美のイメージが徐々に頭の中で輪郭を持ち始める。そうなって来ると頭痛は治まり、一気に像が鮮明になる。


 なるほど、[魔素]という物は得体が知れないけど、それをきりもや又は色の付いた空気とイメージして、それを遠ざけるように考えれば良い訳か。しかし、どれだけ遠ざければ?


(それはもう【操魔素】スキルの習熟次第ニャン。使用型アクティブスキルだけどレベルを持たないスキルは、とにかく本人の習熟次第で効果の強さが変わるニャン)


 アクティブとかレベルとか、良く分からないけど、とにかく使って慣れろってことね。


(そうニャン、とりあえず今は半径10mを意識するニャン。その範囲なら今の里奈様の魔素外套が持つ魔素力でも2時間は持つニャン)


 色々と聞き覚えの無い言葉が出てくるけど、それについては後で纏めて訊く事にする。棚上げにしている質問の数が更に増えるだけだ。という事で私は初めての【操魔素】スキルに挑戦する。しかし……


「ちっ、また新手だ!」

「ゴブリンナイトが率いる集団ニャン」

「ナイト……、手強いのか?」

「ちょっと手強いかも、ニャン」


 気が散る……ハム美と岡本さんの会話、ものすごく気が散る……


「……もう、集中できないから静かにしてて!」

「お、おう……」

「ニャン……」


 ようやく静かになった。それで、私は心の中で【操魔素】というスキルをまるで大きな団扇うちわのようにイメージし、それを使って周囲にわだかまる灰色の霧を吹き飛ばすようにイメージを重ねる。結果、


――ヴゥゥン


 低い音が発生した。それは肌を撫でる風も、鼓膜を刺激する振動も発せず、直接脳内に響くような音だった。「錯覚」かもしれない。でも、私と同じく岡本さんも「ん?」という表情になる。ハム美に至っては、


「成功ニャン!」


 と判断したようだ。結果として、岡本さんとハム美が言い合っていた新手のゴブリンナイトが率いるゴブリン集団約15匹は、来場者会館のエントランスに入って直ぐの場所で戸惑ったように足を止める。魔素が無いため、それ以上進めないのだろう。


「これでひと安心ニャン」


*********************


 【操魔素】スキルによって魔素の無い安全地帯を作り出した私達は、しばらくゴブリン集団と睨み合う。だが、15匹前後のゴブリン集団は、エントランスと廊下の境目から先には進もうとしない。どうやらそこ・・が【操魔素】スキルによる魔素の有無の境界線らしい。


 その事を見極めた上で、私とハム美はようやく資料室に避難している人達の手当てに取り掛かる。手当に際しては、先ほど30分続いた戦闘の結果としてドロップした品から幾つかのポーションを回収して活用した。ハム美が言うには[回復薬:中]1つと[回復薬:小]4つ、とのことだ。


 勿論、それで追いつく怪我人の数ではない。なので、ハム美は私を介して[止血術ヘイモスタッド]を使用し、比較的怪我が軽い人達にも応急処置を施す。ちなみに避難している60人弱の人達へは、ハム美が[集団意識:抑制]という魔術も同時に掛けている。魔術の効果は文字通りのもので、ひとくくりの集団に対して意識行動や自我による情動を抑制的に抑え込むものだ。簡単に言えば大人しく言う事を聞き易い集団に変化させる魔術、ということらしい。まぁ、集団催眠みたいな感じか。


 実は、この魔術を掛ける前は結構大変だった。「あんた管理機構なんだろ、あんたのせいだ! どうにかしろ!」と筋違いの無茶苦茶を言われるわ、「救助はいつ来るんですか?」なんてコッチが知りたい位の質問も受けた。どうも私が姿を現した結果、抑えていた動揺や不満が一気に噴き出した格好になったようだ。だから、乱暴な気もするけども「必要悪しかたない」として魔術を使ってもらったというわけだ。


 私にもっと威厳や迫力があれば、もしかしたら魔術に頼らなくてもみんなを落ち着かせることが出来たかもしれない。そう思うと悔しい気持ちが湧き上がるが、無い物は仕方ない。それに、不満や動揺が発展した結果、先程の吉崎先生のように各個バラバラな行動を取り始めると、集団としての安全が確保できなくなる。そんな恐れも理由の内だ。


 手当を一通り終えた後、私とハム美は全員を資料室に残して廊下に出る。廊下に出た途端に「ギャギャギャ、ギョギョギョ」とゴブリンの喧しい声が響くが、それを無視して見張り役の岡本さんに近く。そして今後について相談した。


 今後の方針については大きく2案ある。1つはこの場来場者会館に立て籠もり救助を待つという案。もう1つは「魔物の氾濫」領域外へ強行脱出を行う案だ。この内、ハム美は、


「この先、西側300mほどで[魔物の氾濫]領域から外に出られるニャン!」


 ということで強行脱出案を推している。これには理由があって、1度30分の休息を取って魔力を補充したハム美だが、実は応急的な回復しか出来ていないということ。色々と理屈は不明な所があるけど【操魔素】を何度も使う分の魔素力を私に補充することは出来ないということだ。精々あと1度らしい。しかも、次に魔力を補充するには本格的に4~8時間の休息が必要になるという。更には、


「【操魔素】のお陰で周囲に魔素が無いニャン。これでは里奈様の消費した魔素力が自然回復しないニャン」


 ということだった。もしかして、【操魔素】の効果を頼りにしてこの場に留まる方法というのは、根本的に「詰み」なんじゃないだろうか? とそんな疑問を感じた。


 一方の岡本さんはというと、


「今の内に避難した方がいいかもしれないな」


 と、こちらも脱出案に賛成の様子。廊下から外を見る限り、エントランスに固まっているゴブリン集団以外にモンスターの姿はないという。だから、


「向こうにバスがあるだろ、あれでナントカ資料館の敷地を突っ切って西側の小金井街道に出れば、ちょうど300mだろう」


 と言う。ちなみに五日市街道へ出る道は別のバスによって塞がれているが、園内を強引に突き進んで西へ出る、というのは可能な気がする。バスが通ることによって園内の歴史的な建物が壊れるかも知れないが……それはその時考えよう。


 という事で結論は「なんとかバスを使って脱出する」ということになった。


「バスへは俺が行く。何とかこの建物へ付けるから、中のみんなの誘導を頼む」

「それよりも、先ず目の前のゴブリン集団を何とかしないと」


 そんな会話になる。岡本さんの気がはやるのは分かるが、15匹からなるゴブリン集団は無視できる規模じゃない。その点を私は指摘する。すると、


「ここは私に任せるニャン!」


 ハム美がそう言って魔法ステッキを振り上げた。それで慌てて、


「まったぁ!」

「待って!」


 思わず私と岡本さんは同時にハム美を制止する。さっきの「ナントカ・大火球」みたいな魔術をいきなり撃たれたのではたまらない。


「まず、何をどうするか説明してくれ」

「そうよ、いつも唐突過ぎるのよ!」

「どうも……ごめんニャ――」


 ハム美はこの瞬間「ごめんニャン」と言いたかったのだろう。でもその言葉は不意に上がったゴブリンの悲鳴によってかき消された。


「なんだ?」

「何?」

「ニャン?」


 期せずして2人と1匹の声が重なる。その瞬間、


――ズヴァン!


 鳴り響く破裂音。目で見て分かるほど高くゴブリンの血飛沫が上がる。一体何なの? という疑問が浮かぶ。けど、突然の出来事は未だ終わらない。血飛沫が上がった直後、今度は廊下に強烈な突風が吹き込んで来たのだ。


「きゃぁ!」

「危ない!」

「ニャニャァ!」


 突風が廊下に吹き込む寸前、岡本さんは咄嗟に私を資料室の中へ突き飛ばす。直後、ズシンと大柄な岡本さんの体重が身体の上に掛かるが、その一方で、廊下では何匹かのゴブリンが突風に吹き飛ばされて奥へ吹っ飛んでいく。岡本さんに突き飛ばされなかったら、アレの直撃を受けていただろう。そう考えるとゾッとする。そして、ゾッとしただけに文句もこみ上げてくる。


「今度は一体何をしたのよ!」

「ったく、もう勘弁してくれよ!」


 岡本さんも同じ気持ちらしい。慌てて私の上から離れつつ、それでも文句はハム美に言っている。対してハム美は、


「こ、これは私じゃないニャン!」


 と首を全力で横に振っている。でも、だったら誰の仕業だっていうのよ!


「里奈! 岡本さん! 無事ですか?」


 とその時、まるで犯人が自ら名乗り出るようなタイミングで、外から声が上がった。聞き間違える筈のない、コータの声だった。その声に、変な話だけど、一瞬で足腰の力が抜けた感じになる。本当に不思議な感覚だった。



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