*バトル・in・小金井 里奈と岡本の戦い 来場者会館籠城戦


*岡本視点****************


 来場者会館の構造は正面入口入って直ぐが天井の高い広めのエントランスになっている。その右側に受付カウンター、左側は掲示物による展示コーナー、といった感じだ。この広めのエントランススペースは元々来場者向けの休憩スペースだったのか、長椅子などが置いてあったようだが、今は殆どがバリケードに使われている。


 建物内部、奥へ続く廊下は1か所のみ。丁度建物の真ん中を縦に通っている。その廊下のドン突き・・・・が今バリケードで封鎖されている裏手出口になる。その廊下の左右には部屋があり、右側が職員の事務所とトイレ、左側が来場者向けの展示室だ。


 今、来場者会館に逃げ込んだ人達はこの展示室に身を隠している。


 逃げ込んだ人達の内、琢磨と同じ学年の生徒はざっと見て50人。しかし、五十嵐さんや琢磨の学級の副担任をしている吉崎先生の話によると、本来なら2クラス64人いなければならない。だから10人ほど数が足りないことになる。


 その理由は……と、そこまで考えが及んだ時点で、まさに今さっき・・・・目にした光景が再び頭に浮かんでしまう。端的に言えば、その子供たちは「逃げ遅れた」ということだ。


 勿論全員を確認した訳ではない。しかし、建物入口を守る戦闘の最中に、俺は子供たちがメイズハウンドに喰われる光景を見てしまった。距離は50mほど離れた、車だまりの辺りの光景だ。


 その光景を垣間見た時、俺は逃げ込んで来た別の子供2人と学校の先生を背中に庇った状態で、鎧を着こんだ見慣れないタイプのゴブリン2匹と対峙していた。とても「何とか出来る」距離やタイミングでは無かった。ようやく2匹のゴブリンを斃した後、再度その場所を見ると、既にその場は真っ赤に染まったコンクリの地面と、赤黒く元が何か分からない塊が散乱している惨劇の後だった。


 しかも、そんな悲劇的な光景は、それ1度きりでは無かった。時に子供だったり、時に大人だったり。逃げ遅れた人達が手の届かない場所で次々と襲われていく。勿論、間に合うタイミングでは【挑発】スキルを使ってターゲットを俺自身へ向けさせる。それで助ける事が出来た子供も何人かいた。


 ただ、助けた命で奪われた命を補うことは出来ない。ただただ「目の前で殺された」という結末だけが積み上がっていく。その状況に俺は我を忘れた。「畜生め!」と怒鳴った事は覚えている。多分、逆上して飛び出そうとしたのだろう。だが、その瞬間、不意に頭を軽く小突かれた。見上げるとハム美が宙に浮いていた。沸騰していた頭の中に直接冷水を掛けられた気がした。


「岡本様、もう広場に生きている人は居ないニャン。建物の中のみんなを守るニャン」


 多分、ハム美は何か[魔術]か【スキル】を使ったのだろう。その一言で俺の頭は急速に冷静さを取り戻した。そして冷静になった状態で建物前の広いスペースを見ると、動いているモノは人もモンスターも殆どいない。辛うじて、俺の目の前にレッサーコボルトと8匹のメイズハウンドが居るだけだ。


「私が処理するニャン!」


 ハム美がそう言う。そして何事が叫びつつ手に持った星型のステッキをモンスター集団に向ける。肌を焼くほど強烈な熱を伴う炎が地面から立ち上がり、それで計9匹のモンスターは焼け焦げた炭のようになってしまった。


「さぁ、戻るニャン」

「……おう」


 そんなやり取りで来場者会館という建物に戻った俺は、ハム美が居ない30分間を守り切るという決心と共に、廊下の入口に陣取っている。


「岡本さん、来ます!」


 横から五十嵐さんの凛とした声が響く。廊下からエントランス越しに見る正面広場は、ハム美によって一時的にモンスターが掃討されていた。しかし、今や新手のモンスターが何処からともなく集まりつつある。奴等は目ざとく来場者会館を見つけたようで、遠巻きにこちらを窺っていたが、その内数匹 ――メイズハウンド―― がこちらへ接近し始めている。再度戦闘が始まることは明らかだった。


「絶対に通さん!」


 俺は誰という相手のいない決意を発して、手に持ったジュラルミン盾で床を一度打ち付けた。


*里奈視点****************


 翡翠ひすい細工に変身したハム美は私のコートのポケットの中。「30分」という期限付きだったけど、この「30分」は中々苦労する時間だった。翡翠細工に変身する間際、ハム美は「修練値500にするニャン」と言っていたが、早速修練値の事など気にしていられない。モンスターはそれほど次から次へと押し寄せてきた。


 最初の方は種類や数を覚える余裕があった。メイズハウンドが3匹、5匹と纏まって現れ、ついで装備違いのゴブリン系が4匹、3匹、といった具合だ。しかし、その後に続いたコボルト系とメイズハウンドの群れあたりからは、数える事が出来なくなった。個々の強さはそれほどでもないけど、とにかく数が多すぎた。


 ただ、通路を塞ぐ岡本さんと私の連携は、即席コンビの割に上手く機能した。ジュラルミン盾を持つ岡本さんが廊下の左半分を塞ぎ、右側にスペースを作る。モンスターはその右側スペースに殺到するのだが、それを私の六尺棒と岡本さんの警棒が迎え撃った。


 岡本さんの警棒による打撃はシンプルに振り上げて叩き付けるもの。ただし、私の目から見て、まるで小太刀修練者のような鋭さがあった。一撃一撃に迷いや遠慮がない。一発で斃せなければ二発目を、それでダメなら三発目を、と冷酷に迷いなく打撃を叩き込む攻撃ぶりだ。そのひと振りひと振りには言いようの無い強い怒りが籠っているのだろう。


 一方の私は六尺棒の攻撃パターンをコンパクトな突き一本に絞って対応した。相手はただのモンスターだ。変幻自在な間合の駆け引きや、相手の虚を突くフェイント攻撃などははなから必要ない。少し乱暴かもしれないが、そう決めつけて、左手前の順手構えから矢継ぎ早に突きを繰り出し続けた。


 ただ、流石に群がるモンスターは数を頼んで押しまくって来る。その上、斃した死体が1分と掛からずに消えるものだから、障害物の役にも立たない。ということで、私と岡本さんはジリジリと廊下の奥へ押し込まれていく。


 奥行き20mほどの廊下の中ほどに展示室へのドアがある。そのドアまでの約10mを粘りに粘って、しかし粘り切れずに押し込まれる。どれだけの時間を粘ったのかなど、記憶にない。遂に私と岡本さんは、展示室のドアを真横に見ながら戦う状態にまで後退を強いられていた。


 そして、今まさに対峙している目の前のコボルトチーフは、ここで私を無視してドアの取っ手に手を伸ばす。この先に無防備な人々がいる事をモンスター達も分かっているらしい。


「やぁっ!」


 擦れて喉に引っかかる気合と共に、六尺棒を突き出す。ドアの取っ手に掛かった毛むくじゃらの手を打ち据え、次いで喉元に突きを叩き込む。それで、そのコボルトチーフは後ろに倒れたが、直ぐにその身体を踏み越えて次の、今度は豚鼻のモンスターがにじり寄る。


 とその時、岡本さんが大声で言う。


「一回押し返す! その間に展示室へ入れ!」


 言うやいなや、岡本さんは盾を横長に持ち替えて、体重を掛けて一気に前へ押し出した。その一撃で、真正面にいた豚顔と数匹のメイズハウンドが押し返されて廊下に転倒する。


 ほんの一瞬だけ、モンスターと私達の間にスペースが出来た。その瞬間、私の脳裏に


 ――【操魔素】を習得しました――


 と強烈なメッセージが浮かび上がる。そして、


「復活、ニャァァァンッ!」


 という言葉と共に、魔法少女ルックのハムスター「ハム美」がポケットから飛び出してきた。


「お待たせニャン、駆け付け三杯一網打尽、[聖炎・魔滅大火球]」


 ハム美はやたらと仰々しい言葉と共に魔法ステッキを振るう。星形の先端に5重の魔法陣が浮かび、次の瞬間、丁度岡本さんの真ん前にオレンジ色の巨大な火球が現れる。


「悪・即・ニャァァン!」


 一匹だけテンションが違うハム美は、高らかに決め台詞・・・・(?)を言い放ちステッキを振るう。それと同時に、廊下を埋めるサイズのオレンジ色の火球は弾かれたように正面玄関へ向かって飛ぶ。途中の廊下にたむろしたモンスター集団を巻き込み、ガラス張りの正面玄関を破壊し、その先で植え込みに突っ込んで停まっていた[管理機構]のライトバンに向かって、火球は真っ直ぐに飛ぶ。そして、


――ドォォッォンッ!!


 火球はライトバンに衝突した瞬間、轟音を上げて爆発した。


「きゃぁぁ!」

「うおぉ!」

「ウギャァ!」


 吹き返しの爆風が廊下を駆け抜ける。私も岡本さんもハム美も、それで揉みクチャになって廊下を転がった。

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