*バトル・in・小金井 里奈と岡本の戦い 再籠城と【操魔素】スキル
*里奈視点****************
「岡本様、里奈様、みんなに建物に戻るよう呼び掛けるニャン」
「わかった」
「いいけど、でも声が届かない――」
「大丈夫ニャン、[拡声]と[強制]の魔術で行くニャン」
ライトバンを放棄した後、車内の子供3人と植え込み付近でしゃがみ込んでいた3人の計6人の子供を吉崎先生に託した私は、ハム美の指示通りに声を出す。岡本さんも同様だ。
「来場者会館へ戻ってください!」
「建物に逃げ込むんだ、早くしろ!」
声の限りに大声を発したつもり。でも、ハム美が言う[拡声]や[強制]の効果を自分の耳で確認することは出来ない。普通に大声を出した感じしかしない。
「これで良いのか?」
「しばらく言い続けるニャン!」
岡本さんも少し不審そうにハム美を見るが、ハム美はそんな返事。だから、2人でしばらく避難を呼びかける大声を上げ続ける。すると3,4度目くらいで効果があった。声の大きさは相変わらずだけど、右往左往していた人達の行動に変化が現れた。何とか園外へ出ようとしていた人達が徐々に来場者会館へ戻るような動きになった。
「岡本さんは建物入口の守り、里奈様は中の安全確保と誘導、私は――」
ハム美はそうやって指示を出す。ただ、文脈的に自分の行動を言う時点で言い淀んだ。どうしたのだろう? とちょっと不安になる。すると、
「ちょっと魔力切れが近い感じニャン。厄介なモンスターを何とかしてから戻るニャン!」
という事だった。なるほど、と思う。[魔術]を使うと魔力を消費するという事らしい。そういえば、昔大輝が遊んでいたテレビゲームにそんなルールがあった。思わず、当時の光景を頭に思い浮かべる。
確かコータが登場する以前の小学生時代の光景だ。当時の私は道場での稽古が無い日は、殆ど大輝の家に入り浸っていた。「近所だから」という度を超えていたのは、今思えば大胆な事だ。まぁ淡い恋心の芽生えなんだろう。その後、中学に上がるとコータが登場し、そこで私の恋心は揺れた。でも、結局は大輝の方へ気持ちが向かった。というのも、
「里奈様、里奈様、聞いてるニャン?」
「あ! えーと、建物内の安全確保ね?」
「そうニャン! 気配的に中にもモンスターが居る感じニャン! 気を付けるニャン!」
TPOを弁えず、ぼ~っとしてしまった私は、取り繕うようにハム美に答える。一方のハム美はそう言い残して、車止めの方へピューっと
なに、あれ? と、見たことの無いモンスターに注意が向く。見た感じはメイズハウンドに似ているけど、身体の大きさは2回りほど大きい。それに特徴的なのが真っ赤な
ハム美が言う「厄介なモンスター」とはアレの事か、と一瞬で納得する。と言うのも、その姿を見た瞬間、全身粟立つ感覚を覚えたからだ。本能が警告を発している、そんな感じがした。
「五十嵐さん! お願いします!」
とその時、吉崎先生からそんな声が掛かる。それで我に返って振り向くと、子供たちを引き連れた彼は、建物内部に入りたいけど入れない、といった様子。彼の周囲には、子供たちを中心に人が集まり始めている。そうだった、ハム美が言うには中にもモンスターが居るらしい。まずは、コッチをなんとかしないと。
「今行きます!」
私は興味、と言うよりも警戒心を最大限に
*********************
来場者会館内部にはハム美の言葉通りモンスターが居た。大黒蟻とよばれるモンスターだ。それが全部で16匹。ただ、4~5匹の小集団を形成して、受付エントランスや館内奥へ通じる廊下、奥の展示室などに点在していた。そのため、私ひとりでもなんとか斃し切ることが出来た。
一方、吉崎先生をはじめとした主に小学生と引率の先生方、それに歴史民俗資料館の職員や近所のおじさん、バスの運転手さんを加えた人達は、私が館内のモンスターを掃討しきらない内から、来場者会館内に逃れてきた。
一番奥の資料室の大黒蟻を掃討し終えた私は、そんな彼等に奥への避難を促す。それと同時に、建物の裏手にある出口を封鎖する手伝いをお願いした。
「子供たちと怪我をしている人は奥の資料室へ、残りは裏手の出口を塞いでください!」
逃げてきた人達の数は……途中岡本さんと一緒だった4人を加えて子供が50人前後、先生は吉崎先生を足して3人、その他が5人。全部で約60人だ。その内、無傷な大人は3人。後は何かしら怪我をしている。また、子供の中にも怪我を負った子がいて痛々しい。
「吉崎先生!」
「は、はい!」
「今度は外に飛び出しても助けに行かないですから!」
「……はい、他の先生にもそう言います」
前科持ちの吉崎先生に釘を刺して、私は裏手出口の封鎖に取り掛かる。無傷な職員さん(無傷だけど高齢の男性)と多分散歩中に巻き込まれた近所の老夫婦風の2人を伴って、長椅子や事務机などを出口に積み上げる。
「あんた、
「若いもんには負けられんて!」
「あなた、腰がダメなんですから程々に」
など、無傷なシルバー世代3人が協力的なのが助かる(後でハム美に聞いたら、この時点で[強制]の効果が残っていたらしい)。
それで何とか即席バリケードを構築した時点で、入口側から岡本さんとハム美がやって来た。岡本さんは、ライトバンを離れる際にトランクから警察仕様のジュラルミン盾と警棒を持ち出して装備している。一方のハム美は先ほどよりも元気が無い感じでフヨフヨと何とか宙に浮いている状況。
「正面入り口は守り難いから、通路に陣取る」
とは岡本さん。短い言葉は力強いけど、表情は……とても暗くて怖い顔をしている。何となく想像がつくけど、辛い光景を見たのだろう。一方ハム美は、
「
とのこと。さっきの赤い
「一応、近くのモンスターも出来るだけ処理してきたニャン。でも、直ぐに新手が来るニャン」
ハム美はそう言うとそのまま私の足元に着地。声の感じからも精彩を欠いているのが分かる。
「私は一時的な魔力切れニャン……回復するまで30分ほど2人で持ち堪えて欲しいにゃん」
「しゃーないな」
「そうね」
「ハム太お兄様には[遠話]で状況を伝えているニャン。でも、助けがいつになるか分からないニャン……申し訳ないニャン」
と言う。そうだった、ハム太というハム美の兄(?)経由でコータに状況が伝わっているという話だった。ただ、助けがいつ来るか分からないのはこの際仕方ないし、そもそも、ハム美が謝るような話でもない。だから私は「仕方ない」と言い掛けるが、ハム美の言葉はそれで終わりではなかった。
「里奈様、このスキルを習得するニャン!」
ハム美はそう言うと、両手を前に突き出す。その瞬間、両手の上に水晶のような石が出現した。スキルジェムだ。
「え? 私がスキルを?」
「そうニャン。今の里奈様の修練値が418。これを頑張って500まで上げるニャン。そうすると、このスキル【操魔素】が使えるニャン」
ハム美の説明では、スキル習得には修練値という数値が必要で、私は今418なのだという。対して、その【操魔素】というスキルの習得にはそれが500必要だということ。そして、【操魔素】の効果は、
「周囲の魔素の濃淡を制御できるスキルニャン。似たスキルに【聖域】という魔素を除去するスキルがあるけど、それの超上位版スキル……
つまり、周囲の魔素を操作して薄くするか完全に取り去ることで、モンスターを寄せ付けなくすることが出来る、ということだ。ただ、「だと思うニャン」と少し頼りないのが気になる。
「既に存在するモンスターはどうにもならないニャン。でも魔素を取り去った領域に外から進入することは出来ないニャン」
そういう
「おい、そんなスキルジェムをいつ拾ったんだ?」
「ちょっと前にコータ様が朱音様と2人でメイズに行った時に拾ったニャン。でも、ハム太お兄様が私に預けて、そのまま私が里奈様の護衛に就いたから……忘れてたニャン!」
テヘペロ、って感じで小さな舌を出して頭を小突いて見せるハム美。あざとく振る舞っているが、早い話、便利そうなスキルの存在を忘れていたということだろう。
それにしても、コータは朱音という女性と2人で行動するほど親密なのか……たしか、朱音という女性はチーム岡本のメンバーのはず。この前、荒川公園のメイズに初期調査に入った時、妙に険のある言動や視線を向けてきたのでよく覚えている。う~ん、別にどうでもいい話のはずだけど……なんだろう、変な感じだ。
「まぁ、しょうがないな。いまたっぷり修練値を持っているのは五十嵐さんだけだ……子供たちを守るために、俺からも頼む」
一方、そんな私の気持ちを知る筈のない岡本さんはそう言うと頭を下げる。強面の男性に頭を下げられる事より、「子供たちのため」なんて頼まれ方の方が、この場合は利いた。
「……分かりました」
そう言われて「嫌です」とは言えないよ。で、どうやって習得するの? え? 食べるの? これを? 冗談でしょ? 本当なの……。
ということで私はスキルジェムを口に入れる。入れた瞬間、水晶やガラスのように硬い表面がまるで砂のように崩れる。そして、何の味も匂いも無く、舌の上で溶けた。なにこれ、気味悪い……と思う間もなく。
――【操魔素】を獲得しました――
強烈な文字列が頭に浮かんだ。
「獲得したって……」
「良かったニャン。後はこの建物を守っている間に修練値が上がれば『習得しました』って頭の中に浮かぶはずニャン。じゃぁ、私はしばらく魔石に戻るニャン!」
ハム美はそう言い残すと、ハムスター型の
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