*バトル・in・小金井 里奈と岡本の戦い 籠城、解放、そして脱出?


*岡本視点****************


 トイレに立て籠もったのが多分14:30前後。それからしばらくの間、トイレのドアは「ドンドン、ガリガリ、ガウガウ」と外から体当たりを受けたり、爪のようなもので引っ掻かれたり、吠えられたりしていた。多分、ドアの反対側にメイズハウンドが陣取っていたのだろう。


 連中がどれ程執念深くドアを破ろうとしてくるかは分からない。だが、この程度だったら反対側からドアを支えている限り持ち堪えられそうだ。俺はそう考えていた。だから、


「みんな大丈夫だ、今に助けが来るから」


 と子供たちに話し掛ける余裕があった。勿論、助けが来る当てはない。子供たちを安心させるための言葉だ。ただ、普段鬱陶しい警察には、こんな時こそキリキリ働いてもらいたい。


 子供たちは泣き騒ぐような事はない。見ると琢磨が、仁哉と他2人の女の子を背中 ――洋式便器と壁の隙間―― に庇うようにして立っている。それで、俺の言葉に頷いて、後ろを振り返ってまた頷く。9歳児のくせに、妙に男前な奴だな。流石俺の息子だ。


 そうこうしている内、不意にドアに対する攻撃が止んだ。チラと腕時計を見ると時刻は15:08。もう30分近く籠城していることになる。モンスター達は諦めたのだろうか? 


 一瞬、そんな期待を感じる。だが、それは次の瞬間に打ち砕かれた。


――ドガァッ!


 先ほどまでとは明らかに違う種類の衝撃がドアを揺らす。まるで斧か何かでドアを破壊しようとしている、そんな感じの衝撃だった。それが2度、3度、と続き、4度目にして、丁度ドアを押さえる俺の顔の真横に衝撃の正体が顔を出した。鈍い鉛色に光るそれは、まるで鉈のような形状をした刃物。それが合板とプラスチックの複合材で出来ているドアをぶち破って顔を出したのだ。


「イヤァ!」

「おかぁさーん!」


 恐怖から女の子2人が泣き声を上げる。つられて仁哉が琢磨にしがみ付く。


 ドアに穴を開けた鉈は一度引っ込められ、その後、何度も叩きつけられる。次に何処から鉈が飛び出して来るか分からないのは怖いが、そうも言っていられない。ドアを押さえなければ、一発でドアがレールから外れるほどの衝撃だ。だから、仕方なく押さえ続ける。


 ドアに開いた穴はその後直ぐに3つにまで増えた。トイレの中の恐怖は最高潮、流石の琢磨も恐怖に顔を歪めている。その表情に、父親として何とも情けない気持ちになる。と同時に言い様の無い強烈な怒りが込み上げてきた。


 このままならば、ジリ貧だ。だったら、イチかバチか打って出るか。なんとか子供たちだけでも逃がすには、もうそれしか無い!


「琢磨――」


 と、俺が琢磨にこの後の事を言い聞かせようとする。その瞬間だった。開いたドアの穴から外の音、自動車のエンジン音と甲高いタイヤのスキール音が聞こえてきた。そして、


(岡本様、今行くニャン!)


 頭の中にはハム美の声が響いていた。


*里奈視点****************


「突っ込むわよ!」

「イケイケ、ゴーゴーニャン!」

「うわぁぁ~ひぇぇ~」


 私はアクセルを目一杯踏み込む。エンジンが唸りを上げてタイヤが甲高い音を上げる。それでライトバンは一気に加速。正面に公衆トイレを捉えたまま、モンスターの集団に突っ込んだ。


――ゴン、ボン、ガン、バシ、ゴンッ……


 車体全体に衝撃が伝わる度、ライトバンはメイズハウンドやゴブリンを跳ね飛ばして進む。2匹ほど、跳ね上げられたモンスターがフロントガラスに衝突。フロントガラスは盛大にひび割れた状態になる。吉崎先生の悲鳴がやかましい。しかし、私はアクセルを踏み続ける。下手に速度を弱めると、死体に乗り上げて止まりそうだからだ。


 それで、モンスター集団の中央位まで突っ込んだところで、流石にモンスター達はライトバンを避けるように左右へ逃げ始める。結果的に前方の視界が開けた。


 ひび割れたフロントガラス越しの前方には少し洒落た多角形デザインの公衆トイレ。その内多目的トイレの前には、入口を破ろうと大きな鉈を振るっている豚顔モンスター3匹。豚顔はドアを壊す事に熱中しているのか、私が運転するライトバンに気付いた様子はない。私はその豚顔3匹に、横から突っ込むようにライトバンのハンドルを切る。


――ド、ドンッ! ガシャッ!


 ライトバンは3匹の豚顔モンスターを見事にはねた。その内2匹は前方にはね飛ばされて遊歩道の上で伸びる。残り1匹はライトバンのフロントとトイレの外壁に挟まれて……白目を剥いた酷い造形の顔と目が合う。でも、ピクリとも動いていない。


 ライトバンは丁度多目的トイレのドアに車体を横付けした格好で止まる。フロントからモワッと白い煙が上がるが、まだエンジンは動いている。流石日本車だ。


「岡本さんは?」

「今出て来るニャン!」


 私の声にハム美が答える。因みに吉崎先生は妙に静かだと思ったら、豚顔のモンスターと同じく白目を剥いてぐったりと助手席に凭れ掛かっていた。ただ、こちらは死んだ訳ではなく、気絶しているだけの模様。そのまま静かにしていて欲しい。


 と、ここでトイレのドアが開く。中から出てきたのは岡本さんと息子の仁哉君、それに3人の小学生。


「ハム美、それに五十嵐さんか、助かった!」

「早く乗って!」

「おう、琢磨、仁哉、それに2人も早く乗れ!」


 その後、岡本さんは合計4人の子供たちを後部シートに押し込むと、自分は後ろのトランクから車内に乗り込む。


「出してくれ!」

「分かった!」


 岡本さんの合図でライトバンのギアをRレンジに入れてアクセル全開。後ろから岡本さんが「うおぉ!」と驚く声を上げ、子供たちも悲鳴なのか歓声なのか分からない声を上げる。でも気にしていられない。追加で何匹かのモンスターをはね飛ばしながら、ライトバンはバックで遊歩道に戻る。


「はっ……お、岡本君、それに塚本さんと孫田さんも、3人とも無事で――ギャ!」


 助手席ではこのタイミングで意識が戻った吉崎先生が助手席から身を乗り出して後ろの子供たちを確認する。それと同時に私はブレーキを掛けてギアをDレンジに入れて前進。弾みで吉崎先生はダッシュボードに頭を打ち付けて又も沈黙。わざと・・・じゃないよ、事故よ事故。それで行先は――


「この際、西へ進んで[魔物の氾濫]範囲外へ逃げるニャン!」

「でも――」

「メイズに残った人達は後で助けるニャン!」

「そ、そうね、分かった!」


 なんだか「メイズに逃げ込んで」と言い出した私が、真っ先に外へ逃げるのは変な感じがする。でも、先ずは子供たちの安全確保だ。後の事は後で考えよう。という事で、私はアクセル全開で遊歩道を江戸歴史民俗資料館の方へライトバンを走らせる。


 ただ、[魔物の氾濫]という状況は、それほど簡単に逃れることが出来ないものだった。丁度、江戸歴史民俗資料館の来場者会館の建物が見えてきた時、私達はその光景を目の当たりにした。


*********************


「なによ、これ! どうなってるのよ!」

「滅茶苦茶だな、畜生!」


 私と岡本さんが同時に叫ぶ。場所は遊歩道から歴史民俗資料館前の広目のスペースに出たところ。右手側に来場者会館の立派な建物が見え、正面にはコンクリ製の車止め、その先に車だまりのロータリーが有り、3台の大型貸し切りバスが停車している。


 それだけなら、コンクリ製の車止めを迂回してロータリーから五日市街道へ出るだけだ。しかし、目の前の広場には数十人の子供たち、引率する先生方、たまたま居合わせた大人たち、そして彼等を襲うモンスターの姿があった。


「無理やり避難しようとしたのか?」

「最悪の判断ニャン!」

「どうするの?」

「どうするって、放っておけないだろ!」

「でも、こっちだって子供がいるのよ――」


 そんな言葉を車内で言い合う。その間、視界の先では1台の貸し切りバスが動き出した。私と同じでモンスターの中を割って入って助けるつもりか? 運転手さん、頑張って! と思う。しかし、その考えは虚しく期待外れに、しかも最悪な形で終わった。動き出したバスはそのままロータリーを曲がり切れずに歩道の植え込みに乗り上げて横転、細い道路を塞いでしまった。


 結果的に、ライトバンに乗ったまま公園外へ出るルートは失くなってしまった。しかも、今のバス横転の光景が広場で右往左往する人達に更なる混乱をもたらした。とにかく公園の外へ逃げようとする人、来場者会館の中へ戻ろうとする先生方、指示が届かず泣きながら逃げ惑う子供たち、呆然として動きを止めてしまった子供の姿も見える。そして、モンスター達がそんな人々に襲い掛かっている。


「停めてくれ!」

「え、でも――」

「いいから、停めろ!」

「里奈様、私も行くニャン!」

「あぁぁ! もう、分かったわよ!」


 これじゃ、まるで私ひとりが逃げたがってるみたいじゃないの! そこまで言うなら、停まってあげるわよ!


 もう、なんだかヤケクソな気分で私はライトバンを停めようとする。その時、植え込みに追い詰められてしゃがみ込んだ3人の子供を見つけた。それと同時に、その子供に襲い掛かろうとしていたコボルトチーフ(?)の姿も視界に飛び込む。その後はもう、無意識だった。私はそのコボルトチーフに思い切りライトバンをぶつけに行った。


 ドンッ――


 衝撃と共にコボルトチーフははね飛ばされる。一方ライトバンはそのまま勢い余って植え込みの立木に衝突。さぁ停まったぞ!


「そこの建物にみんなを避難させてくれ!」

「里奈様、お願いニャン!」

「わかってるわよ! さぁ、みんな降りて!」

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