*バトル・in・小金井 岡本パパの戦い トイレ籠城戦!


「ゴルァ!」


 咄嗟に大声で怒鳴る。同時に殆ど無意識で【挑発】スキルをメイズハウンドに向ける。どっちがサリナちゃんでどっちがミサちゃんか分からないが、とにかく女の子に飛び掛かろうとしていたメイズハウンドが対象だ。その結果、


「ガウ? ウガァッ!」


 メイズハウンドは攻撃対象を俺に切り替えた。それにつられて残り2匹も俺を攻撃対象に定めたらしい。トイレ裏に3人を残して、一気にこちらへ駆け寄って来る。距離は元々10mも離れていなかったから、あっという間に接近。こいつらメイズハウンドお得意の飛び掛かり咬み付き攻撃の間合いに入る。


 この時、俺は全くの素手。しかし、背後には仁哉、メイズハウンド越しには琢磨を含む子供3人。逃げるという選択肢は最初から無かった。拳を固めて応戦する。


「ギャンッ」


 まず、飛び掛かって来た1匹に対して、カウンター気味に右ストレートを叩き込む。拳が犬の鼻面を捉えて、そのまま口の中へズリッと入り込む。結果、鋭く長細いカミソリのような牙に拳が衝突する。あっ、と思ったが、予想したほどの痛みはない。一方、右ストレートの打撃は確実にメイズハウンの脳天を揺らした模様。その一撃でメイズハウンドは全く可愛げのない形相で地面に倒れる。


「仁哉、パパの後ろに居なさい」


 言いつつ拳を確かめると、手の甲の傷は全く大したことがない。もっとザックリ切れたかと思ったが、傷が浅いならヨシ、と思い次に備える。次は2匹が同時に襲い掛かって来る様子。どうする?


 背後からは仁哉の気配だけがする。声を上げられないほど驚いているのだろう。そう考えながら、2匹を迎え撃つ。普段ならば片方を盾で受けて、もう片方にメイスを叩き込むところだが、生憎今は両方持ち合わせていない。だから、左から飛び掛かって来る1匹を左腕で打ち払うようにして、攻撃は右からの1匹へ。


 左腕には喰い付いたメイズハウンドの重みが加わるが、今は無視して飛び掛かって来た右の方を下から蹴り上げる。


「ギャンッ」


 飛び掛かりざま・・を下から蹴り上げられたメイズハウンドは、悲鳴を発しながら、俺の頭上を飛び越えて後方にドサッと落ちる。蹴った足には多分胸の骨だろう、ボキリと硬い物を圧し折る感触があった。しかし、これで息の根を止めたのか確認することが出来ない。左腕に喰い付いたメイズハウンドをナントカする方が先だ。


 ただ、不思議な事に、咬み付かれた左腕は大した痛みを発していない。少し押し付けられるような圧を感じるし、チクリとした小さな痛みはあるが、それだけだ。ただ、咬み付いた方のメイズハウンドは懸命に首を振っている。それが鬱陶しい。


「うらぁ!」


 俺は右手でメイズハウンドの首根っこを掴むと無理矢理引き離す。そして、そのまま掴んだ首を地面に叩きつけた。更にトドメとばかりに顔面に全体重を掛けた膝を叩き込む。メキっと嫌な感触が伝わる。それで、メイズハウンドは一回大きく痙攣したあと脱力した。


「パパ!」


 見ると、トイレ裏からこちらを見ている琢磨。背中に女の子2人を庇っているような立ち位置だ。流石は俺の息子、と思う。


 ただ、事態はそれで済まなかった。というのも、今度は背後から、


「うわぁ!」


 と仁哉の悲鳴。ギョッとして振り返ると、犬面の人型モンスターの姿があった。それがこっちへ突進してくる。多分コボルトチーフだろう。


「仁哉、お兄ちゃんの方へ!」


 言いながら、仁哉を背中に庇える位置へ移動。殆ど同時にコボルトチーフの持つこん棒の間合いに入る。コボルトチーフと俺の背丈は殆ど同じだ。だから結構大柄な部類に入る。そんなモンスターが殺気立った形相でこん棒を叩きつけてくる。その光景に、ふと昔の喧嘩を思い出す。


 あの時は、タイマンだったが何故か武器ドーグ有りだった。それで俺も相手もバットを持っていた。ただ、俺が喧嘩専門なのに対して、相手は剣道の経験者だった。技量の差というのは結構でかい。結果として、俺は右手首を強く打たれてバットを落とし、次いで打ち込んで来る相手のバットを止むを得ず左腕で受けとめた。


 その時の喧嘩は、その後、俺が掴み合いの殴り合いに持ち込み、最終的には馬乗りになって相手をボコボコにしたのだが、終わった後2か月位、両手の自由が利かなかった。多分骨にヒビが入っていたのだろう。ただ、相手がその後病院送りになったと聞いた俺は、頑として自分は病院に行かなかった。今思えば、阿呆あほう以外の何者でもないが、その当時は、そんな阿呆がプライドの拠り所だった訳だ。


 それで、今の場合、その時と同じようにこん棒の一撃を左腕で受けとざるを得ない。


「グオォンッ!」


 と勇ましい吠え声と共に振り下ろされるこん棒。それを受け止めた瞬間、結構な打撃と痛みが襲ってきた。ただ……あの時のバットの一撃に比べると、大した事が無いと感じてしまう。少なくても反撃を妨げるほどの痛みではない。ということで、


「うらぁ!」


 お返しとばかりに、俺も大声を上げる。そして、拳をコボルトチーフの長い顎に叩き込んだ。ゴキィという鈍い感触は顎の骨を砕いた証拠。それで、コボルトチーフは堪らず仰け反り、1歩2歩と後退する。


「ざまぁみろ!」


 思わず勝ち誇る。ただ、この時俺はある事を忘れていた。それは、


「ウオォォォンン、ウオォォォォオオン――」


 コボルト系の持つ[遠吠え]の事だった。


*********************


「琢磨、それにお嬢ちゃん達も、早くこっちへ!」


 俺は、仁哉の手を引きながら、公衆トイレの表側へ回る。


 あの後、コボルトチーフは何とかやっつけた。ただ、都合3回の遠吠えを許してしまった。その結果、四方からメイズハウンドが押し寄せてくる結果になった。しかも、その様子に他のモンスター、例えばゴブリンや見た事のない豚顔のモンスターまで集まって来る。


 そもそも、なんでモンスターがメイズの外に? と思うが、今はそれを考える時ではない。まず、子供たちを連れて逃げなければならない。というのも、集まって来たモンスターの数は、とても俺1人でどうにか出来る数ではないからだ。


 ということで、俺は子供たちを連れて逃げようとする。しかし、メイズハウンドや他のモンスター達は芝生の広場の方からも、遊歩道の方からもやって来る。結局行き場が無くなったため、仕方なく公衆トイレに立て籠もることになる。幸いなのは、広く作ってある多目的トイレが併設されていること。


 もう、それ以外の選択肢が無く、俺は子供たちの手を引いて多目的トイレに飛び込み鍵を掛けた。それが、いつまで続くか分からない籠城戦の始まりだった。モンスター達は直ぐに多目的トイレの前に集まった模様。そして直ぐに、ドンドン、ガリガリとドアを叩く音が始まる。元々頑丈に造っていないトイレのスライドドアが、その度に頼りなく揺れる。ぶち破るにはそれなりの力が必要かもしれないが、ドアがレールから外れて脱落してしまえば一巻の終わりだ。


「大丈夫だから、心配するな」


 俺は、怯える子供たちにそう言いながら、背中でドアを押すようにして支える。それしか、出来る事が無かった。



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