*バトル・in・小金井 岡本パパの戦い どうも息子はモテるらしい
管理機構の五十嵐里奈と別れた後、俺は
仁哉の歩く速さに合わせているから、遊歩道を進む速さは相当ゆっくりだ。そのうえ仁哉はアッチの枯れ枝を摘まみ上げて振り回したり、こっちの石ころを思いっきり蹴ったりして、その都度キャッキャと歓声を上げて俺の方を見てくる。
多分、仁哉は緑地公園に来た目的の「お兄ちゃんの遠足を見学する」というのをすっかり忘れているんだろう。だから、ちっとも先に進まないのだけれど、別に先を急ぐわけでもない。だから、これで良いと思って遊ぶ仁哉を見守っている。
そんな仁哉に付き合いながら、俺はつらつらと考え事をする。
今晩に予定しているお食事会。言い出しっぺは嫁の
昨日の[荒川運動公園メイズ]での初期調査の時、朱音からはチクリと
予約したのは花小金井駅近くの割烹料理屋で、俺の高校時代の不良仲間の実家だ。親父さんの下で真面目に板前の修業中らしいが、今では殆どの仕事は任されるようになったらしい。予約をする時に色々頼んでおいたから、かなり気合を入れてやってくれると思う。
そう言えば、今晩の食事会に田中社長を呼んだのだけれども、こっちはアッサリ、キッパリ断られた。「柄じゃねーよ」との事。まぁ、確かにそりゃそうだ、と思う。
「それにしても――」
と考え事を他へ移す弾みに声がでた。仁哉がコッチを不思議そうに見るが、
「ああ、何でもない」
と答える。それで仁哉は「石ころサッカー」に戻る。その後ろ姿を見ながら思う事は「平和だな」ということ。FZアメージングフードで働いていた頃は、平日の昼間にこんな風に子供と散歩できるなんて考えもしなかった。日々の生活を保つ事と、子供たちの将来の学費を積み増す事で頭が一杯だった。
それが[
鳴海が言うには、以前の仁哉は結構な
「アナタのお陰よ、なんだか2人とも随分お兄ちゃんになったみたい」
と鳴海は言うが、そんな事すら知らかった俺の方がどうかしていたと思う。子供にとって両親の影響は計り知れない大きなものがある。それこそ子供にとって
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俺も鳴海も育った環境は早速
その後は、随分と
ただ、その事に気付くころには、既に父親は他界していた。今、母親は連れ子達や弟に囲まれて気楽な老後生活をしているらしい。今更心痛の種だった俺が顔を出すのも変な話だ。だから、実の母やその家族との交流は一切無い。
一方、鳴海の方はもっと壮絶で、典型的な
そんな俺と鳴海が出会ったのは、鳴海が17の時。バイトの面接に来た時に知り合った。ただ、鳴海の履歴書は汚い字で書いてあり、住所は空欄、学歴は中卒。しかも保証人も立てられないと来た。当時のFZアメージングフードは別にバイト不足でもなかった。そのため、採用は出来なかった。ただ、当時20代半ばの男の出来心と言うべきか、俺は面接の場で個人的に連絡先を交換していた。一応、誓って言うが、あんなことをしたのは後にも先にもあの時一度きりだ。
その後、紆余曲折を経て同棲。いや、同居生活が始まる。お互いに家族・家庭に飢えていたから、疑似家族体験のような共同生活だった。俺が鳴海の学業を金銭的に支援して、鳴海が見返りに家事をする。そんな生活が1年続いてから、或る時、何をどうしたものか、男女の仲になってしまった。そう言えば、あの夜も確かクリスマスイブだったな……
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「パパァッ!」
と、仁哉の呼ぶ声で我に返った。見ると、仁哉は遊歩道から外れた場所に立っていて、手に持った木の枝で向こうの方を指している。それで、木の枝の方を見ると公衆トイレの建物があった。
「どうした、仁哉?」
「んとねぇ、お兄ちゃんが居る!」
「へ~」
場所的に、緑地公園の西より。ナントカ資料館に程近い場所にある公衆トイレだ。そこに琢磨が居るということは、多分見学後の自由時間なのかな。そう考えている間も、仁哉が仕切りに俺を呼ぶ。どうしたんだろう?
「パパ……お兄ちゃん、
「えぇ?」
ちょっと声を落とした仁哉は俺を見て心配そうに言う。ちょっと驚いた。それで慌てて仁哉の所に駆け寄り、公衆トイレの方を見る。丁度遊歩道からは隠れるトイレの裏手側に、確かに琢磨の姿があった。そして、他に2人の子供……女の子が見える。
「仁哉、ちょっと静かにしてろ」
「うん!」
何だろうか、苛められている風ではない。でも、女の子2人に詰め寄られているのは確かだ。父親として非常に気になる。ということで、俺は仁哉の手を引いてゆっくり公衆トイレに近づく。
不意に後ろの方から犬の遠吠えが聞こえてきた。なんだか、妙に聞き覚えのある遠吠えに感じられる。だが、その後直ぐに今度は公衆トイレの裏手から子供たちの声が聞こえてきた。その内容が……内容だけに、思わず意識が会話の方へ向かう。
後から考えるに、これが良くなかった。
ただ、その会話というのが父親として妙に
「たっくん、私とサリナのどっちが好きなの!」
「たっくん、このあいだサリナの事が好きっていったよね、なんでミサちゃんの事を好きっていったの!」
「あ、えっと……あの……」
「はっきりして!」
「本当に好きな方とチューして!」
「そうよ、チューして!」
「え、えぇ……」
確かに、苛められている訳じゃない。ただ、追い詰められているのは確かなようだ。それも、随分と自業自得な理由の模様。仁哉は心配そうにして木の枝を握りしめているが、俺はもう、笑い出すのを堪えるのに必死だ。
「そ、そんなの……」
「なんでよ、ハッキリしなさいよ!」
「そうよ、チューして、結婚して!」
「ぼ、僕は2人とも……」
いや息子よ、それは最悪の回答だぞ。といっても先々月9歳になったばかりの琢磨にこれは難しい選択だ。大体、この年頃の子供は男よりも女のほうが
俺は、トイレ裏のメロドラマから視線を外し、仁哉を促して遊歩道に戻ろうとする。その時だった。
「キャー!」
「イヤァ!」
突然、甲高い悲鳴が上がった。それも公衆トイレの裏手から。まさか、息子よ早まったか?
9歳児相手にする心配ではないが、思わずそう発想して振り返る。しかし、そこには思いもよらない存在がいた。
それは3匹の犬だった。だが、只の犬じゃない。妙に見慣れた
なんで?
と思うよりも身体が動く。その瞬間にも、メイズハウンドは女の子に襲い掛かろうとしていた。
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