*バトル・in・小金井 里奈の戦い編 園内爆走、迷子探し!


 メイズの外に出た私は、そのまま体育館の外へ向かう。吉崎先生の姿は既に見当たらない。ただ、3人の子供たちとはぐれた場所、つまり「憩いの広場」へ戻ったのだろうと想像は出来る。だから、私もそちらへ向かおうと思うのだけど、その時、駐車場に停まっている[管理機構]のライトバンが目に入った。


 吉崎先生と子供3人を連れ戻すなら、車があった方が良い。幸いにしてキーは水原さんに返していないから、コートのポケットにある。ちょっと運転に自信はない。それに本来車両進入禁止の園内だから気が引ける……いや、この際手段は選んでいられない。


 私はそう決心するとライトバンに乗り込み、エンジンを掛ける。幸い[管理機構]のライトバンはオートマ車だ。ギアをRレンジに入れてハンドルを切り返し、フロントを園内へ向ける。駐車場から遊歩道への出口は、ハム美の[魔術]で盛大に焼け焦げているが、お陰で金属製の車止めポールが地面に垂れるようにひしゃげているので、通過可能だ。


 シートベルトを締めて「よし!」と気合を入れ、アクセルを踏み込む。車は一気に……後方へ進む。おっと、ギアがRのままだった。慌ててブレーキを踏み、改めてDレンジに入れ直してから再度アクセルを踏む。ライトバンは結構な勢いで遊歩道へ飛び出した。


*********************


 遊歩道へ飛び出した私は、ハンドルを左へ切る。ライトバンは芝生の上に脱輪しつつ、何とか遊歩道に戻る。と、ここでこの後どうするか? を考える。このまま遊歩道を走るか、それとも「憩いの広場」の芝生に進入するか少し迷う。


 窓から見ると、枯れた芝生が広がる「憩いの広場」は緩く起伏が有って見通しが利かない。一方、見通しが利く遊歩道側には吉崎先生の姿はない。やっぱり「憩いの広場」へ行ったのだろう。


 と、この時、遊歩道脇の植え込みから何かが目の前に飛び出してきた。咄嗟にブレーキを踏む私。タイヤがキーッと音を立て、フロントバンパーに「ドンッ!」という音と衝撃。同時に「ボンッ!」エアバッグが作動して視界が一瞬白くなる。車は止まった。しかし、


「あっ!」


 と声が出る。そして、しぼんだエアバッグ越しに恐る恐る前方を見る。咄嗟に考えるのは「人じゃありませんように」ということ。しかし、目の前の遊歩道で伸びているのは人の形をしていた。一瞬で血の気が引く。よりにもよってこんな状況で人をはねるなんて……いや、でも、よく見たら……


「フギ……」


 跳ね飛ばされて地面を転がった人型の生き物は、人間とはかけ離れた頭部の造形 ――豚の顔を前後に詰めたような感じ―― で、体色は暗緑色。それに全身に動物の皮を巻き付けたような服ともいえないものを身に着けている。しかも、大切な部分が隠せていない!


「人……じゃない」


 安心した、と言うと変だけど、人じゃなくてホッとした。ただ、人じゃないならモンスターという事になる。それに、結構ガッツリはねられたはずの豚顔モンスターは、起き上がろうと藻掻いている。タフなモンスターのようだ。しかも、植え込みの所から仲間と思われる同型のモンスターが2匹こちらを窺っているのも見えた。


「人じゃないなら、良いわよね!」


 何がどう「良い」のか分からない。ただ、所謂いわゆる「モロ出し」状態の豚顔モンスターに強い不快感を覚えたのは確か。それで私は開いてしまったエアバッグをハンドルの中央に押し込み、再度アクセルを強く踏む。グワッと前進を開始したライトバンは、起き上がりかけていた豚顔のモンスターを再度はね飛ばし、そのまま更に前進して左のフロントタイヤで踏みつけた。


 車体がゴトン、ゴトンと上下して物を乗り越えた感触がハンドルに伝わる。結果を確認する趣味はないので、私はそのままハンドルを右に切り、ライトバンを「憩いの広場」の芝生へ進入させる。


 チラっとルームミラーで確認した後方では、完全に潰れた豚顔モンスターの周りに仲間の2匹が駆け寄っている。そして、威嚇するような怯えるような視線をこちらへ向けているのが分かった。追ってこないで欲しいと思う。


*********************


 「憩いの広場」に進入した後は、緩い起伏を乗り越えながらライトバンを走らせる。ただ、歩いている分には気にならない広場の起伏が、車に乗って見ると結構見通しを妨げる。なのでスピードは控えめ。30km位に抑えている。


 この間、広場内でメイズハウンドの集団や、4,5匹のゴブリンの集団に遭遇した。その内、ゴブリンは自動車に驚いて逃げ出してくれたが、メイズハウンドは何故かこちらに突っ込んで来た。その結果、もうメイズハウンドばかり6匹ほどはねたり轢いたり・・・・・・・・している。完全に私はマッドドライバーだ。


 ただ、目的はあくまで迷子になった生徒3人と吉崎先生の捜索だ。それで、私はなるべく起伏の高い所を走るようにして見通しを確保しながら進む。視界の先には先ほどから四阿あずまやのような建物が見えている。恐らく「憩いの広場」の中央部分だろう。


 と、その時、四阿あずまやの所で何かが動いた。それはライトバンに気が付くと立ち上がってこちらに手を振る。吉崎先生だった。


 私は急いでライトバンをそちらへ向けてアクセルを踏み込む。そして四阿あずまやの横に着けると、


「吉崎先生、早く乗って!」


 と声を掛ける。対して吉崎先生は、既にアチコチがボロボロと傷だらけの状態だったが、転がるように四阿から出ると助手席に飛び乗って来た。


「すみません……多分こっちに居ないなら歴史民俗資料館の方かもしれません!」

「分かりました」


 短く言葉を交わして、ライトバンを発進させる。それにしても、吉崎先生がここまで来ることが出来た事に少し驚いた。アチコチに引っ掻き傷や打撲、噛まれた痕があるが、生きていることが凄いと思う。


(当然ニャン、私が付いていなかったら、今頃あの世行きニャン!)


 と、ここで突然ハム美の【念話】が頭の中に響く。え? と思って吉崎先生の方を再度見ると、いつの間にか彼の頭の上にフリフリ衣装の魔法少女スタイルハムスター、ハム美がチョコンと乗っかっていた。


(里奈様が外に出たのを感じて、慌てて追いかけたニャン。それで、先にこの男・・・を見つけたニャン。見殺しは寝覚めが悪いニャン)


 という事だった。更にハム美が説明するには、私がメイズを出た直後、【念話】の繋がりが切れた事を察知したハム美は大慌てでホールに戻った。そこでギャン泣きする子供たちと残った先生達や柿崎巡査の会話から事態を察して、後を追って来たということだ。ちなみに、どうにも泣き止まず恐慌状態が極まっていた子供たちには、


([昏睡]の魔術を掛けたニャン。半日は寝たままニャン)


 という事らしい。乱暴だなと思うが、体力消耗を抑えるにはベストな方法だというのがハム美の考えだった。


 そうこうしている間にもライトバンは(途中で何度かモンスターをはねながら)遊歩道へ戻る。先ほどよりも西側、緑地公園管理事務所棟よりも更に歴史民俗資料館側へ寄った場所だ。


 遊歩道に出たため、周囲の見通しは良くなった。そして程なく、前方に不穏な集団を発見する。


(コボルトチーフ、メイズハウンド、ゴブリン……それにオークニャン!)


 ハム美の【念話】を待たなくても、前方で集団を形成しているのがモンスターだという事が分かる。それも、ざっと見た限り50匹以上居る感じだ。そんなモンスター達はどういう訳か小さな建物……公衆トイレを取り囲んでいる様子。もしかして、あの中に人が立て籠もっているのか?


(ムムム……この感じ、岡本様ニャン!)


 と、ハム美の【念話】が告げる。そして、今度は実際の生声・・・・・で、


「他に4人、子供ニャン。里奈様! 助けるニャン!」


 と言う。何で【念話】じゃないのか? なんて疑問が思い浮かぶ暇もない。もう気分はマッドドライバー里奈だ。


「オッケー、了解! 突っ込むわよ!」


 ……あれ? なんだかキャラが変わっていないか、私?


 そんな疑問を感じない訳ではないが、私は集団目がけて一気にアクセルを踏み込む。グッと加速を強めるライトバン。その車内に事情を知らない吉崎先生の悲鳴が響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る