*バトル・in・小金井 里奈の戦い編 メイズに避難?


 流石に小学校低学年の児童の足は遅い。それをまるで牧羊犬のように追い立て、誘導し、急かしながら体育館へ向かう。途中で転んでしまう子が何人もいるが、手足を擦り剝いても、泣き声を上げずに立ち上がって前へ進む。偉いぞ、と思う反面、泣く事も出来ないくらいの恐怖なのだろう。そう思うとキュッと心が締め付けられる気がする。


 背後に出現したゴブリン集団の数は12匹。立ち止まって戦うにはちょっと多すぎる。その上、見たことの無い大柄なゴブリンが2匹混じっている。他と違ってちゃんとした鎧や武器を持っているから――


(ゴブリンナイトニャン! 上位種ニャン)


 ということだ。


 ハム美は取り敢えず子供たちを誘導するのが先決、という考えの様子。【念話】スキルの作用なのか、私の考えがハム美に漏れるのと同様、ハム美の考えも私に漏れ伝わる。そんなハム美は時折、離れた場所に居る「ハム太お兄様」とやらに向かってメッセージを送っている様子。どうも、私が[魔物の氾濫]に巻き込まれたと伝えているようだ。でも、なんで?


(コータ様とハム太お兄様に救援要請ニャン、でも、どれだけ掛かるか分からないから、しばらくはメイズで籠城ニャン!)


 ということだ。そして、


(丁度良い具合にゴブリンどもがひと固まりになったニャン、纏めて処理・・するニャン)


 と言う。


 場所は体育館前の駐車場に入ったところ。子供たちの先頭は安井巡査部長と大島さんが誘導している。私は水原さんと2人で先生達の更に後、つまり最後尾にいる。ゴブリンとの距離は約10mまで詰まっている。


 「丁度良い」とハム美がいうのは、遊歩道から駐車場へ続く進入口でゴブリン集団が団子状態になったからだろう。でも、どうするの?


(こうするニャン! [煉獄・焦炎波]!)


 ハム美は仰々しい言葉を発しつつ「ザ・魔法少女ステッキ」をゴブリン集団に向ける。するとステッキの先の空中に何重もの魔法陣のような模様が、青や紫の燐光と共に浮かび上がる。そして、一拍間を置いた後、


――ゴバゥァッ!


 後方で空気が破裂するような轟音が上がり、髪が焦げるほどの熱風が襲い掛かって来た。驚いて振り返ると、団子状に固まっていたゴブリン集団の足元、アスファルト舗装の地面から濃い赤色の炎が吹き上がり、それがゴブリン集団を焼き尽くしている。地面のアスファルトが泡立っているように見える。かなり強烈な熱量なのだろう。


(これで鬱陶しいゴブどもはやっつけたニャン、さっさとメイズの中に避難するニャン)


 ハム美は事も無げにそう言う。私は熱気を感じているのに、何故か全身に鳥肌が立っていた。[煉獄れんごく焦炎波しょうえんは]……口にするのも恥ずかしい名前だと思う。それをサラッと言うなんて、ハム美、なんて怖い子なの……。


*********************


 [小金井緑地体育館メイズ]とでも命名されるだろうメイズは、体育館のエントランスに面した用具保管室内に出来上がっていた。直径3m程度だからMGMS規格では小規模メイズ、ということだ。


 中に入るにはそれなりの押し問答が有った。しかし、結局、大島さんと水原さんの2人が現役自衛官で、内部の安全を保証する(これは私が無理矢理言わせた)と約束したことにより、引率の先生達が納得。安井巡査部長も折れた。


 対して、エントランスで手持無沙汰にしていた[群狼第3PT]の面々6人には、大島さんが、


「お前等も協力しろ!」


 と一喝。流石に現役二等陸曹の非常事態モードなだけあって、その声は私も思わずビクッとするくらいの迫力がある。あの空気感に対して「嫌で~す」といえる人間は中々いないだろう。[群狼第3PT]の面々は困惑しつつも何度も頷いていた。


 そんな[群狼第3PT]の面々を引き連れて、大島さんは再度メイズ内に潜行。1層に入って直ぐのホール状の空間の安全を確認した後、子供たちと先生、それに負傷した柿崎巡査らが内部へ入っていった。


 一方、私と水原さん、安井巡査部長は手分けして出来る事をする。水原さんはバリケードの設置。安井巡査部長には、施錠された管理事務所のドアを何とかしてもらい、中の固定電話から外への連絡と救助要請をお願いする。そして私は2人から自動車の鍵を受け取り、駐車場のライトバンとパトカーの中から使えそうな装備品を回収した。


 準備の間、時折外から犬か狼の遠吠えのような鳴き声が聞こえてきた。それも段々と頻度が上がっているように感じる。流石に東京でこれはあり得ない・・・・・・・・。多分モンスターの吠え声なのだろう。


 ふと考える。メイズの中に逃げ込むという事は、周囲をモンスターに取り囲まれて孤立することと同じだ。助けが来なければ持って1、2日。飲み水が無い事が痛い。まさか、散々籠城した挙句にやっぱり外に出て脱出を強行するようなことにならないと良いけど……。


 そんな私の予感は、少し形を変えて、この後直ぐに現実化してしまうことになった。


*********************


 メイズ1層は入口階段を降りて直ぐにホール状の広い空間があり、その先に左右と正面へ伸びる3つの通路が続く構造。3つの通路の入口には[群狼第3PT]と大原さん、水原さん、安井巡査部長が、分担して見張りのように立っている。


 一方、入口階段の左脇には子供たちと先生方がひと塊になっていて、少し離れた所に柿崎巡査が座っている。子供たちは多少ザワザワとしているが泣き喚くような子は居ない。今は、先生方が点呼を取っているようだ。


 柿崎巡査の方は、壁に立て掛けたジュラルミン盾の横でぐったりと床に座っている。ちなみにジュラルミン盾はさっきパトカーから回収した装備の一つだ。他に警杖や警棒があったので、それらは安井巡査部長や大島さん、水原さんが使っている。


 柿崎巡査は明らかに顔色が悪い。しかし、気丈にも弱音は吐かない。それどころか、惨い傷口を子供たちが見ないように、上着を脱いで右手に巻き付けている。元々タフな人なんだろう。そう思って見ていると、不意に柿崎巡査と視線が合った。私は特に意味もなくうなずいて見せる。すると、顔色が悪かった柿崎巡査の血色が少し良くなった気がした。


 とその時、ハム美が【念話】で語り掛けてきた。


(リスポーンまで30分から1時間あるニャン。今の内に通路の奥に結界を張って来るニャン)


 とのこと。腕時計を見れば時刻は14:49。初期調査として最初にメイズに入ったのが13:30頃だから、確かにそろそろリスポーンを気にしなければならない時間帯だ。


 ハム美は、3つの通路の奥に夫々それぞれ結界を張って、リスポーンしたモンスターが入口付近に来るのを防ぐつもりらしい。結界の向こう側にリスポーンしたモンスターを遮断して安全の度合いを上げる措置だという。【スキル】なのか[魔術]なのか分からないけど、便利な事はどんどんやって欲しい。


(分かったニャン、ちょっと行って来るニャン)


 ハム美はそう言うと、スゥーッと宙に浮いた状態で通路の1つへ消えていく。ちなみに、ハム美の姿は、大島さんも水原さんも気付いていない様子。ただ、子供たちの中には不思議そうにこちらを見ている子が2,3人いた。ハム美に言わせると、


(純粋な心の持ち主には何となく・・・・見えちゃうニャン、この[魔術]を作った人の好み・・・・・・・だから仕方ないニャン)


 とのこと。変な設定だなぁと思う。しかし、魔術を作るってすごいな……。


 そんな事を考えながら、飛んで行ったハム美を追うように歩くのだが、丁度ホールの中央に差し掛かったところで、急に背後が騒がしくなった。振り返って見ると、3人の先生方が何事か言い合っている。


 先生方は中年女性教師と、私と同じ歳位の若い・・女性教師、そしてもう少し若く見える男性教師の3人だ。その内、中年女性教師が若い女性教師に何事かまくし立てている。


 離れているのと、早口過ぎて何を言っているのか聞き取れないけど、ちょっと良くない状況だと思う。先生同士の不和は露骨に子供たちに動揺となって広がるだろう。僭越せんえつだけど、ちょっとたしなめよう。


 そう思って回れ右をする。だが、2歩も歩かない内に事態は意外な展開を見せる。なんと、一番若い男性教師が、


「あんな状況じゃ仕方ないでしょ、いいです、僕が探してきます!」


 と大声で言い、そのままメイズの階段を駆け上がり外へ飛び出していった。残された女性教師の内、若い方が「吉崎君、待ちなさい!」と言い、中年の方は……アワアワしているだけ。


 流石に驚いた。それで、駆け寄ってとりあえず事情を聴く。


「私のクラスの岡本君と孫田さんと塚本さんの3人が居ないんです。それで副担任の吉崎君が――」


 説明してくれたのは若い方の女教師で名前は三田さん。


 彼女の説明では、メイズ内に避難しているのは小金井第6小学校の3年生で1組と2組の生徒達。それで先ほど点呼をしたところ、三田先生が担任を受け持つ2組の生徒が3人見当たらないとのこと。それを学年主任を兼ねる1組の担任である中年女性教師が責めたところ、何故か副担任の吉崎さんがキレて飛び出していったということだった。


「私、連れ戻してきます!」

「……待った!」


 そう言って駆け出そうとする三田先生の手首をガシッと掴む私。三田先生は驚いた顔で私を見る。目に涙まで浮かべて……気持ちは分かる。でも、教師なんだから状況を考えて欲しい。


 吉崎先生の短絡的な行動とその前の中年女教師の言動、それに加えて担任の三田先生の今の行動で辛うじて持ち堪えていた子供たちに限界がやって来た。1人が泣き出すと、後はもう堰を切ったように崩壊する。寧ろ8~9歳児の集団がこれまで良く持ったな、と思うくらいだ。でも、こうなると子供たちをなだめられるのは担任の先生くらいだろう。だから、


「三田先生、その岡本君って生徒の名前は、琢磨君?」

「……はい、でもなんで?」

「その子、私の知り合いの子供なの。だから、私が行ってくる。三田先生は子供たちを静かにさせて下さい。なるべく消耗させないで」

「え、は……はい……」


 結局、お人好し・・・・をするのに何か理由が欲しかった私は、岡本さんのお子さんを探し出す、という理由を付け加えてメイズを後にした。その際、近づいて来た柿崎巡査がそっとジュラルミン盾を差し出して、


「すみません、本当は俺が行くべきで――」


 と言って来た。問答が面倒だから、盾だけ受け取って後は無視して階段を駆け上る。流石に警察官だからと怪我人に押し付けるような話ではない。私が行かなくて、他に誰が行けるのか、という気持ちだ。


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