*バトル・in・小金井 来場者会館到達!


 返事が出来ない。というか、まともに呼吸ができない。


「ゲホッ、ゲホッ、ヒィ、ゲフッ――」


 咳ばかり出て、口の中に鉄の味が広がる。まさか肺をやられたか? と一瞬ゾッとする。でもまだ1匹残っている状態だ。状況を確認しようと、何とか顔だけを動かす。すると、飯田に向かっていたはずの1匹が攻撃対象を俺に切り替えたのか、こちらに向かってくるのが見えた。


 対して俺は[時雨]を失い丸腰の状態。それより何より、まともに起き上がることも出来ていない。本格的にピンチな状況だ。


「コータ先輩、逃げて!」


 朱音の悲鳴が耳に痛い。でも、そうしたいのは山々なんだが、間に合わないな……さようなら今生こんじょう、来世で会いましょう。南無阿弥陀なむあびだ――


「アリアケノ、ツキコソオモエ、ワカレミノ、シモタツトテモ、モユルカマドヒ、オンケンバヤケンバヤソウワカ、ウーン!」


 とここで再び飯田の中二病詠唱が響き渡る。飯田の位置は俺に向かってくる豚顔の背後。つまり、豚顔は一旦飯田を放っておいて俺へ向かってくるという格好。多分、飯田よりも俺の方を確実に仕留めた方が良いと判断したのだろう。その判断は分からないでもないけれど、この場合は大間違いだった。


――ボウァッ!


 この時、飯田の眼前に現れた【飯田ファイヤー】はドッチボールサイズの火の玉。それが、現れたと同時に細い火線を曳いて空を走る。そして、狙い違わず豚顔の背中に命中。


「フギィィ?」


 火の玉が炸裂した時の衝撃は結構大きいようで、豚顔は驚きが混じった悲鳴を上げて、前のめりに転倒した。しかも、炸裂と同時に燃え上がった炎背中全体に燃え移り、ちょっと不自然なほど大きな炎を上げている。こうなると、豚顔はもう攻撃どころではなくなって、背中の炎を何とか消そうと地面を転がりまわる。そこへ、


――ビュッ!


 と風切り音。そして、


「フギュ――」


 と短い豚顔の断末魔。見れば、朱音の放った矢が下顎の裏から突き刺さり、頭頂部から4枚刃のやじりがコンニチワしている状態だった。


「コータ先輩!」

「セセせ先輩!」


 その後、駆け寄って来た2人によって俺は助け起こされ、ハム太が背中のリュックに残していったポーション[回復薬:中]のお世話になった。初めて飲んだポーションは……強烈に苦い蜂蜜のような気色悪い味わいを残して、呑み下す前に口の中で消えて行った。ちょっと不思議な感覚。でも、もう2度と飲みたくない。


*********************


 戦った感じ、豚顔モンスターは随分とタフな印象を受けた。そのため、3匹には念入りにトドメを刺す。ちなみに先ほど[時雨]に感じた違和感は再発しなかった。ただ、これまで頼りにしていた武器の変調を予感して少し不安になる。その不安を払拭するため、俺は意識して[時雨]を振るう。完全に「大丈夫だ」と確信は持てないが、多分大丈夫だろう。そう思う事にした。


 ドロップはメイズストーンと[回復薬]っぽいポーション。そして[スキルジェム]だった。まぁポーションとスキルジェムについてはハム太が居ないから内容は不明。迂闊うかつに使えないのでリュックの奥に放り込む。


 また、ハム太が居ないことで、【収納空間(省)】に預けたままの刃喰鞘はぐろうそうで[時雨]を補修することが出来ないのが痛い。ただ、豚顔モンスターにトドメを刺す時は別に変な感じはしなかったので、俺は努めて[時雨]の変調を忘れることにした。


 それで、俺達3人はようやく小金井緑地公園の来場者会館へ到達した。神社の式殿を模した立派な建物は本来正面入口から館内に来場者を受け入れて、内部で幾つかの導入展示物を案内した後、来場者を裏手の出口から園内へ送り出す、という構造をしている。


 しかし、裏手側から建物に接近したところ、建物の出口に当たる大きな網入りガラスの扉は施錠されていて、扉の内側には椅子やテーブルなどがバリケードのようにうずたかく積み上げてある。これでは中に入れないし様子も分からない。なので、裏手を諦めて正面へ回ることにした。


 建物の角を曲がって正面入口側に回ると視界が一気に開ける。


 手前が広いスペースになっていて、その奥にはコンクリ製の車止めが並び、更にその奥は小さなロータリー状の車溜まりになっている。車だまりへ出入りする道路はそのまま五日市街道に繋がっている感じだろう。


 車溜まりには3台の大型貸し切りバスの姿が見える。しかし、その内奥の1台はどういう訳か車溜まりの入口付近で歩道の植え込みに乗り上げて横転している。その1台によって五日市街道へ繋がる道路は塞がれた格好になっている。


 一方、手前の建物正面入り口前のスペースには、車止めを乗り越えて進入したと思しきライトバンが植え込みの木立に突っ込む格好で停まっている。先ほどの爆発と黒煙の原因はこのライトバンだろう。というのも、ライトバンはフロントガラスを含む全てのガラスが吹き飛び、ボンネットやルーフが強い力を受けたようにヒシャげているからだ。いまもタイヤや車内から火が上がり、黒い煙を噴き上げている。


「なんだか、飯田ファイヤーを喰らったみたいだな」

「え? なんですか、その飯田ファイヤーって?」

「??」


 俺の呟きに朱音がツッコミを入れる。飯田は良く分からないといった表情。【飯田ファイヤー】の呼び名が広がっていないのだから仕方ない。


「あ、いや、魔法スキルの攻撃を受けたみたいだなって」

「ああ、そういう事ですか、なるほど【飯田ファイヤー】ですね」

「え、ええ、ななななんでぼぼ僕の苗字……」


 こうやって言葉を交わす間も、俺達は周囲を警戒しつつ、建物外壁に沿って正面入口を目指している。近づくにつれて分かってきた事は、周囲の地面に結構ドロップが散乱していること。更に、見渡す限り10人以上と思える数の犠牲者の遺体……いや身体の一部が散乱していることだ。全員が大人という訳ではない。中には……いや、今はしておこう。


「ひどい……」

「急ぐぞ!」


 小さな犠牲者の姿に朱音が立ち止まり息を呑む。俺はそんな朱音の腕を引くようにして進む。とこの時、飯田がピクリと立ち止まり、次いで前方から「ギャギャギャ、ギョギョギョ」と耳障りな声が聞こえてきた。声の感じからゴブリン系だろう。声は建物の中から聞こえてくる。もうここまで来ると、歩みが速足を越えて駆け足になる。そして、残り15mほどの距離を一気に駆けて正面入り口前へ達した。


 状態は酷いものだった。元はガラス張りだったであろう正面入り口はアルミとステンレスの枠を残してガラスが全て割れて散乱している。一方、中は台風が室内を通ったかの如く物が散乱し、床や壁には幾つもの黒焦げた痕が残っている。


 そして、声の正体であるゴブリンはと言うと、建物内部へ続く廊下の手前にぎっしりひしめいている。数は10匹以上、恐らく20匹近く居る感じだ。しかも装備の感じは只のゴブリンではない、全員がゴブリンソルジャー又は、ファイターやナイトだろう。


「朱音、強化魔法を!」

「飯田、飯田ファイヤー以外使えるか?」

「かかっ風の元素魔法スキルも」

「じゃぁ、こうしよう――」


*********************


 敵の数は多い。しかも10層以下で出現するゴブリンの上位種が含まれている。仕掛けるのは無謀かもしれない。でも、敢えてこちらが有利な点を挙げるとするならば、連中が俺達に背を向けている事。そして建物の中の一か所に集まっていることだ。だから、不意を衝いて攻撃を集中させる。これでダメでも、中に居るハム美が何かのアクションを起こしてくれるだろう。一応宮廷魔術師らしいから、そこのところに期待する。


 ということで、俺は朱音の【強化魔法:中級】を待ってから、【能力値変換】「4分の1回し」を発動。[理力][抵抗][敏捷]を下げて[力]と[技巧]の合計値が60を超えるように調整。そして、


「行くぞ!」

「はい!」

「タエマナク、フキツルアラシ――」


 朱音の返事と飯田の謎詠唱を聞きながら正面入口へ踏み込む。狙いは真正面に続く廊下の手前、約10mの距離で固まっているゴブリン集団。そこへ「飛ぶ斬撃」を撃ち込みまくった。


――ズバンッ! 


 合計4回の「飛ぶ斬撃」を放つ。その内最初の2発は、こちらへ背を向けていたゴブリン(たぶんファイター2匹とアーチャー2匹)の背中へ襲い掛かる。結果ファイター2匹は仕留め切れなかったが、アーチャー2匹は完全に仕留めた。一方、奴等は背後から斬り付けられたことに驚きつつ、振り返る。そこへ【飯田ウインド】が炸裂。強風というよりも殆ど空気の塊のような一撃によって、ゴブリン集団は廊下の奥へ向けて将棋倒しになる。


 そこへ、残り2発の「飛ぶ斬撃」を叩き込む。その間、朱音も連射が苦手なコンパウンドボウを駆使して2発の矢を叩き込んでいる。


「これでどうだ?」


 【飯田ウインド】によって燃えカスやゴミ、床に散乱していたパンフレット類が巻き上がり視界が利かない。先からは「ギャギャギャ、ギョギョギョ」というゴブリンの混乱した声と、それに交じって、


「今度は一体何をしたのよ!」

「ったく、もう勘弁してくれよ!」

「こ、これは私じゃないニャン!」


 と言い合う里奈と岡本さん、それにハム美の声が聞こえてきた。


 よかった、生きていた。


「里奈! 岡本さん! 無事ですか?」


 気が付いたら、俺は目一杯大声でそう叫んで駆け出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る