*バトル・in・小金井! 飯田ファイヤー?


 群れの中央に立ち上った火柱は、熱旋風を伴い5秒ほど持続した。その間、火柱は群れを両断するように、丁度遊歩道の上を前後に移動する。そして、現れた時と同様に忽然と消えた。後には、肉とアスファルトが焼けるキツイ異臭と熱気、そして10匹以上の丸焦げ焼死体が残る。


「突っ切るぞ!」

「はい!」

「ははっはぃ」


 丁度黒焦げた一本道が目の前にひらけた状態になる。俺はそう呼び掛けて2人を伴い黒焦げの遊歩道を走り抜ける。赤鬣犬本当の脅威は未だ背後にあり、目的地はまだ先の方。だから、出来るだけ速やかに前進を、なるべく遠くへ離れたかった。


 対して群れを左右に分断されたメイズハウンドは、火柱の直後は動揺したようで直ぐに動けなかったが、程なくして態勢を立て直し、背後を追いかけてくる。恐らくは赤鬣犬レッドメーンの【統率】効果を伴った遠吠えに支配されている状況なのだろう。


 その結果俺達は、数が減ったとはいえ依然として30匹近い数のメイズハウンドに追いかけられつつ遊歩道を走るという状態。集団との距離は10mほど離れているが、今正面を新手のモンスターに塞がれると一気に挟み撃ちの状況になってしまう。それはあまり面白くない。だったら、立ち止まって戦うか? という迷いが出来た。ただ、立ち止まった結果、赤鬣犬レッドメーンを呼び寄せてしまってはハム太の陽動が無駄になる。


 迷いつつも逃げる足だけは止めずに前へ進む。いつの間にか「緑地公園」の敷地から「歴史民俗資料館」の敷地へ繋がる箇所に差し掛かっていた。と、ここで目の前に立派な門が現れる。


 門は時代劇に出てくる武家屋敷の門に似た立派な棟門むねもん。両開きの重厚な門扉もんぴは来園者のために開け放たれているが、その左右は背の高い生垣や植え込みを保護するフェンスが壁のように連なっている。左右から背後に回り込まれる心配のない地形だから戦い易そうに見える。


 立ち止まって戦うならこの場所がベストだ。俺はそう決心を固めて、先を走っている朱音と飯田に伝えようとする。しかし、その直前、先頭を走っていた飯田が門の直前で急停止した。どうした?


「あああ足止めのまま魔法を!」


 意外な意見に思わず、


「戦うのじゃダメなのか?」


 と問いかけるが、俺の問いに飯田は一瞬だけ門の反対側を見る仕草をして、後は短く頭を振る。何となく分かった。門の向こうにも新手のモンスターが居るんだな。


「わかった、頼む!」


 悪い事ばかり的中する俺の予感よりも、飯田の【直感】スキルを頼るべきだろう。そう思い、俺は飯田と交代するように前進。門を跨いで反対側へ注意を向ける。朱音も心得たように矢を番えたコンパウンドボウを射撃体勢で構えて、俺の隣に待機する。


「ヤキツハラ、ノビノタチビノカコイビニ、ハライウチカク、ムカイビノフチ……オンマリシエイソウワカ、マァー!」


 相変わらず何を言っているのか分からないが、どうも呪文っぽい。あと、何故か全身に鳥肌が立つ感じがする。まるで、この感覚は中学時代の恥ずかしい空想を披露されているような……そうか、これが中二病……。と、まぁその感覚はさて置いて、飯田の【魔法スキル】(暫定的に【飯田ファイヤー】と名付ける)が発動したようだ。背後に強い熱を感じる。


 振り返って見ると、今回の【飯田ファイヤー】の炎はまるで壁のように門を半円取り囲んでいる。さしずめ棟門の前に火炎の壁を付け足した、と言うべき光景。お陰でメイズハウンドは炎の壁から先へ進む事が出来なくなっている。なるほど、立派な足止めの魔法だ。


「しっししばらくはだ大丈夫で――」

「よし、行こう!」

「はい!」


 ただ「一難去ってまた一難」とはよく言うもので、棟門を駆け抜け歴史民俗資料館の敷地側に入って直ぐ、俺達は飯田の【直感】通り、見慣れないモンスターに遭遇することになった。


*********************


 里奈と岡本さんが立て籠もっているという来場者会館の建物まで、残り100mくらいまで接近した。周囲は四季折々の植生を区切って植え込んだ花壇が続く細い遊歩道。そう言えば、この緑地公園は初春の梅と春の桜の見所スポットだったことを思い出した。ただ、これまで一度も足を運んだことが無く、初めて足を踏み入れた状況が[魔物の氾濫]下とは「いとあさまさし・・・・・・」だ。ちょっと飯田の謎呪文に影響されている気がする。と、その時、


――ドォォンッ!


 突然轟音が鳴り響いた。音は前方から。見やると、神社の式殿を模した来場者会館の屋根の向こうに濃い黒煙が立ち上っている。何かの爆発か! と心がざわめく。ハム美とはまだ【念話】が通じる距離ではない。ハム太が受信できる【遠話】も、今は受信しようがない。ただ只管ひたすら、爆音と黒煙に何事か異変があったと気を揉みながら、前へ進むだけだ。


 と、その時、飯田が俺の腕を掴んで引き留める。俺―飯田―朱音の順で進んでいたから、全員が丁度白梅の植え込みの所で立ち止まる格好になった。


「てって、って――」


 言いたい事は良く分かる。新手の敵だな。


 そう判断して右手の[時雨]に力を籠める。すると、


「ブギキキィィ!」

「フゴォォン!」

「フギィー!」


 妙に破裂音が耳に触る鳴き声(?)と共に、ツツジ・・・ウバメガシ・・・・・の植え込みの陰から飛び出してきたモンスターの姿を視界に捉えた。何とも形容しがたいその姿は、動物の生皮を全身に巻き付けた人型。体格は大柄で肥満体の姿だ。ただ、露出している箇所の体色は暗緑で、首から上は豚の頭を前後に圧縮したような、とても見られたモノじゃない醜悪異形な造形をしている。昔見たCGを駆使したファンタジー映画では「オーク」とか呼ばれていたモンスターに近い。そんな姿のモンスターが3匹、転がるように目の前に躍り出て行く手を塞ぐ。


「なによ、コイツら!」


 朱音が不快感を露わに叫ぶ。まぁ分かる。というのも、新手の豚顔モンスターは正体不明の生皮を衣服よろしく身に着けているが、肝心な所 ――動物でいう所の生殖器の部分―― だけがむき出しになっていた。そしてそこには、ヌラッとした質感のモザイク規制相当のサムシングが天へ向かってそそり立っている。


 男の俺でも不快感はMAXだ。まして女性の朱音ならなにをかいわん・・・・・・・。1発の威力が強烈なコンパウンドボウを持つ朱音は、鼻の頭に皺を寄せながら冷酷に矢を番え、引き絞り、放つ。狙いは勿論豚顔の「ピーーー自主規制」だ。


――ブンッ


 普段のリカーブボウとは一風異なる弦鳴りを発して、朱音の弓は矢を撃ち出す。狙いは違わず、根本に命中。四枚刃のブロードヘッドによって、根本からスパッと引き千切れたモノが宙を舞う。中々シュールな光景だ。ただ、本来だったら同じオスとして同情を禁じ得ない光景かもしれないが、この場合はそんな憐憫れんびの情など毛の先ほども感じない。というのも、


「フゴォッォ~! フゴォォォッ~!」


 と股間を抑えて絶叫する豚頭の口元がベッタリと赤黒い血糊に染まっているからだ。しかも、奴等が出てきた植え込みの辺りに、多分女物だと思われるスニーカーを履いた足だけ・・・が千切れて転がっている。植え込みの陰でこいつら3匹がやっていた事を想像すると、一瞬で頭に血が上る。


「てっ、めぇらぁ!」


 怒鳴り声が自然と口を衝く。でも、不思議な事に大声を出した反動なのか、頭の中は氷でも入っているんじゃないか、と思うほど冷静な場所が出来上がった。その冷静な場所が小さな疑問を投げ掛ける。


――俺達だって散々殺しているだろ――


 なんで、このタイミングでそんな感傷的な事センチメンタルを発想するかな? と俺は自分に呆れつつも、その問い掛けを無視。ただ、お陰様で全体的に冷静になれた。


 豚顔モンスターの数は3。ただ、1匹は既に戦闘不能だろう。ということで残り2匹を観察。体格は大柄だが人間と同じ範疇に収まる程度。武器は大きななた、という形容がぴったりの切っ先が無い巨大な刃物。盾は持っていない。


 なまじ・・・人型をしているゴブリンやレッサーコボルト相手には気後れすることがあったが、この場合、人型の相手は有難い。とても他人様ひとさまに誇れたものではないが、それなりに修練を積んで来た技がそのまま生かせる相手だ。


「飯田は右を!」


 ノールックで飯田に指示した後は、狙いを定めた左側の1匹に集中。ただし、1つの対象に集中し過ぎないのが五十嵐心然流しんねんりゅうの教えだ。日清・日露から第一次、シベリア出兵に掛けて戦場で培った常在戦場じょうざいせんじょうの理念は、戦後護身術に形を変えても受け継がれている(らしい)。ということで、常に飯田側の1匹の動向に対処する気組みを持って左に当たる。


 「[抵抗]の半分を[技巧]へ」と心に念じて【能力値変換】を発動。敏捷さを上げて突っ込むには相手の力量が分からない。だからこその[技巧]上げだ。


 そして俺は[時雨]を正眼に付けたまま、ススッと間合いを詰める。対する豚顔は大鉈を振り上げ、片手でソレを振り回す。威嚇のつもりだろう。ブンブンと風切り音は勇ましいが、しかし、この行為には何の意味もない。威勢が良いだけだ。


 ということで、俺は大鉈が一番手前に達したところで、一気に肉迫。それと同時に正眼から下段へ構えを移す。一方、豚顔の頭上で振り回されていた大鉈は、俺の動きに一瞬対処が遅れたが、その遅れを取り戻すかの如く、回転の慣性を乗せた強烈な振り下ろしとなって頭上に迫る。チョロイ――


 流石に[技巧]を半分変換・・・・で引き上げた状態では、この単調で力ばかりの強撃を見切れない方がおかしい。ということで、俺は左へ半歩分体を捌いて大鉈の軌道を右へ外す。それと同時に、振り下ろされる豚顔の腕に[時雨]の刃筋を当てるように振り上げた。


 その結果、大鉈を持つ豚顔の右腕上腕部は文字通り骨から肉を削ぎ落されてスリムになった。ドバッと汚い血が噴き出す。俺はその返り血を掻い潜り、体を入れ替え、豚顔の右側面を正眼に捉える。


「フギィッ!」


 全く豚のような絶叫を上げて大鉈を地面に落とした豚顔。その無防備な右側面にトドメの一撃を振り下ろす。造作ないことだ。


 ただこの時、正直な話、油断と焦りがあったのは確かだ。これまでのゴブリン系やコボルト系なら、間違いなく戦闘意志を失っているほどの傷を負わせた。その一方、うずくまる豚顔の向こうには、もう1匹相手に防戦一方の飯田の姿がある。だから「後はトドメを刺して、向こう側で苦戦している飯田の援護しなければ」と気が逸れていた。


「フギッィィ!」

「しまっ――」


 トドメの一撃として上段に付けた[時雨]を振り下ろす。だが、同時に豚顔の捨て身の反撃に出た。


 この時、俺は反撃を察したことで、刃筋の軌道を微妙に逸らしてしまった。その結果、切っ先下三寸の物打ちがブヨついた豚顔の頸部の肉を斬るには斬ったが、変な方向に力が掛かり、刃筋はそのまま頸骨に衝突。ガキィと嫌な音を発して止まる。同時に俺は時雨の持ち手付近、丁度つばの根本に妙にミシッとした違和感を覚えた。


 だが、状況はそんな事を気にする暇を与えてくれない。次の瞬間には、豚顔が破れかぶれ・・・・・に振り回し血塗れの右腕をカウンターで受けてしまい、俺は吹き飛ばされる。しかも、[時雨]は豚顔の頸骨にザックリと喰い込んだまま、その場に残された状態で。


「コータ先輩!」


 朱音の悲鳴が聞こえた。

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