*バトル・in・小金井! 赤い魔犬と魔法スキル


「に、逃げるのだ!」

「なんで?」


 焦るように言うハム太に思わず疑問を投げ掛ける俺。ハム太の強さで逃げろとはどういう事だ?


赤鬣犬レッドメーンなのだ!」

「なんだよそれ?」

「メイズハウンドの上位種、赤いバージョンなのだ、赤いたてがみが特徴的で、どう猛で狡猾な、早い話が強敵なのだ!」

「マジかよ」

「18層相当なのだ! それも、2匹!」

「げっ」


 ただでさえ想像がつかない18層相当のモンスターが2匹って。でも、そうだとするなら、氾濫を起こしたメイズは中規模か? いや、小規模最深層の番人センチネルという可能性も……。


「モタモタするな、早く逃げるのだ!」

「でも逃げるって?」

「とにかくもやの外へ、この靄も奴が造り出した幻覚スキルなのだ!」


 殆どハム太に追い立てられるようにして、俺達3人は靄に覆われた遊歩道を走る。


 しかし、少し靄が薄くなったか? と感じたところで、不意に背後から強烈な圧力を感じた。「殺気」と表現するのが正しいだろう。それも、少し前に[霞台駅メイズ]の8層で感じたものがゾクリと背中を撫でる風ならば、これは明確に叩き付ける暴風。そんな強烈な殺気が2つ同時に発生。しかも、向けられた先は俺ではなく、左右を走る朱音と飯田。


 視界の端を赤い影が走る。その先には隣を走る朱音の姿。彼女は未だ背後の異変に気が付いていない。両方同時には守れない。ハム太、飯田を頼む! と念じつつ、


「朱音ぇ!」

「きゃ――」


 咄嗟に朱音を突き飛ばす。その拍子に彼女は枯れた芝生の上を転がる。一方、俺は左肩に鈍い衝撃を受けて遊歩道側のアスファルトを転がっていた。ゴロゴロと2回転がり、その勢いを利用してなんとか起き上がる。と同時に[時雨]の鞘を払って構えるが、左腕に力が入らない。代わりに強い痛みを覚えた。


「つぅ……」


 思わず呻き声が漏れる。自分の左肩口がヌラリと赤く濡れているのが分かる。だが、視線を傷口に向けることが出来ない。というのも、この時点で俺は2匹の赤鬣犬レッドメーンと正対していたからだ。約4mの距離に2匹。とてもメイズハウンドと同系列とは思えないほど体格が大きいモンスターを2匹も相手にすると、4mの距離がほんの鼻先に感じられる。視線を外すと確実に殺される、そんな予感に恐怖が湧き上がってくる。


「いててて……」


 視界の外、左側では飯田の声が上がる。声の感じから転んだ程度だろう。殆ど希望を込めてそう考えつつも、


「朱音、飯田、逃げろ!」


 と、俺はハム太と同じことを言っていた。しかし、


「コータ殿も一緒に逃げるのだ!」


 とここで、今度はハム太の声が耳に、そして思念が【念話】を通して直接頭の中に響いて来た。


(ここは吾輩が引き受けるのだ! 早く里奈様と岡本殿とハム美と合流するのだ)


 いや、そんな分かりやすい死亡フラグを立てるなよ!


(岡本殿とハム美が合流すれば、何とかなるのだ――)


 俺の抗議を無視したハム太はそう言うと、後は【念話】スキル独特の思考内容をそのま・・・・・・・・ま相手に見せるよ・・・・・・・・うな説明・・・・に切り替える。途端にハム太の考えていること、懸念、恐れ、希望、方法、それらがイメージとして頭の中に雪崩れ込む。一瞬肩の傷を忘れるほどの眩暈が襲うが、[抵抗値ストレス耐性:14]の元ブラック企業社員を舐めるな! という気持ちで持ちこたえる。そして……なるほど、分かった・・・・よハム太。


 このままだと勝てないな。たとえ勝てたとしても、確実に犠牲が、死人が出る。でも、岡本さんとハム美が居れば何とかなる。そういう事だな?


(わかったら、さっさと行くのだ!)


「朱音、飯田、走るぞ!」

「でも!」

「ははハム――」

「良いから!」


 俺は殆ど怒鳴るように言って、朱音の腕を取り、飯田の尻を叩いて走る。傷の痛みは引いていた。この一瞬にハム太が【回復(省)】を掛けてくれたからだ。そんなハム太が発したのだろう、背後では空気を切り裂く炸裂音が鳴り響く。そして、


「犬畜生ども、悔しかったら吾輩を喰ってみろ、なのだ!」


 ハム太の口上が聞こえてきた。別にアイツだって死ぬつもりはない。だが、急がなければ! 待ってろ、食い意地ハムスター! 無事戻ったら鱈の白子でもフグの卵巣でも、好きなだけ食わせてやるぞ!


(ポーション類はリュックの中に出しておいてあるのだ。後、フグの卵巣は毒だと聞いたのだ!)


 ……【念話】スキルの事を忘れてたよ。


*********************


 ハム太は2匹の赤鬣犬レッドメーンを引き付けたようだ。多分北口の方か、広場中央に誘導するのだろう。


 一方俺達は、もやを逃れて遊歩道へ飛び出した。サッと視界が晴れ(といっても薄暗いどんよりとした空の下だが)、行く手に江戸歴史民俗資料館の建物群が見える。来場者会館という大き目の建物までは、後500mといったところだろう。しかし、俺達と建物群の間には、全く余計な連中・・・・・・・の姿があった。恐らく、赤鬣犬に追い立てられた獲物を襲うべく待機していたメイズハウンドの群れだ。数ばかりが矢鱈やたらめったら・・・・に多い!


「コータ先輩、40匹は居ますよ!」

「仕方ない、朱音、強化魔法を!」

「はいっ!」


 この状況を、俺は「4分の1回し」と「飛ぶ斬撃」で切り抜けようとする。魔素力は有限だから、これから先を考えると温存しておきたい。でも、40匹のメイズハウンドは流石にスキル無しではどうにも突破できそうにないのも事実。だったら、出し惜しみ・・・・・をして結果的に消耗するよりも先制パンチ的にスキルを使おう、という考えだ。


 しかし、朱音が返事と共に【強化魔法:中級】を発動させようとする、その一瞬前に割り込む声があった。


「ちょちょちょっとままったぁ!」


 飯田だった。


「まま魔法、つっつ使います!」


*********************


 え? と思うが、そういえば、【2属性元素魔法:中級】っていうのを習得したばかりだったことを思い出した。でも、ぶっつけ本番で上手くできるのか?


 一方の飯田は、そんな俺の懸念などどこ吹く風。飯田式組立槍をまるで魔術師の杖のように押し立ててメイズハウンドの群れの前に立つ。そして、空いた左手で何か変なサインを作って口の前に置きつつ、


「ササガレノ、アレノニスマウ、アラミタマ、フルイテノチニ、シズマリタマエ……オン、アギャナイエイソウワカ。アー!」


 え? 何言ってるの? と思わずツッコミを入れそうになった。その瞬間、


――ボンッ!


 視界の端で鈍い破裂音が響く。と同時に周囲を照らすオレンジ色の明かりと熱を感じる。咄嗟に視線を送った先では、40匹以上居たメイズハウンドの群れの中心に大きな火柱が立ち上がっている。


 マジで魔法……なんだね。


「ひいぃっ!」


 あと、飯田。自分でやっておいて驚くなよ。


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