*バトル・in・小金井! 遊歩道の戦い


 小金井緑地公園の正面玄関に当たるのは五日市街道に面した南口。つまり、公園北口は裏口的な扱いになる。そんな北口から公園内に進入した場合、その場所は真っ直ぐ南下して南口に繋がる遊歩道と「憩いの広場」の外周をなぞる遊歩道が交差する場所になる。右手側が歴史民俗資料館の建物群、左手側は体育館や運動場、バーベキューゾーンなんかが在る。そして目の前が「憩いの広場」という位置関係だ。


「飯田、どっちだと思う?」

「えええ、ええと……う~ん……みみ右、かな?」


 魔素が濃く漂う状況で、有効になった飯田の【直感】スキルは向かうべき先を右、つまり歴史民俗資料館の方だと告げているようだ。そして、


「ん! コータ殿、続報なのだ!」


 タイミングを合わせたようにハム太の元にハム美からの【遠話】が届いた。曰く、


「里奈様は歴史民俗資料館の正面ゾーンにある来場者会館、その中に岡本殿と立て籠もっているのだ! 中には子供と大人が合わせて60人ほど、しかし、負傷者多数なのだ!」


 漸く場所が特定できた。場所の名前が明確に分かったのは多分ハム美が正体を明かして里奈と岡本さんと協力しているからだろう。しかし、状況は切迫しているようだ。急がないと。


「ばば、場所はここです!」


 飯田が差し出すPLSマッピング装置には小金井緑地公園の西側ゾーンが拡大して表示されている。そのマップ上には現在位置を示すマーカーの表示はない。「Out of signal」となっている。


 ただ、そんなマップ上に表示された来場者会館の情報には[閉館中]という文字があった。多分、直近にPLSがマップ情報をアップデートした時には[閉館中]だった、ということだろう。まぁ、どんな情報の行き違いがあったのか知らないが、今はそれを追求するような場面じゃない。


「急ごう!」


 ということで、俺達3人と1匹は遊歩道を西へ進む。


*********************


 遊歩道はしばらく「憩いの広場」を左手に、雑木林とそれを仕切るフェンスを右手に見ながら緩く左にカーブして進む。遠くから多分コボルトチーフのものと思われる【遠吠え】が聞こえてきた。


「いい、居ますね」

「ああ」


 そんな声を交わす。そして更に100mほど遊歩道を進んだところで変異の兆候があった。アスファルト舗装の遊歩道を横切るようにベッタリと血の跡が地面を濡らし、その先、フェンス際の立木に人がもたれ掛かっていた。


「大丈夫ですか?」


 と駆け寄る朱音だが、直ぐに息を呑むような短い悲鳴を上げる。


「どうした?」

「……死んでます」

「う……」


 まだ16時前なのに薄暗い。だから近づくまで分からなかったが、立木に凭れ掛かった老年の男性は腹をザックリと食い破られている。恐らく「憩いの広場」の方で襲われて、ここまで逃げたところで息絶えたのだろう。


 これまでモンスターの死体は何度も目にしているが、人の死体、それもむごい損傷を負った死体を見るのは初めてだ。俺も朱音も思わず込み上げてくるムカつきを地面に吐き出す。と、その時、


「広場側から、来るのだ!」


 ハム太の警告が無情に響く。口の中の苦酸っぱい不快感を無理やり忘れてそちらへ向く。だだっ広い枯れた芝生の広場は緩い起伏が幾つかある。その内の1つの陰から6匹前後のメイズハウンドが姿を現した。さらに、その背後には最近お馴染みになっているコボルトチーフの姿もある。


「油断してはダメなのだ! 外見は同じでも深い層のモンスターの可能性があるのだ!」


 ハム太の説明によると[魔物の氾濫]でメイズの外に出現したモンスターは本来どの層相当のモンスターか外見では区別が出来ない、ということ。当然ながら、同じメイズハウンドでも1層に出るモノと8層で出るモノは強さに雲泥の差がある。だからこそ、油断して掛かると痛い目を見る、とのこと。


 また、ランダムにモンスターが出現するということは、[魔物の氾濫]を引き起こしたメイズが小規模メイズで最深の15層まである場合は、15層の番人センチネル相当のモンスターも当然出現する可能性がある、という事を意味している。


「分かった! 朱音、飯田!」

「はいっ!」

「はははぃ!」


 俺の合図で朱音と飯田が矢を射かける。対するメイズハウンドは既にこちらへ向けて突進を開始していた。そんな6匹の内2匹が矢を受ける。朱音の矢は一撃で屠った。飯田の矢はメイズハウンドを転倒させた。


「ハム太、どの階層相当か分かるか?」

「分かるのだ、多分4層なのだ!」

「助かる、その情報も一緒に頼む」

「ガッテン承知なのだ!」


 ということで、俺は[時雨]を鞘から引き抜いて残り4匹に向かう。接近すると、メイズハウンドの口が既に赤い血で濡れているのが分かった。ふつと怒りがこみ上げる。その怒りのままに正面2匹に対して一瞬で距離を詰める。


 対するメイズハウンドは飛び掛かる間合いと呼吸を失って急減速。そこに詰め寄って脇構えからの横薙ぎで1匹、そのまま上段からの斬り下ろしで1匹、と一瞬で屠る。【能力値変換】は使うまでもない。そして残った2匹は夫々それぞれ朱音と飯田の接射によって斃される。


 残りはコボルトチーフ。


「アレは8層相当なのだ」

「ちっ!」


 モンスター側の共闘も今の場合は階層無関係らしい。面倒な連中だ!


「ガァオオォォッ!」


 犬面の大男はこん棒を振り回して肉迫して来る。随分と暴れまわった後のようで、そのこん棒にもベッタリと血糊が付着している。そんな忌々いまいましい凶器の軌道に集中し、それが俺の頭上を狙って振り下ろされる瞬間に、サッと半歩後退して間合いを外す。狙いを外したこん棒が風を切って鼻先を通過。それと同時に今度は半歩前進。同時に正眼から小さく振り上げた[時雨]をコボルトチーフのこん棒の持ち手目掛けて鋭く振り下ろした。


「ギャオォンッ」


 コボルトチーフの喧しい悲鳴が上がり、こん棒は握った腕ごと地面に転がる。五十嵐心然流の[霞小手かすみごて]。難しい技だけど何とか決まった。だが、試合なら「小手1本!」で終了だけど、今の状況はそうではない。相手の命を奪わなければ終わらない戦いなんだ。


 手首を断ち斬った[時雨]の刃を返し、更に踏み込み深く胴を薙ぐ。その一撃でコボルトチーフは仰け反りながら地面に倒れた。断末魔代わりの【遠吠え】は無し。上手く斃した、といったところか。


――オウオオオウゥゥゥッ――

――ウォウォォオォオオオン――


 ところが、俺がコボルトチーフにトドメを刺したとほぼ同時に2つの【遠吠え】が別々の場所から上がった。1つはここから南の方で少し離れている。もう1つは東側、広場の方で比較的近く聞こえる。しかも、


「ギョギョンギョ!」

「ギョギョン!」

「ギャギャァ!」


 殆ど同時に、遊歩道の先から武装したゴブリン集団が姿を現す。全部で7匹、数が多い。その上、7層・8層辺りのゴブリンソルジャーよりも装備が立派だ。7匹全員が所々に金属を貼り付けた革鎧を身に付け、内5匹が槍を装備、残り2匹が片手剣と盾を装備している。しかも、片手剣と盾を装備した2匹は他よりも頭1つ分背が高く体格に優れている。上位種といったところか。


 しかし、そんな観察も、5本の槍の内3本の穂先に突き刺さった物体を認識して、思わず冷静さを失ってしまう。そこに突き刺さっていた物体は人の生首だった。血塗れになっていて性別は分からないが大きさから言って成人のものだろう。新手のゴブリン達は、それをまるで戦利品トロフィーのように槍の先端に突き立て、高く掲げてこちらを威嚇してきた。


「なんて――」

「ひどい」


 思わず呻くのは俺と朱音、飯田は「あわわ」と言葉にならない様子。だが、全員が一様に言葉にならない怒りを感じていただろう。と、そこへ、


「ゴブリンファイターとゴブリンナイト、どちらも12層相当なのだ!」


 冷静なハム太の声が響く。その内容に、燃え上がり掛けた怒りの炎は冷水を掛けられた感じになる。


「12層!」

「どどど、どうします?」


 思い掛けない深い階層相当の敵に朱音と飯田が動揺。正直俺も驚いている。ただ、その事実が怒りを鎮めて冷静さを取り戻させたことは確かだ。そして、冷静になった耳に、


――ウォウォォオォオオオン――


 先ほどよりも近く、それも東から北、つまり背後に回り込むように近づいてきた【遠吠え】が響く。逃げ道は断たれつつあるたようだ。ならば、全力で正面のゴブリンファイターとゴブリンナイトの集団を突破するしかない!


 一方、ゴブリン集団は【遠吠え】に呼応するように各自武器を掲げる。穂先に突き刺した戦利品を「もう要らない」とばかりに道端へ投げ捨てて、こちらを挑発するように「ギャギャギャ、ギョギョギョ」と煩く喚く。そして、集団中央のゴブリンナイト(盾持ちの2匹)がこれまでのゴブリンとは比較にならないほど低く力のある声で何事か吠えた。攻撃開始の合図だろう。


「……大丈夫なのだ、吾輩が加勢するのだ!」


 と、ここでハム太がリュックから地面に飛び降りる。その姿は初登場時のような完全武装の聖騎士スタイルだった。

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