*33話 謎の人物とアメリカンバイク
改札を飛び出すと南口を目指して階段を駆け下りる。そして小さなロータリー状の駅前周辺を見渡す。朱音の姿は未だない。渋谷を出た時はそれほどでもなかったが、今は随分と空模様が怪しい。それに冬だというのに妙に生暖かい風が吹いている。その風に吹かれるとぞわっと鳥肌が立つ気がした。
そんな印象をさて置いて、もう一度周囲を見回す。なんというか周囲の雰囲気がザワ付いている気がする。バス停を中心に妙に人が多い気がするし、その内結構な人数がスマホを取り出して舌打ちしたり首を振ったりしている。
後はロータリー内のバス停の反対側に、客待ちのタクシーが相当数停まっている。ただ、運転手さん達はタクシーから降りて仲間内で話をしている風に見える。どうも客待ち時間を持て余している訳ではなさそうだ。というのも乗ろうと近づいた人に運転手さんは首を振りながら何か言う。それで、乗ろうとしていた人は少し文句めいた言葉を言ってから、仕方なくバス停の方へ歩く感じ。
タクシーは動いていないのか。
(ぬぬ……やはり、薄く魔素が漂っているのだ)
とはハム太の【念話】。あっ、と思って携帯を取り出すと圏外だった。実はここに来るまで何度も里奈や岡本さんに電話をしているが、全く繋がらなかった。つまり魔素がメイズから溢れ出して電波に干渉している状況なのだろう。
(これで、いつでも【収納空間(省)】が使えるのだ、リュックの中を片付けておくのだ)
ああ、そう言えば魔素が無いと取り出せないんだったな。忘れてたよ。
「あっ、先輩! コータ先輩!」
と、ここで背後から朱音の声が聞こえてきた。振り返ると、そこには緩めのジーンズに丈の短いダウンジャケットを合わせ、ニット帽を被った朱音の姿があった。ジーンズと足元のハイカットブーツ以外は全体的にオフホワイトの色調で纏めていて、まぁお洒落だと思う。ほんの一瞬だけど、ついさっきまでプレゼントを選んでいたから、変な意識をしてしまう。改めて言う、ほんの一瞬だけだ。というのも、
「あら、イケメン先輩君、こんにちは~」
と声を掛けてきた朱音の同行者にちょっと驚いたからだ。同行者は独特のおねぇ言葉で話す横浜のミリタリーショップ[プラトーン]のオーナー。小太りM字禿げ中年、もとい、乙女中年(♂)のミッキーさんだった。でもなんで?
「ほら、岡本さんが家族も一緒に、って言ったけど私の家族ってベトナムじゃないですか。で、その話をしたらついて来ちゃった」
テヘペロ、みたいな
(なんと! 一体どうして? 吾輩の白子は?)
ハム太、お前は黙ってろ。
「でも、タクシーが動いてないみたいですね」
「バス停も結構な人だから、バスも来てないのかしらね」
「……仕方ない、徒歩で行こう!」
朱音、ミッキーさん、俺の順でそんな会話になる。移動手段がないならば、最終手段は徒歩だ。距離は多分2kmから3km、魔素が有る状況だから魔素外套の能力補正が掛かる。多分移動は20分くらいか――
と俺が徒歩での移動を決意した時、不意にロータリーにドッドッドッドッという重低音が響く。なんだろう、と見ると、1台のアメリカンバイクがロータリーに進入してきたようだ。アメリカンバイクの乗り手は速度を歩く程度のゆっくりさに落として、バイザー越しに普段よりも多い人達を見回している感じに見える。そして、何故か俺の方を見ると、直ぐ近くで停車。颯爽とバイクから降りるとカツカツとブーツの音を響かせて近づいて来る。レザーパンツにレザーのライダージャケットという取り合わせは少し前の岡本さんみたい。だが、背は高いけどピチっとしたシルエットは女性のものだ。
「?」
俺を含めた3人全員が頭に「?」マークを浮かべる中、そのライダーはヘルメットを脱ぐ。まず目についたのは髪の毛、なんと鮮やかなピンクゴールドだ。そして、露わになった顔は……なんだろう、ちょっと見た事がないくらいの美人さんだった。雰囲気的にはカワイイ系の朱音よりもキレイ系な千尋に似ている。でも、レザー装備で強調される身体のラインはどちらかと言うと里奈っぽいかな。里奈も相当美人さんだけど、あれは天然で美人な感じ。対して、今目の前にいるレザー女性はバッチリメイクも決めた感じだ。それにしても、誰だこの人?
「あ、あ、あの……」
対してレザー装備でバッチリ決めた女性は、外見とは全く
◇◇◇◇◇◇
初めまして、カケルの友達の片桐祥子と申します。
今日はカケル君に誘われてお食事会に来ました。
皆さんの装備のデザインを考えているのが私です。
極度のあがり症で所謂コミュ障なので、喋るのが苦手です。
よろしくお願いいたします。
◇◇◇◇◇◇
「えーと、遠藤公太と申します」
「嶋川朱音です」
「朱音の保護者です、ミッキーって呼んでね」
すると、片桐祥子と名乗った(?)女性は再びスマホを手元に戻して何か打ち込み始める。その入力速度は尋常じゃない……
◇◇◇◇◇◇
公園周辺の道路が通行止めになり始めています。
小金井街道と五日市街道は既にクローズです。
あと、鈴木街道ももうすぐ閉鎖されます。
急いでください。
◇◇◇◇◇◇
「なるほど、ところで飯田は何処?」
◇◇◇◇◇◇
緑地公園の北口に置いて来ました。
あそこは未だ封鎖されていません。
それにカケルを連れてくると乗せられないので。
◇◇◇◇◇◇
「つまり、そのバイクで送ってくれる?」
と言う俺に片桐さんはコクコクと頷く。
「そうか、ありがとう。じゃぁ朱音、行ってくる!」
「ダメです。私も行きます」
「でも乗れないって!」
「大丈夫です。ベトナムから母が送って来た写真では、現地の人がバイクに3人乗りしていました!」
「いや、ここは日本だよ?」
「詰めれば乗れます。私、スタイル良いから!」
◇◇◇◇◇◇
早くしてください。
警察の準備が整うと近づくのが難しくなります。
どうせ交通法規はガン無視だから、2人くらい運んでやるよ。
◇◇◇◇◇◇
ん? なんか最後の文だけ語尾が……と、俺が気に留める間もなく、朱音に引っ張られる。そして、片桐さん、朱音、俺、の順でバイクのシートに収まった。大型のアメリカンバイクだからこそ、何とか乗れた感じだ。
「い、い、いっ……」
「行きましょう!」
「はははっはい」
「いってらっしゃーい、私北口の方でお茶しながらまってるわね~」
ミッキーさんの声を背中に受けた3人はロータリーを抜けると速度を上げる。そして、最初の信号を躊躇なく無視して交差点を右折。やってることは暴走族だと思った。
*********************
片桐さんのバイクはその後鈴木街道に出ると、すぐに道路を右折。[時間帯一方通行]の道路標識を無視して小道に飛び込み、そのまま住宅地を爆走した。程なくして道路は途切れ、今度は車止めの設置された[車両進入禁止]標識を無視して更に細い道へ入る。丁度ゴルフコースの裏側だ。このまま進めば小金井緑地公園の北口に繋がる。
ここまでの道中は驚くほど人にすれ違わなかった。既に何等かの規制が始まっているのか、普段からこんな程度の人通りなのかは分からない。ただ、奇妙な3人乗りバイクを目撃されずに済んだのは幸いだ。
ということで、小金井緑地公園の北口に到着する。
「ままま、まってました!」
と声を掛けてきたのは飯田。メイズ潜行時のタクティカルミリタリーな恰好ではなく、普通のスラックスにジャケットだから、なんだか新鮮に見える。ただ、手に持っている荷物が妙に大きい。
「こっ今晩、プップ、プレゼンと思って準備した新しいそそ装備なんです」
飯田はそう言うと大きな袋を開いて中を見せる。ただ、元から薄暗い場所なのに加えて15:30頃だというのに妙に暗いから、普段装備している[試作乙式2型四肢防護具]からの違いが分かりにくい。強いて違いを挙げるなら、
「しっし[試作乙式3型四肢防護具]です。ぼぼっぼ、防御範囲をひひ肘上と膝上まで――」
早い話が、防御範囲を肘上と膝上まで拡大して装甲厚を増加し、その一方で関節機構をリモデルして動き易く仕上げたのが[乙式3型]という事だ。これでテストをして結果が良ければ[MP-LL-Pro2]として来年の春ごろに売り出す予定とのこと。さらに女性[
「前のよりもクッションが分厚いな……あとは、ちょっと着けにくいかな?」
「コータ先輩、コッチのバックルを嵌めてください」
「あぁ、はいはい」
「なな慣れれば、たっ多分――」
◇◇◇◇◇◇
強い衝撃を受けた時にズレて関節の動きを妨げる危険性が有ったのでシェルの固定方法を見直しました。
防御力はあがってるぴょん。
でも、装着性は要改良ナリ。
◇◇◇◇◇◇
俺と朱音が装着に苦労していると、スマホ画面を差し出して性能向上をアピールする片桐さん。語尾が変なのは予測変換の問題なのかな?
「さっさとするのだ! ほら、コータ殿は[時雨]を持って、朱音嬢は前に預かっていた[弓と矢]を受け取るのだ」
とは、最早隠れる気のないハム太軍曹。
「よし、一応準備オッケー!」
「オッケーです!」
「じゃじゃじゃ、かっかっ片桐さん――」
◇◇◇◇◇◇
喋るハムスター! 本当に居たんだ!
って、それはいいか。
駅で待ってるぞ。
カケル、頑張れ!
◇◇◇◇◇◇
この2人はどういう関係なんだろうか? もしかして恋人同士……やばい、先を越されたかもしれない。飯田にだけは負けないと思っていたのに……ぐやじい……。
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