*32話 チーム岡本、招集!


 【念話】スキルの効果から、ハム太が言う【遠話】の効果は何となく想像できた。魔素を必要とするスキルではなくハム美が使うことが出来る[魔術]の一種だということだ。詳しい理屈までは分からない(ハム太も理解していない)が、とにかく離れた相手に情報を伝えることは出来るらしい。しかし、


(場所が分からないのだ)


 これは致命的だった。本来別世界の住人であるハム太もハム美も東京の地理には疎い。[魔物の氾濫]が起こったとしても、場所を特定して俺に伝えることが難しい。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

「あ、いや……問題が起きてるみたいだ」


 心配そうに声を掛けてくる千尋に対して俺は自分のリュックを指差しながら言う。そして現状を軽く説明した。それで千尋は口に手を当てて驚いた様子になる。小さく「里奈さんが」と呟く声が聞こえた。


 それにしても、せめて場所が特定できそうな情報とかないのか? 例えば地名とか喋っていたんじゃないか?


(ハム美が言うには里奈様は岡本殿とそのお子さんとしばらく一緒に居たらしいのだ)


 え? どういう事?


(それで岡本殿はお子さんを「ナントカ歴史資料館」に連れて行くと、対して里奈様は「リョクチコウエン」に用事があると言っていたのだ。だから場所は「ナントカ歴史資料館」か「リョクチコウエン」のはずなのだ!)


 「リョクチコウエン」とは多分「緑地公園」だろう。それで「ナントカ資料館」とは、多分岡本さんが施設の正式名称をちゃんと記憶していなかったからだ。とにかく、それらの名称が隣接している場所に里奈が向かい、何故か岡本さんもその場にいる。そして[魔物の氾濫]が発生した。つまり、その場所にメイズがあったということ。


 ただ、2つのキーワードでは足りない。


「千尋、場所が分からないんだ。『緑地公園』と『資料館』が隣接している場所をネットで検索してみてくれ」


 俺はそう言いつつ、自分のタブレットPCを取り出して検索する。ただ、こういう時に一致するか近い名称の検索結果を表示するだけの検索エンジンは微妙に役に立たない。幾つか言葉を組み替えたり、削ったりして検索ワードを変えながら結果をざっと見る。


 ヒットした場所は東大和市、目黒区、両国、白金台、小金井市……場所がてんでバラバラだ。


「ピッタリくるのが無いわ」


 とはスマホを操作している千尋の焦った声。やっぱり、後幾つかキーワードが欲しい。ハム太、他に何かないか?


(【遠話】は一方通行の通話魔術なのだ、こちらから呼びかけられないのだ――っと、キターッ! 続報キターッ!)


 悔しそうに説明する声が一転して興奮する。それで、なんだって?


(五日市街道、という道をすすんだのだ。通行止めされていたけど今日の朝から解除されたのだ!)


「……っ!」


 頭の中にはハム太の【念話】が(流石吾輩の妹なのだ、クールアンドクレバーなのだ!)と響いているが、それを押しのけるように、或る場面が脳内に浮かんだ。それはほんの先週の事。メイズ行きがキャンセルになって、朱音と2人でタクシーに乗ってアトハ吉祥メイズへ移動した、その最中の光景。あの時乗ったタクシーは五日市街道を進み、小金井緑地公園手前でう回路に入った。先の道路が通行止めだったからだ。そしてその場所は――


「小金井緑地公園……江戸歴史民俗資料館!」

「それって、今晩のお食事会をやるっている割烹屋さんの近くじゃない?」

「あ、そうか、岡本さんの家の近くだ!」


 ていうか、最初に気が付けよ俺。岡本さんが息子さんを連れているなら、家の近くが一番あり得るパターンだ。そして、多分里奈がそこへ行ったのは[初期調査]の為だろう。


「千尋、今晩は無理に田有のマンションに帰る必要ないぞ。何処かにホテルを取って貰え」

「え? は?」

「多分、交通規制とかが掛かるから直ぐに交通がマヒする」

「……わかった。でもお兄ちゃんは」

「そりゃ――」


 既にリュックを担いで席を立っている俺。


「行くでしょ!」


 と言い残して、後は駅を目指して駆け出していた。お会計が前払いのファストフード店で良かった、と思う。あと、今のはちょっとカッコ良かったかな? とも思った。


*********************


 最初、京王井之頭線で吉祥駅に出て、そこからタクシーで小金井緑地公園へ向かおうと考えた。頭の中の地図に目的地までの直線を描くと、それが自然に思えたからだ。でも、駅構内に入って直ぐ、


――京王井之頭線一時運休のお知らせ――


 というのを見つけて、このルートは断念した。


 後から知ったことだが、この時沿線の井之頭公園内に発見されていた中規模メイズの初期調査を自衛隊がやっていて、その行動をカモフラージュするために「不発弾処理」という外部発表をしていた。その発表を受けた京王線が、処理が終わる予定の17時まで運休を決定した、という背景だった。


 ただ、この時の俺は勿論そんな事は知らないし、たとえ知っていても状況を変えることは出来なかった。だから、次善の策として花小金井を目指す事にした。それで冷静にルートを調べると、京王井之頭線からタクシーを使うのとほぼ同じ位の時間か、幾分早く現場に着くことが出来ると分かった。「急がば回れ」というのはこういう事か、と思う。


 ただ、どちらにしても1時間弱の時間が必要だ。里奈は大丈夫だろうか?


(ハム美がサポートしてるのだ。今は周囲にいた子供たちをメイズの中に収容しているのだ)


 え? と思うが、色々な層のモンスターが無作為に出現する外よりも、1層なら1層のモンスターしか出現しないメイズの中の方が反って安全だという事だ。それにしても、子供たちって……、それに岡本さんはどうなった?


(続報を待て、なのだ)


 しばらく待つしかない。


 やがて電車は乗換駅の高田馬場へ着く。俺は急いでホームへ飛び出し、西武新宿線を目指す。そして、丁度良く待っていた急行に飛び乗った。その直後、スマホにメッセージが入る。


◇◇◇◇◇◇

嶋川朱音


千尋ちゃんから聞きました。

花小金井ですか? 吉祥駅ですか?


◇◇◇◇◇◇


◇◇◇◇◇◇

飯田翔


今三鷹の自宅です。

先に行って現地情報を報告します。


◇◇◇◇◇◇


 「千尋のやつぅ!」と一瞬思うが、冷静に考えてこれは有難い。朱音は合流地点を聞いてきているし、飯田は事前の情報収集をやってくれるようだ。つまり合流するつもりということ。勿論岡本さんとお子さんが巻き込まれた可能性大な状況だからだろう。いずれにしても、やっぱり仲間だと思う。


 ということで、俺は2人に花小金井を目指していることを報せる。すると、朱音からは15:10には花小金井でスタンバイしている旨が、一方の飯田からは既に移動中だという旨が、夫々それぞれメッセージで入った。これで良しと思う。


 時間は14:52。あと10分ほどで花小金井駅だ。装備に関しては[時雨]と木太刀はハム太の[収納空間|省)]内にある。一方防具関係は、昨日の夜に洗濯したのでマンションに置いてある。そのため防具無しになるけど、この際贅沢は言っていられない。多分里奈は装備らしい装備が無い状況で頑張っているんだ。


――次は田有、田有駅です。お出口は右側です――


 電車は田有駅に着くと、乗客を吐き出し、呑み込み、再度進み出す。普段よりも時間が掛かる気がするが、そういう感覚の違いは平常心でないことの現れだ。そう思い深呼吸をする。すると、


(続報なのだ! ……里奈様、メイズを飛び出していったのだ!)


 なん……ですと? っていうか、里奈。お前何やってるんだ!


(子供たちを点呼したら数が足りなかったのだ。それで教師が外に出て行ったのを里奈様が追いかけたのだ!)


 なるほど、何となく光景が目に浮かぶ。見た目美人だけど、性格が男勝りの武人そのものな里奈の事だ、「私がやらなきゃ誰がやる」って感じで出て行ったんだろうな。それで、ハム美は?


(いま、後を追っているのだ!)


 マジかよ、一緒にいないのか……。


――花小金井、花小金井です。お出口は右側――


 というところで、花小金井駅に着いた。俺は電車のドアが開くのもまどろっこしく、ホームに飛び出すと改札を目指して駆け出していた。

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