*31話 緊急警報?


 24日の正午過ぎ、俺は渋谷の街を神宮通りから公園通りに掛けて彷徨さまよっていた。まだ日中だけど、クリスマスムード一色の街中では、自分の場違い感を強く感じる。とても1人で来ようとは思わない場所だ。そんな街中を同行者に言われるままに店から店へ、殆ど腕を引っ張られるようにしてい歩いている。自分の自由意志など早速消え失せているから、文字通り「彷徨っている」という表現がぴったりだと思う。


「お兄ちゃん、次のお店はあっちよ!」


 そんな俺の腕を引っ張るのは妹の千尋。ちなみに目的は買い物だ。そして買い求めるものは「クリスマスプレゼント」ということになる。ちょっとした不注意から生じた軽い兄妹喧嘩の結果が今の状況だったりする。


「分かったから、引っ張るなよ」


 そう言いながら、千尋の歩調に合わせて歩く。歩きつつ、今の状況に至った経緯をぼーっと思い出していた。


*********************


 事の発端は22日の岡本さんの電話。24日夜、つまり今晩の食事会のお誘いを受けたところから始まる。その後、朱音から抗議の電話が有ったりしたが、実はコンビニバイトから帰って来た千尋からも怒られることになった。


 どうも、千尋は朱音から事の顛末を聞いたらしい。いつの間にコミュニケーションルートが出来上がったのか、朱音を含めたチーム岡本の税務関係を千尋が引き受けている関係で少し前から交流はあるが、千尋と朱音がそんな話をする間柄だったとは意外だった。でも、問題はそこじゃない。


「お兄ちゃん、聞いたわよ、酷いじゃない」


 部屋の戻った千尋は開口一番、お怒りモードでそう言った。最初は何の事を言っているのか分からなかったが、よく聞くと「朱音との約束をすっぽかした」という事になっていて、それに対して怒っているのだと分かった。


 一応、俺としても自己弁護的な言い分はある。確かに約束を忘れてダブルブッキングしたのは悪いが、そもそも朱音だって明確に「24日」と言っていた訳じゃない。たしか「木曜か金曜」という言い方だったはずだ。だから、その認識を抗弁として千尋に対抗したのだが、これがどうも具合が良くなかった。


「言い訳するなんて男らしくない」とか、「ていうか、カレンダー見たら誘った意味くらいわかるでしょ」とか、「はぁ? ただ激辛料理を食べに行くだけだと思ってた?」とか、色々言われて泣きそうになった。それで極めつけが、


「もしかして、手ぶらで行くつもりだったの? 普段の恰好で?」

「……ダメだった?」

「はぁ……」


 26歳にもなって妹に溜息を吐かせてしまう、そんな自分が情けなくなった。一方の千尋は、ちょっと諦めたような悟ったような表情になると、


「わかった、じゃぁ24日に買い物に行きましょ、どうせ何を選んでいいかも分からないんだろうから、一緒に選んであげる」


 という事になった。それで「折角プレゼント買うならお世話になっているパーティーの皆さんにも」という事になって今に至る訳だ。


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「これなんか良いんじゃないかな?」


 とは千尋。指さしているのは少しゴツイ感じがするシルバーアクセサリーだ。ハートと十字架を組み合わせたような意匠でカッコイイように見える。でも、


「少しゴツくないか? それに、そういうのって女子ウケ悪いって聞いたけど」


 と思わず反論してしまう。決して値札に208,000円と書いてあったからではない。大体、朱音ってもっと女の子然とした恰好をしているイメージだ。幾らシルバーアクセサリーの代名詞的なブランドだとしても、ちょっとゴツイデザインが売りのこのブランドは合わないんじゃないかな? しかし、お洒落門外漢な俺の意見は、


「分かってないな。嫌われるのはゴテゴテと何個もぶら下げるパターン。ワンポイントで使うならカワイイ系ファッションに結構合うのよ」


 と却下された。


「そうなの?」

「それに、朱音さんだったら、こういうのは絶対持ってないから他と被ることも無いはずよ」

「へ~」


 そう言われるとそうかもしれない、と思う。ここは黙って千尋に任せておいて、俺は口出しせずに財布だけのが正解だろう。そう思ってお口にチャックをする。


 ちなみに、このお店の前のお店で今晩のお食事会でプレゼントするチーム岡本の面々(プラス千尋と自分、それに岡本さんの奥さん用)分のカシミアマフラーを買って10万円近くが飛んで行った後だ。それに、昨日のメイズの収入は短時間であることを差し引いても結構良かった。[荒川運動公園メイズ]初期調査の終了後に行った下赤羽のメイズは、8層突破こそ時間的に無理だったがドロップ品は中々良かった。元々は[管理機構]に協力して無収入に終わる日だった訳だから、昨日の収入分はプレゼントに充てても良いだろう。


 そう考えて、今日の出費に対するケチなこだわりを忘れようと努力する。


 一方の千尋は、俺がそんな風に考えている間もアクセサリーをアレコレ見ては「う~ん」と首を傾げたりしている。それでも「これはどうか?」と訊いてこない当たりは、もう俺の意見を聞く気はないのだろう。結局、千尋は最初に目を付けたハートと十字架のネックレスが一番良いと判断したようで、「これにする」と結論だけ言ってきた。


「じゃぁ、それで」


 言われるままに同意する俺。対して千尋は「毎度ありがとうございます」と店員さんの真似をして見せた。う~ん、まぁ良いか。ということで、その後はお店のキャッシャーへ向かい清算するのだけど、その途中で或る物が目に留まった。こちらも聞いた事のあるクリスタルガラスのアクセサリーが有名なブランドのコーナーだ。高輝度LED照明のせいかもしれないが、なんというかコーナー全体がキラキラしている。それで、目に留まったという訳だ。


「どうしたのお兄ちゃん?」

「いや、綺麗だなぁと思って」

「ふーん、でもこっちは相当ベタな選択よ」


 足を止めて展示ケースを見る俺に千尋が話しかけてくる。なんだか辛口なコメントだ。確かに、チラと値札を見る限り、それほど高い商品には見えない。プレゼントとして買い易い価格帯だろう。でも、俺が足を止めたのは、別にさっき選んだシルバーアクセサリーよりもこっちが良いという訳ではない。単純に綺麗だなと思っただけだ。すると、


「あ、そういう事か……良いんじゃないかな、里奈さん向けでしょ」


 と、千尋。予想外の名前が出てきたので思わずそちらを向くと、なんだか悪巧みを思い付いたような千尋の顔がある。


「いや、別にそういうんじゃ――」

「いいのいいの、確かに選択肢は多い方が良いわ」


 なんだかよく分からない理由で納得した様子の千尋。結局、クリスタルガラスがラインストーン状に入ったローズゴールドのブレスレットも購入することになってしまった。キラキラを目に留めて立ち止まった結果、余計に3万円出費して尚且つ「里奈さんにもプレゼント渡さなきゃね」という無駄に難易度が高いクエストが発生してしまった。


*********************


 買い物はその後、千尋が「マー君に贈る」プレゼントとしてYシャツ用のカフスを購入して終了。時計を見ると14時過ぎだ。完全にお昼ご飯の時間を逃してしまった。


「ちょっと軽く何か食べよう」


 という事で、駅の方へ戻ってファストフード店へ入り、そのまま店内でハンバーガーを食べる。買ったプレゼント類は嵩張らないものばかりだから、リュックの中に入れてある。リュックの中には他にハム太が魔石に戻った状態で入っているが、これは今晩のお食事会の為だ。割烹料理屋で鱈鍋のコースだと知ったハム太が「鱈の白子は絶品と聞いたのだ、吾輩を置いて行くとは許せないのだ!」とごねた結果、こうして連れてきているという事情がある。


 一方の千尋は自分のハンドバックの中に「マー君向け」を入れている。というのも、この後18時にマー君と渋谷で待ち合わせとのこと。22日の岡本さんからのお誘いがあった時点で、千尋は既に今晩の予定が入っていた。本人は「営業活動」と言っているが、その真意は良く分からない。


「ちょっと時間できたね」

「そうだな」

「映画でも見る?」

「そう言うのはマー君と行けよ」

「マー君と映画ってちょっと想像つかないわ」

「じゃぁ行くか」


 などと他愛のない話をする俺と千尋。とその時、突然耳元で大声が上がった。


(大変なのだ!)

「うわぁぁ!」

「ど、どうしたのお兄ちゃん?」

「え、あっ……」


 俺の脳内には確実にハム太の焦った大声が響いていた。しかし傍から見れば俺が突然驚いた大声を上げたことになる。千尋の驚いた表情からソレを察した俺は、周囲を伺いながら小声で千尋に「ちょっとハム太がいきなり騒いだんだ」と説明しようとする。だが、その前にリュックの中のハム太は、


(今の今、ハム美から【遠話】が入ったのだ!)


 と続けて【念話】スキルで言う。変な話だけど【念話】スキルで言葉の音量を上げるということは、それだけ大きな感情を伴って情報を発信するといことになる。つまり、ハム太もそれなりに驚いた上で【念話】を使っていることになる。それにしても【念話】と【遠話】ってややこしいなぁ――


(それどころじゃないのだ、里奈様が大変なのだ!)

「え?」

「また? どうしたのお兄ちゃん?」

「あ、いや何でもない」

(何でもない、ではないのだ! 魔物の氾濫が起こったのだ! 里奈様が巻き込まれているのだ!)

「え……マジ?」


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