*幕間話 五十嵐里奈のクリスマスイブ②


 聞けば岡本さんは次男 ――仁哉ひとや君というらしい―― を連れてお出かけ中とのこと。なんでも、今日は長男 ――こっちは琢磨たくま君―― が小学校の課外授業で近くの歴史資料館へ行くので朝にお弁当を持たせところ、次男の仁哉君が自分も行く、と言い出してぐずったらしい。それで、ぐずりを治めるために、保育園を早退して午後から長男さんが行っている場所に連れて行く、という約束をしたとのこと。それで、今はその約束を実行するべく次男君を連れて移動中とのことだ。


 それにしてもこの岡本さん、まぁ私が訊いてもいない事までよく喋る。外見はさて置き、相当に子煩悩な父親なのだろう。まったくタイプは違うけど、子煩悩という点に於いては佐原課長に似ていると思う。佐原課長も以前息子さんが私立の有名小学校に合格したと周囲に自慢して(特に富岡係長辺りから)顰蹙ひんしゅくを買っていたものだ。


 私としては[受託業者メイズウォーカー]としてゴツイ装備を身に着けて、立場上しょうがないけど、色々と不満そうな言葉や視線を受けていただけに、この日常の岡本さんとのギャップに少し驚いた。でも、自分の子供が可愛いのは誰しも同じだろうし、ついつい他人に話したくなるのも分かる。それに、仁哉君は私の目から見ても中々可愛い男の子だ。というのも、


「パパ、このお姉ちゃん・・・・・は誰?」


 ちゃんと「お姉ちゃん」と言うところが偉い。もう私の歳だと4歳児からは「おばちゃん」呼ばわりされても文句は言えないところだけど、これは岡本さんか奥さんの教育なのだろう。でも、


「新しいママ?」


 おいおい、岡本さんの家って複雑な事情があったのか……


「こら仁哉、テレビの真似しちゃダメだろ」

「は~い」


 ……なんだ……驚いた。


「ったく、最近嫁が見てるドラマの真似を覚えやがって……変な事言ってゴメンな」

「い、いえ」

「それで、五十嵐さんは何でこんなところに?」

「あ、ちょっとこの先の緑地公園に用事で」


 思わずちょっと濁した返事になる。対して岡本さんは、


「じゃぁ、一緒にタクシーに乗って行かない? こっちも公園の隣の江戸……なんとか資料館・・・・・・・? に行くんで」

「はぁ」


 とのこと。いや、何でこうなるのよ? と思いつつも結局タクシーに相乗りする。タクシー代の清算って面倒臭いから自腹を切って乗るつもりだったので、これは助かる。国家公務員といえども26歳程度じゃ言うほど給料は高くないから仕方ないね。


*********************


 タクシーは駅から小金井街道を南へ進む。車内では岡本さんから「もしかして緑地公園にメイズ?」と鋭い質問を受けた。まぁ普通に考えたら、昨日初期調査に同行したばかりなのだから、そんな結論に至るのは当然か。ということで、


「オフレコですけど、そうです」


 と答えた。まぁ直ぐに公開される情報だし、面と向かって嘘を吐けるほど私はひねくれた人間じゃない。一方、それを聞いた岡本さんはしばらく黙り込んで何か考えるようになる。そして、


「じゃぁ何で公園の隣のなんとか資料館・・・・・・・は開いてるんだ?」


 そう言われて気が付いた。


「普通新しいメイズが見つかると、周囲の結構広い範囲を閉鎖したりするだろ? この先の五日市街道も通行止めなんだし」


 もっともな指摘だ。丁度タクシーは小金井街道から五日市街道に出る交差点を左折している。この先小金井緑地公園への入口付近で五日市街道は通行止めになっているはずだ。一応名目は「道路工事」になっているということ。とそこへ、


「ああ、お客さん。五日市街道の通行止めは今朝から解除になってますよ。でも、この先の井之頭で不発弾処理・・・・・があるから、結局道は混んでますけどね」


 とタクシーの運転手さんの言葉。え? と思う。不発弾処理云々は置いておいて、なんで通行止めが解除されているんだろう? 思わず岡本さんと顔を見合わせてしまった。


「ちょっと、確認してみます」


 多分、部署間、いや組織間の連絡ミスなんかが原因で足並みがそろっていない感じだと思うけど、確認のために総務部へ電話をする。しかし、


「あれ? 圏外だ……」


 スマホは2度呼び出しコールをした後にプツリと切れる。見ると電波圏外になっていた。殆ど同時に運転席の方からも、


「あれ? 壊れたか?」


 と声が上がる。見ると、カーナビの現在位置が近くのゴルフコース内にワープしていた。なんか変な感じだな。


「まぁ、周辺一帯を通行止めにしたり立ち入り禁止にするのはちょっと大げさだと思っていたから丁度良いんじゃないか? 大したことじゃないだろ」


 対して岡本さんは運転手さんに聞こえない音量でそう言う。それとほぼ同時にタクシーは緑地公園入口のにある管理事務所の近くに差し掛かり、そこで停車した。


「ありがとうございました」

「コータの友達なんだし良いってことよ。じゃぁ、お仕事がんばって」


 タクシーを降りた私は全額払ってくれた岡本さんにお礼を言う。一方の岡本さん親子は、


「パパ~、はやく~」

「こら、一人で走っていくな!」


 と言いながら敷地の西側に在る江戸歴史民俗資料館の方へ歩いて行った。その後ろ姿をしばらく見送った後、もう一度スマホに目を落とす。相変わらず電波は圏外だった。


*********************


 小金井緑地公園は敷地の中央に広大な「憩いの広場」という芝生のスペースがあり、その真ん中を南口から北口へ掛けて通る遊歩道によって、東西のゾーンに区切られている。その内西側は先ほど岡本さん親子が向かった江戸歴史民俗資料館があって、それに付随して歴史的な建造物を移設保存しているゾーンになる。一方、東側は市立の第1体育館と第2体育館が点在していて、その更に奥には陸上競技場と弓道場がある。


 敷地内には南北とは別に東西にも遊歩道が続いていて、更に「憩いの広場」の外周をなぞるようにも遊歩道があるため、東西2km・南北1kmの広大な敷地は、上空から見ると少し歪な円の中に十字を書いたように見えるだろう。自然が豊かというよりも、かなり人工的に整備された緑地だ。普段ならば近隣の住民で賑わうのかもしれないが、今は季節も冬だし昨日までは閉鎖されていたため、利用者の姿は疎らな感じだ。散歩する近所の人、といった感じの人がチラホラと見える程度。


 私は一旦南口付近の管理事務所に立ち寄り、緑地が開園している経緯を問い合わせた。しかし、管理職員の説明では特別変わった事が無くて予定通りの措置だということ。「一時閉園された時から今日の再開園は決定されていた」という説明だった。そのため、事務所で固定電話を借りて[管理機構]の総務部へ連絡した。私の連絡を受けた総務部の人は「おかしいですね、確認しておきます」とのこと。言外に「それどころじゃない」という、忙しそうな雰囲気が感じられた。


 その後は公園事務所を後にして、メイズが出現した第1体育館に向かう。距離は400mくらい離れていて、丁度、敷地中央にある「憩いの広場」の外周に沿って続く遊歩道を進む感じだ。その道すがら、ふと広場の方を見ると緩い起伏の向こう側でボール遊びをする子供たちの集団が見えた。今日はそれほど寒くないけど、今にも降り出しそうな空の下で、元気なものだと思う。


 今年の5月から6月に掛けて、新型コロナウイルス対策で小学校が臨時休校になっていた。そのため、遠足のような行事も中止になり、夏休みや冬休みの期間が短縮されたというニュースを思い出す。中止になった行事の埋め合わせで、こんな師走の押し迫った時期に課外授業をやっている、といったところか。多分資料館の見学を終えた後の自由時間なんだろう。だとすると、資料館に向かった岡本さん親子は入れ違いになった訳だ。


 そんな事を考えつつ遊歩道を進み、第1体育館の入口に到着した。入口前の駐車スペースには、他の車両進入口から入って来たのだろう、[管理機構]のライトバンと警察のパトカーが停まっている。


 第一体育館の入口には非常線テープが張ってあり、2人の制服警官が立ち番のように入口前に陣取っていた。今度は彼等に事情を訊くことになる。


 彼等が言うには、道路の通行止め解除は自分達の管轄でないから分からない、ということ。お願いして本部に確認して貰うが、携帯電話が相変わらず不通で、無線もノイズが酷くて聞き取れない状況だった。そのため2人の警官の内、若い方が管理事務所に固定電話を借りに走って行った。


 今の時刻は14:12。残った年配警官の話では大島さんと水原を含む面々がメイズ内に潜行したのは丁度1時間前。昨日のチーム岡本との初期調査の経験を踏まえると、大体16:00過ぎには地上にもどってくるだろう。


「待っているしかないか……」


 思わず漏れた独り言と共に空を見上げる。今にも降り出しそうな暗い曇り空に相変わらず生暖かい風が吹いている。何処かで犬の鳴き声が聞こえた気がした。それに交じって人の叫び声のような音が聞こえた気がする。


「ん?」


 何かが視界の端で動いた気がして、思わずそちらへ視線を向ける。すると、妙なモノ・・・・が視界に飛び込んで来た。

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