*幕間話 五十嵐里奈のクリスマスイブ①


2020年12月24日 午前


 通常通りに出勤しパソコンを立ち上げつつ、モニターの横にタブレットPCを置く。それでタブレット側でメールチェックしながらPCの方はネットニュースを閲覧。オフィスには朝刊が届いている筈だけど、今朝は何故か見当たらない。多分佐原課長がどこかへ持って行ったのだろう。


 国内ニュースは先々月から続いた観光業振興政策後の新型コロナウイルス流行第2波に関する話題が多い。今のところ流行の第2波とは言い切れないが、感染者数は増加傾向のため、関連性が疑われているとのこと。ただ、東京都は年末年始も都民や外食産業・旅行業界などに自粛を要請する気配はないらしい。


 一方、海外ニュースではアメリカのニューヨークで発生している大規模な暴動に関する速報や関連情報が多かった。ロサンゼルスでも同様の暴動が発生しているとのこと。少し前に流行っていた人種差別反対運動なのか、それとも結果で揉めている大統領選絡みなのか、とにかくあの国・・・は火種が多いなぁ、という程度の感想しか沸かない。


 それで何となく文字だけを追ってネットニュースを閲覧したあと、一旦ブラウザを落とす。その直前にふとバナー広告が目に入った。


――まだ間に合う! クリスマス宿泊プラン――


 だそうだ。幾ら客足が低調だからって、今日は24日のクリスマスイブだぞ、と思う。今から駆け込みでホテルの予約を取るカップルなんているのかな? そんな疑問から色々想像が発展しそうになって、意識的にそれを止めた。寒い世の中だ。


 独身シングルお一人様には寒さがひときわ身にこたえるシーズン到来。ここから、お正月に実家で「あなた、もう良い歳なんだから」とお母さんに言われる迄が、ここ2年ほどの定番の流れになる。


 まぁ「仕事ばっかりだとあっという間に30歳よ」というお母さんの意見には同意するけど、26歳はまだ焦るような歳じゃないはずだ。それに「良い相手」などを見つけるよりも、今は心身の疲労を抜く事の方が優先な気がする。


 特に今年は出だしから・・・・・[メイズ関連法案]の法整備、[管理機構]の発足と出向先からの再出向、受託業者認定試験の運用、メイズ運営最初期の混乱、主任から係長補、係長へ昇進、後は現場で揉める[受託業者]への対応など、目白押しな1年だった。そして極めつけが新たに見つかったメイズの[初期調査]への同行だ。相当疲労が溜まっていると思う。


 もっとも、身体の方は未だ大丈夫で、食欲はあるし体重も維持している。夜だってよく寝れるし、それに月の周期も乱れていない。頑丈な身体に産んでくれたお母さんには本当に感謝だ。ただ、身体は丈夫でも精神的には結構参っているようで、特に最近は妙な幻覚や軽い物忘れが出てきた。


 部屋でくつろいでいる時に限って、視界の端に何かが動くような影を見た気がしたり、食べた覚えの無いお菓子の封が空いていたり、動かした覚えの無い化粧品の場所が微妙に違っているような気がする。今朝なんかは長らく冷蔵庫に仕舞い込んでいた缶ビールが空になった状態で流しに置いてあった。勿論飲んだ記憶はない。多分、就寝中に無意識に起き出して冷蔵庫から取り出して飲んだんだろう。


「はぁ……」


 自分はもうちょっと神経が太いと思っていたけど、やっぱりか弱い女だったか。そう思うとちょっと溜息が出る。


「どうしたの里奈。クリぼっち・・・・・だからって気持ちを下げちゃダメよ!」


 とは、富岡係長の言葉。さっそく舐め合う傷を求めて参上した、といった風情。まぁ、心配してくれるのは有難いけど、問題はそこじゃない。どうしようかな、ちょっと相談しようかな。


「それで、初期調査の方は順調なの?」


 私が最近の悩みを相談しようかと考えていると、富岡係長はそんな話題を振って来た。ちなみに[受託業者メイズ・ウォーカー]に初期調査を任せるといっても、立ち合い人が必要で、その役目は当然のように[巡回係]にまわってきた。ただでさえ第2期受託業者が参入してトラブルが多い時期に余計な仕事が舞い込んだことになる。ということで富岡係長の[委託係]総出で私の[巡回係]通常業務を分担してもらっている。そう言う事情だから、早く部下を返して欲しいんだろう。


「昨日[荒川運動公園メイズ]が終わりましたから、後は今日の[小金井緑地公園メイズ]と来週月曜の[太磨霊園メイズ]で完了です」


 と返事をする。ちなみに[練馬区総合運動公園メイズ]は今週の火曜日に調査終了済み。


「じゃぁ後ちょっとね」

「まぁそうなんですけど」

「どうしたの?」


 富岡係長の言葉に返事をするが、ちょっとスッキリしない返事になってしまった。というのも、今日の[小金井緑地公園メイズ]と来週月曜の[太磨霊園メイズ]は、どちらもあの[赤竜群狼クラン]所属のPTが担当するのだ。確か今日が[群狼第3PT]で月曜が[赤竜第3PT]だったはず。ただ、協力申し入れを担っている総務部渉外課の話だと、どっちのPTも相当渋った上での承諾だったということだ。その辺が少し気になる。


 特に総務の渉外担当はドロップ全回収の規則を各PTに伝えていない。それを言うと「確実に協力を渋られるから」だそうだ。実際幾つかのPTは適当な理由(病気とか冠婚葬祭とか)を付けて断ったらしい。そのため、総務の渉外担当は「言わない」ことにしたということ。


 結局、そのしわ寄せが現場に来ているんだが、これまで協力してくれた[チーム岡本]やもう1つのPTは渋々ながら受けてくれた。でも[赤竜群狼クラン]の所属PTがすんなり受けてくれるかは謎だ。多分ごねると思う。そのため、今日の現場には現役自衛官出向者の大島さんと水原さんに行ってもらっている。私が行くと「舐められる」という理由からだ。ちょっと悔しいが仕方ないだろう。


「大変ね……何時に開始なの?」


 そんな話をすると、富岡係長はちょっと同情する風になる。そしてチラと腕時計を見てそう言った。今は9:30。集合予定時間は10:00の約束だ。もう少し後で大島さんに電話してみよう。


*********************


同日13:30


 ということで、何故か私は小金井緑地公園の最寄り駅である西武新宿線花小金井駅駅に到着していた。まったく……どういう事かと言うと、やっぱり現場で大揉めに揉めた、ということ。


 大島さんと電話連絡を取ったところ、集合時間である10:00になっても[群狼第2PT]は現場に現れず、それから待つ事1時間半、11:30に漸く姿を現した。そこで大島さんと水原さんがドロップ品の全回収を伝えると彼等は一斉に反発を強めた、ということだ。


 それで、大島さんと水原さんの強面自衛官コンビでもどうにもならず、私に電話をしてきたのが12:00前。ただ、私としてもどうにも判断が出来ないので佐原課長に電話をしたのだが、そこらからしばらく佐原課長に繋がらずにタイムロス。結局12:30頃になって佐原課長の方から私に電話があった。その電話で佐原課長は、


「小金井の方はどうなった? あと太磨霊園の方も今日中に出来ないか?」


 と言って来た。「無茶振りにもほどがあるだろ!」という言葉を寸前で呑み込み、私は今の状況を伝える。すると、


「実はちょっとヤバイ感じになってるんだ、その調査を早急に終わらせてくれ! ドロップ回収の条件? そんなものどうでもいいから、頼むぞ! あ、あと、念のため君も現場確認を頼む!」


 ということ。それで一方的に電話を切られた後は、スマホの電源そのものを切ったようで今のところ繋がる様子はない。


「なんなのよ、まったく……」


 と思わず愚痴がこぼれる。ちなみに「条件なんてどうでもいい」ということだったから、それだけは先に大島さんと水島さんに伝えてある。その結果、「群狼第3PT」の面々はようやく初期調査への協力を承諾し、多分30分前位からメイズに入っているはずだ。


 一方、来週月曜予定の太磨霊園の方は、スケジュール変更を総務の渉外課に丸投げしておいた。総務あっちも少しは苦しめばいいと思う。


 と、それだけなら、そこまでの話だけど、何故か電話の終わり際に佐原課長は私に現場確認を求めてきた。そのため、態々わざわざ花小金井までやってきた、という訳だ。


「降ってきそうね……」


 駅から出ると空はどんよりとした暗い曇り空。冬だというのに妙に生暖かい湿った風が吹いている。その内雨が降ってきそうな、見ていると気持ちが滅入るような空模様だ。そんな空から視線を外し、タクシーを拾おうと乗り場を探す。その時だった。


「あれ? 五十嵐さんじゃない?」


 と聞き覚えのある声で後ろから話し掛けられた。思わず振り向くと、そこには「休日のパパ」といった格好の岡本さんと、4歳位の男の子が手を繋いで立っている。


「ど、どうも、こんにちは」


 まったく、妙なタイミングで妙な人に出会うものだと思った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る