*30話 初期調査協力 In 荒川運動公園メイズ ②緊張感が足りない感じ


 [荒川運動公園メイズ]の内部は、他のメイズ同様に発生・固定場所の状況を写している。公園管理事務所の1Fは殆どが所謂いわゆる土間どまで、草刈り機やら何やらの物置になっていた。そのため、床は固めた赤土のような感じだ。一方壁や天井は石膏ボード風で5,6mおきに鉄筋の柱と梁が通っているように見える。また、内部の明るさも他のメイズと殆ど変わりが無い。


 そんな内部構造を岡本さん、飯田、朱音、吉本さん、里奈、俺の順で1-2-2-1の隊列で進む。1層の入口は少し広めのホールになっていて、そこから通路が3つ伸びている。その内1つを進むうちに背後を襲われる可能性があるため、俺が殿しんがり役になるのはよくあるフォーメーションだ。


 進みながら、岡本さんは色々と里奈に質問している。例えば「このメイズ、いつ頃出来たんだ?」とか、「他にも新しく見つかったのか?」とか、そんな感じの質問だ。対して里奈は答えられる範囲で正直に答える、というスタンスで返事をしている。「このメイズは2019年1月には存在していたようです、でも正確な固定時期は分かりません」とか「他にも複数見つかりました。場所も含めて公開は来年1月初めの予定です」とかだ。


 ただ、そんな里奈の説明だが、俺はそれを集中して聞く事が出来なかった。というのも、


(お兄様!)

(ハム美!)

(お会いしとうございました、ニャン!)

(辛い思いをさせてスマナイのだ!)


 と、再会(といっても1週間も経ってないけど)を喜び合う2匹のハムスターの【念話】が脳内に響いてうるさいからだ。ちなみにハム美はハムスターを模したペンダントに擬態しているが、それは魔石の形態に戻ったという事ではない。魔石形態だと能動的な活動が出来ないという制約があるため、ハムスターとして具現化した後に魔石の魔力を使用して[形態偽装]という魔術を使っている、ということだ。だから、近くに居る時は【念話】スキルでコミュニケーションを取る事ができる。でも、その【念話】コミュニケーションから俺を外すことは出来ないのかね?


(無理ニャン!)

(のだ!)


 あっそ……それより、里奈の周囲はどうだった?


(緩く監視されている気配ニャン、でもコータ様の周辺と同じ感じニャン)


 え? それってどういうこと?


(あ……言い忘れていたのだ……実は、コータ殿の周辺も時折ゆる~く監視されている感じがしているのだ! 遠くから窺っているような感じ?)


 「感じ?」じゃね~よハム太。そんな話を聞いたらちょっと怖いだろう。


(害意がある感じではないニャン。本当に観察している感じにゃん)

(そうなのだ、脅威とは思えないので敢えて伝えていなかったのだ!)


 いや、今さっき「忘れていたのだ」ってガッツリ言ってただろう、ハム太。と、まぁそれはさて置き、緩くだって里奈が監視されているということは、やっぱりストーカー気質のある連中の仕業だろうか? ネット掲示板での里奈に対する嫌らしい書き込みは一旦鳴りを潜めているが、ちょっと心配だ。今度そんな気配があったら、気配を辿って正体を確かめる必要があるな。


(気配を辿ることも出来るニャン)

(吾輩も出来るのだ!)


 そうかそうか。でも、里奈の周辺を監視するような気配が発生した時に、上手く近場に居合わせなければならないな。それに、離れているハム太とハム美同士が連絡を取り合えるのかどうかも、そういえば確認していない。まぁ、この辺は後でじっくり訊くとしよう。


*********************


 初期調査のメイズ潜行は2層へ進む。モンスターとはそれなりに遭遇している。でも、殆どは岡本さん1人に処理されている。岡本さんはポリカ盾すら出番が無い感じで、モンスターをほぼメイスの初撃で葬る。まぁ、修練値500に達しているから、当然の実力差なのだろう。


 ただ、流石に固定化から少なくても1年以上放置されているメイズだけあって、浅い層にも関わらずモンスターの数は多い。単体出現するメイズハウンドも次から次に現れるので複数出現する3層と変わらない感じだ。それに、戦闘音が他のモンスターを呼び寄せるのか、途中からは通路を進むチーム岡本の背後にも別の通路からやって来たモンスターが襲いかかってくるようになった。


 という訳で、俺の出番も増える。殿しんがりポジションだから、俺の後ろには里奈と同僚の吉本さん(本人曰く防衛省出身らしい)が居る。万が一抜かれると、2人が無防備になってしまうので、俺は1層の途中から里奈に護身用として木太刀を預けている。里奈は五十嵐心然流本家本元の娘だ。武術の心得という面では、俺よりも上手うわてだったりする。


「この木太刀、懐かしいわね!」


 などと言ったりしながら、鉄芯の入った重さ3kgの木太刀を片手でブンブンと振って見せたりするほどだ。しかも、メイズに潜った経験もあるとのことで、実はそこそこの修練値を保持している。里奈のステータスはこんな感じだ。


**********************

五十嵐里奈(26歳)

種族  人間(女性)

耐久値 83/83

魔素力 86/86

力   10 (x1.18)

敏捷  12 (x1.16)

技巧  13 (x1.20)

理力  12 (x1.18)

抵抗  11 (x1.15)

修練値 343/343

習得スキル(常時有効型)

―――

習得スキル(使用型)

―――

**********************


 素の能力値が最早さっそくハイスペックなのだけど(まぁこれは「そうだろうね」といった感想だが)、それ以外に修練値343という数値は多分5層を突破相当のはず。本人は「自衛隊の護衛下で調査のためにメイズに潜った」と言っていたから、前回の[調布ビルメイズ]の時のヤンキー風PTのようにパワーレベリング状態だった可能性もあるけど、多分それなりに戦闘を経験しているはずだ。というのも、


「あ、やべ!」

「危ない!」

「うわぁ!」


 2層途中で背後を襲われた時、1匹のメイズハンドが俺の横をすり抜けて後ろの吉本さんに飛び掛かった。思わず俺の声と朱音の声と吉本さんの悲鳴が被るが、


「てぇあっ!」


 そんな声を凌駕するほど鋭い気合を発してメイズハウンドに打ち掛かったのは里奈だった。里奈の放った1撃は見事な上段からの振り下ろし。それが吉本さんに飛び掛かったメイズハウンドの狭い額にカウンター気味に炸裂した。結果的にメイズハウンドの頭部は可成りグロテスクな感じでグチャるが、里奈は殆ど表情を変えずに残心を決めている。事前の気組み・・・までしっかり出来ていた、といったところだろう。


「……よし、っと」


 そんな里奈が残心を解いたとき、助けられた吉本さんがボソッと


「もう、五十嵐さんだけで初期調査できるじゃん」


 と言った。その言葉に思わず頷く俺だった。


*********************


 そもそも今のチーム岡本の実力的に何の問題も無い初期調査は、2時間ちょっとで2層奥まで踏破して終了した。マップは飯田のマッピングデバイスに記録した情報を後でメモリカードにコピーして渡すことになる。また、出現するモンスターの方は他のメイズの1層、2層と全く変わらない感じだった。


 その一方で、ドロップは予想に反して殆ど出なかった。手つかずで放置されたメイズのモンスターだから2割以上のドロップ率だろう、などと思っていたのだけど、それが全くな結果・・・・・になった。辛うじてドロップしたメイズストーン2個は全部里奈が斃したモンスターからのドロップだったりする。


 これについては、チーム岡本の面々と里奈や吉本さんも首を捻るような不思議な現象に思えた。しかし、タネを明かせば凄く単純な話で、ハム太に言わせれば、


(修練値の差が500もあったら、そりゃドロップしないのだ!)


 とのこと。だから、修練値343の里奈の場合はドロップするけども、修練値500前後のチーム岡本だと何もドロップしないという訳だ。確かに、最近浅い層でモンスターを相手にする機会が無かったから気が付かなかったけど、当然と言えば当然の話だ。


「たぶん実力差があり過ぎてドロップしないんじゃないかな?」


 とだけ言っておく。これがヒントになって[管理機構]がそういう「傾向」を発表してくれれば、1期募集の[受託業者]達がより深い層に移動するかもしれない。そうすれば浅い層に空きが出来て、この前のヤンキー風PTのように実力が無い状態で深い層に来るような連中を未然に防ぐことだって出来るかもしれない。


「まぁそうだな。でも管理機構的にはこんな結果で良かったのかな、五十嵐さん?」

「ノルマ的なモノは無いので多分大丈夫です。寧ろ面白い現象だと思いますね、報告しておきます」


 岡本さんと里奈の会話だ。岡本さんの大人な気配りに里奈は外面そとづらの良い笑顔で答えている。そして小さく響く「チッ」という……舌打ちは朱音。今日の朱音は終始ずっとイライラしている感じだ。女の子って難しいね。


「ご協力ありがとうございました!」


 ということで、今日の[荒川運動公園メイズ]初期調査は里奈の言葉を最後につつがなく・・・・・終了となった。時間は12:00。ちなみにこの後、岡本さんの提案で下赤羽にあるメイズへ行くことになった。

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