*29話 初期調査協力 In 荒川運動公園メイズ ①現場軽視というお家芸


2020年12月23日


 荒川沿いには「荒川」や「公園」といった言葉を含む行政管理の運動場や緑地が多数存在する。その内の1つ、国道17号線田戸橋付近の板橋区側に広がる「板橋区荒川田戸橋緑地運動公園」が今回の目的地だ。ただ、名前が長いので普通は「荒川運動公園」と省略されて呼ばれている。一応、幾つも在る似たような名称の公園の中で一番規模が大きく知名度も高いため、そのような呼び方でも直ぐに何処か分かる、という事情があるようだ。


 そんな荒川運動公園は、野球場6面とサッカーコート5面に陸上競技トラック、更には野鳥観察が行えるバードサンクチュアリや河川生態系保護区域をも備える広大な面積を誇っている。確かにこれなら数ある似たような名称の公園を押しのけて「荒川運動公園」を名乗っても文句は出ないだろうと思う。


 と、そんな事を考えている内に、岡本さんの運転するワゴン車タイプのレンタカーは土手沿いの細い道路を右折。運動公園の第1駐車場入口へ近づく。この先にある第一駐車場脇の管理事務所1Fで発見されたメイズが今回の目的地、ということだ。


 車は右折したところで一旦停止した。あれ? と思って前を見ると「関係車両以外進入禁止」の真新しい看板と共にチェーンが掛かっていて車両が進入できないようになっている。岡本さんは軽く舌打ちをした。というのも、駐車場の入口側からは見通せない場所にパトカーが止まっていたからだ。どうも岡本さんはパトカーを見ると反射的に舌打ちをする習性が有るらしい。今は全うな(?)人生を送っているはずだけど、若いころに身に付いたサムシングなんだろう。


 パトカーから2人の制服警察官が下りてくる。その内1人が車の前を塞ぎ、もう1人が運転手席側にまわって窓をノック。対して岡本さんは窓を半分まで下げて応対する。


「運転手さん、ここは立ち入り禁止なんですよ、何で入って来たの?」


 と制服警官。対して岡本さんは、


「[受託業者]です、管理機構の依頼で来たんだけど?」


 と、ちょっと険がある感じ。岡本さん、どれだけ警官嫌いなんですか……とその時の俺はそう思ったけど、直ぐにその考えを改めることになった。思えば今までの人生で警察官と直接話すのは2度目だったけど、少年時代の1度目と違って、今回のコイツらは最悪に面倒臭い連中だ。どういう事かと言うと、


「[認定証]を確認するから出しなさい」


 から始まって、運転免許証・車検証・持ち物検査と続き、果ては、


「住んでる場所は? 今日は何時頃に帰宅するの? 全員の関係は?」


 と職務質問めいたものまで始まった。しかも、途中で飯田がキョドって持ち物検査にもたつくと「見せられない理由があるのか?」と突然高圧的になる始末。これには流石に頭にきて、俺は思わず声を上げそうになった。しかし、抗議の内容を頭で組み立てているほんの一瞬の間に、妙に聞き覚えのある女性の声が割って入った。


「どうしたんですか?」


 声の方を見ると、見慣れない作業服姿だけど見間違いようのない人物、五十嵐里奈の姿があった。騒ぎを察して管理事務所から出てきたのだろう。職質を仕掛けてきた年配の警察官に話し掛けている。対して警察官の方は[管理機構]の職員が出てきたことに不意を突かれたのか、モタモタとした感じで説明している。曰く、立ち入り禁止の場所に接近してきた車両なので事情を訊いていただけ、とのこと。それで[受託業者]ということだから、持ち物検査の協力をお願いし、そこで挙動が少し不審だったので詳しく話を聞こうとしていた、という主張だった。


 マジか、と思う。これ、もしかして里奈が出てこなかったら「署までご同行」パターンだったのか? そう思うと、ちょっとゾッとする。


「彼等は[管理機構]が特に頼んで協力をお願いした[受託業者]です。私は[巡回係]係長の五十嵐と申しますが、これでもまだ不審だというのなら、本部に照会してみてはどうですか、巡査部長さん?」


 対して里奈は警察官相手に全く物怖じしていない感じ。敢えて相手の階級を口にしたのはある種の威圧行為なのだろうか? 役人の世界は良く分からないが、それなりに効果があったようだ。更に里奈は、


「初期調査対象の割り振りは内閣危機管理監の采配で行われたものです。これを妨害するのはちょっとマズイんじゃないですか?」


 と、良く分からない肩書まで引っ張り出してきて畳みかける。その結果、


「ぼ、妨害とは心外です。こちらは職務として行ったまでで――」

「なら、もう良いですね」


 という事になった。なんだか良く分からない内に警察官に難癖を付けられて、それを里奈に助けられた格好になってしまった。


*********************


「岡本さん、皆さん。本日はお忙しい所ご協力、本当にありがとうございます」

「あ、いや、まぁ」


 人気ひとけの無い物置のような管理事務所内に到着して、開口一番に里奈はそう言うとしっかりと頭を下げた。色々言いたい風情だった岡本さんの内心を見透かして、更に出鼻をくじいた格好だ。こうやって下手に出られると色々言えなくなるのが岡本さんの、おとこ岡本たる所以ゆえんだ。顔は怖いけど根は良い人なのが、岡本さんだ。


 まぁ、岡本さんに協力という名の義務を押し付けた管理機構の職員は里奈ではなかったという事だし、一応俺と里奈が知り合いだという事は以前の北七王子メイズ消滅の際に知っている。だから、岡本さんが直接里奈に嫌味や抗議を言ったりすることは無いだろうけど、それにしても(里奈にしては)随分と丁寧な感じだな、とは思う。


 ただ、里奈がこうやってしおらしい・・・・・時は要注意。何か言い難い事を隠している、というのが長年の付き合いで分かっている。少なくても高校3年くらいまではそんな感じだった。それで、そんな俺の記憶はどうやら当たっていたらしい。というのも、里奈は言い難そうにしながら結構な事・・・・を言い出したのだ。それは、


「本日の初期調査ですが、基本的に浅い層、2層程度までを調べて頂き、内部のマップ作製と遭遇したモンスターの記録を取ってください。後、収拾品、いわゆるドロップですが……」


 と、そこで区切る。そして、


「全て管理機構が回収することになっています……どうも、すみません!」


 おう……それって今日はタダ働きって事だね……


「ちょっと、それはいくら何でも横暴なんじゃないですか!」


 とは、朱音。ちょっと怖いくらいの剣幕だ。っていうか、朱音って今までドロップや買取り金額でとやかく言っていた記憶が無い。本人から聞いた話では金銭的に困っている様子もなかった。寧ろ、暮らしぶりは結構余裕が有りそうな事を言っていたはずなのに……どうした朱音?


「本当にすみません! 一応、内部では協力頂いた[受託業者]への還元を話し合っているのですが、何分前例が無く……」


 対して里奈は平謝りのていだ。まぁ、別に里奈が決めた話でもないし、タダ働きは納得いかないけど、里奈が謝る話でもない。ということで、助け船を出す。


「まぁ朱音、別に里奈がそう決めた訳じゃないんだから」

「なんですか! コータ先輩、そっちの女の肩を持つんですか!」


 ……こじれた。いや、なんでコッチに食って掛かるのよ朱音さん……。助けて岡えも~ん。


*********************


 結局、朱音の怒りは岡本さんの「そう言うのは俺がやるから」という言葉でおさまった。


 それで分かった事は、[管理機構]の規定では[受託業者]に協力させる事態は想定していても報酬の取り扱いを決めていなかった、ということ。片手落ちにもほどがあると思う。里奈が言うには現在内部で調整中とのことだが、まぁ日本のお役所なので期待薄だろう。ちなみに「協力謝礼」として5,000円ほど出るらしい。この金額も昨日の夜に漸く決まったとのこと。どんだけケチなんだよ日本、と思う。


 ただ、朱音がブチ切れたのはさて置き、岡本さんの方は色々悟った様子だった。もしかしたら、民間企業以上にブラックなお役所仕事にある種の同情心シンパシーを覚えたのかもしれない。というのも、岡本さんの、


「で、なんで五十嵐さんは前回スーツだったのに今回作業服なんだ?」


 という言葉に、里奈が、


「同行しないといけない決まりなので」


 と答えたからだ。ちなみに管理機構の職員は里奈の他に小太り体型の無口な同じ歳位の男性もいる。名前は吉本さんというらしい。その吉本さんと里奈の2人はカーキ色の地味な作業服に身を包んでいる。一応安全ヘルメットは被っているが、早い話が作業服程度の装備でメイズの中に行くことになる訳だ。とんでもない話だと思う。しかし、


「特に装備とかの支給が無いもので……」


 という事だった。現場軽視にもほどがあると思うぞ。とその時飯田がピクリと反応した。


「そそ装備品とか、なな無いんですか」


 とぼそりと呟く。何か思いついたのだろうか?


「まぁ、お互い仕事なんだ。報酬がないなら、2層までパパっと調べてさっさと終わろう」


 結局、岡本さんがそう言うように、この場でごねて・・・も仕方ない話なので、だったら、さっさと終わらせるのが一番建設的な解決策という事になる。


 ということで、チーム岡本は(依然として膨れっ面の朱音を含め)管理事務所の床に口を開いた小規模メイズ内に進入する。その後ろを里奈ともう一人の男性職員が続く格好で、荒川運動公園メイズの初期調査がスタートになった。

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