*27話 しおらしいヤンキーほど面倒な生き物は居ない


 最後に残った左翼側のメイズハウンド10匹は、朱音を始めとした遠距離攻撃組に散々に削られた挙句、待ち構えていた加賀野さん達近接攻撃組と役目が無くなった久島さん達盾持ち組みが加わった集団に反撃を受け、あっけなく全滅した。その結果、[調布ビルメイズ]5層の番人センチネル掃討は、結局正味6分ちょっとで終了した。


 [脱サラ会]は単独で7層に挑戦中、[TM研]もそろそろ7層へ、という修練値の面々だから、番人センチネルといっても5層相当の敵で、尚且つ数的有利が無くなったモンスター相手なら、このような実力差になる。


 ということで5層はアクティブなモンスターが居なくなり静寂に包まれた。そうなってくると、ヤンキー風PTの面々が上げる痛そうな呻き声が妙にはっきり聞こえてくる。ハム太の【回復(省)】が必要かな? と思いそちらへ視線を向けると、丁度、加賀野さんが壁際にひと固まりになった6人組に近づいているのが見えた。多分【手当】スキルを使うのだろう。見たところ、コウちゃんと呼ばれたヤンキーの傷が一番深いように見えるが……まぁ【手当】スキルの治療具合を見てから決めればいいか。


 そう考えると俺は5層の奥を目指す。目当ては壁際の彼方此方あちらこちらに固まっている大型スライムだ。[調布ビルメイズ]5層の敵は総勢30匹程度と、ちょっと数が少なかった。その数の少なさを補うように、大型スライムが遠目に見ただけで8匹は見える。


(一匹残すのだ)


 とは、ハム太のアドバイス。まぁ、トイレやごみ事情を処理するために1匹は残しておいた方が良いだろう。そうなると、どれがドロップを落とさないスライムなのか見極める必要がある。ということで、俺は飯田に手招きをして呼寄せる。勿論、飯田が持つ【直感】スキルでドロップの有無を見分けてもらうためだ。


「なななんですか?」

「コータ先輩! トイレですかぁ?」


 ただ、飯田だけ呼んだつもりなのに朱音も付いて来た。しかもその発言……まぁ良いか。朱音は折れない子だ。


*********************


 大型スライムの処理はいつもの・・・・スライムハッピーセットでやる。飯田の見立てでは8匹の大型スライム全てが「どどドロップしそう」との事。ただ、ラッキーなことに通常のスライムも数匹居たので、そちらを残して大型スライムの方は全て処理した。結果、中々良いドロップが出たのでホクホク顔で加賀野さん達が待つ5層入口付近へ戻る。


 戻ってみると、面白い光景が展開されていた。


 ヤンキー風PTで負傷した4人は即回復という訳ではなさそうだが、とりあえず怪我の苦痛に呻く声は治まっている。でも、相変わらず蒼褪めた顔色で加賀野さんの方を見ている。ただ、以前のガンを飛ばすような目つきではなく、一種畏怖の籠った視線になっている気がする。


 対して加賀野さんは、


「ありきたりな説教しか言えない。だから、色々うるさくは言わない。お前等も馬鹿じゃないだろうから分かっただろ! 今日拾ってやった命を無駄にしないように考えて生きろ!」


 と、キツ目の言葉を発している。なんだか、加賀野さんが高校の生活指導の先生に見えてきた。


「すみませんでした!」

「さーせんした!」

「あと、怪我の手当てもありがとうございました!」

「あざっした!」


 対してヤンキー風PTの面々は、まるで人が変わったかのように加賀野さんとその他3PTユニオンの面々に謝って、それからお礼を言う。その姿が年相応の青年に見えて、ちょっと微笑ましくもある。荒っぽいことを実際にやって来たのか、又は憧れていただけなのかは分からないけど、純然とした実力を見せつけられても尚突っ張るほど馬鹿じゃないようだ。


 ――人は心の在り様が外面に出る生き物だ、身なりや服装を整えるように心を整えることも大切――


 とは随分昔に聴いた五十嵐心然流師範の豪志ごうし先生のお説教の一節。当たり前の事を言っているだけの言葉だ。でも、今の彼等に当て嵌めるなら、敵愾心や対抗心が薄れた代わりに、元々持っていた素直さ(又は只の単純さ)が表に出てきた、と言ったところだろう。


 その結果、金髪に染めたりピアスをぶら下げたり、異様に眉毛が細かったりする彼等だが、まぁ年相応の可愛気が有るような気がしてくる。


(素直さは大事なのだ)


 という言葉を【念話】で発するハム太。思わず、お前が言うかね? と脳内ツッコミをし掛ける。と、その時、5層奥から戻って来た俺に向かってヤンキー風PTの面々の視線が集まった。そして、


「コータ先輩、さっきのバリ凄かったっす」

「アレ、どうやったら出来るのか教えてください!」

「夜露死苦で、お願いしゃっす!」

「……? あ、いや……」


 思わず言葉に詰まる。ガンを飛ばしているつもりはないみたいだけど、顔色の悪い6人組がグイグイ距離を詰めてくるのはちょっとコワイぞ。見ると朱音と飯田は、既に離れたところに退避している。


「俺達、ガンガンに気合入ってるんで!」

「そ、そう……」

「夜露死苦で、お願いしやっす!」

「えっと、加賀野さん……」

 

 思わず、加賀野さんに助けを求めるが、視線を外された。そっぽを向いた加賀野さんの肩がヒクヒクと震えている。何とか笑いを堪えている感じだ。ちなみに[脱サラ会]の面々は全員がそんな感じだった。おのれ、オッサンどもめ……。


「今日から、コータアニキって呼びます!」

「アニキで夜露死苦!」

「か、勘弁して下さい……」


 どうしてこうなった?


*********************


 ヤンキーになつかれる事態がやって来るとは想定したことが無かった。でも、こいつらを普段から引き連れて「先輩」だの「アニキ」だのと呼ばせていると、まっとうな日常生活が送れなくなる。


 ということで、俺は先ほど一連の行動(能力値変換や飛ぶ斬撃)の理由を搔い摘んで説明した。「み~んなスキルのお陰なんだよ~」という説明だ。しかし、彼等は「それだけじゃないはず!」と妙にしつこい。だから、俺はもう本当に困ってしまって、苦し紛れに「五十嵐心然流の道場に行って武術を教えてもらえ」という事にしてしまった。


 これは後日の話・・・・だけど、豪志ごうし先生から電話があって、曰く「あんな連中、コータの紹介じゃなかったらお断りだぞ……まったく」という事だった。まぁ口ではそう言いつつも、道場で鍛えてくれるらしい。


 それで、今日のメイズ潜行はこれで終了となった。理由は幾つかある。何となく「気が抜けた」ことや、ヤンキー風PTの怪我は加賀野さんの【手当】スキルで応急処置が出来ているが、早めに病院に行った方が良いことに代わりはない、という事。それに、手負いのド素人PTを単独で地上に送り返すのはちょっと気が咎めること。など、色々だ。まぁ、最も大きな理由は「5層のドロップがそこそこ良かった」ということに尽きるんだけどね。


 ちなみに、ヤンキー風PT6人だが、最初に会った時は修練値一桁代だったのが、5層の戦闘を終えた後は全員が200前後に上がっている。なんで? と思うが、


(そんなものなのだ、あちらの世界・・・・・・でもよく見た光景なのだ)


 というハム太の説明にもなっていない言葉だった。どうも、大輝が飛ばされたあちらの世界・・・・・・では、経験者が初心者を深い層に連れていき、そこで修練値を積ませる行為を一種の「修行」と称してやっていたらしい。こちらの世界で言うならば、ゲームのパワーレベリング的な感じの行為だろう。


 という事で、相変わらず「コータ先輩」やら「コータアニキ」やら、果てには「パイセン、パイセン!」などと煩いヤンキー風PTの面々と共に地上へ戻る。その後は、3PTユニオンの分配ルールに従ってドロップを分配。買取りカウンダ―へ赴くことになった。それで買取りの結果は、


*********************

[メイズストーン]4kg 280,000円

[スライム粘液]1kg  2,000,000円

[メイズハウンドの皮]3枚 150,000円

[ポーション]回復薬:中

〔ポーション]魔素回復:中

[スキルジェム]

持ち出し料 3点     -300,000円

―――――――――――――――――――――

合計          2,130,000円

メ特税(源泉徴収20%)-426,000円

―――――――――――――――――――――

税引後合計       1,704,000円

*********************


 今日は岡本さんが居ないから3人で分けるとして、1人当たり568,000円也。まずまずの結果だと言える。また、全部で3つドロップしたスキルジェムの1つ(公正なくじ引きで獲得したもの)は【生成:障害物】という使用型アクティブスキルだった。


 ハム太の説明では「その場の環境に応じた障害物を作り出すのだ」とのこと。これもレベルが存在するスキルのようで、経験を積んでレベルが上がるにつれて障害物の強度や大きさが増す、ということだった。一応魔法スキルの一種らしい。


 そんなハム太の説明を聞いてパッと直感的に思い付くのは、5層のように開けた場所で敵モンスターの攻撃を阻む即席の壁として利用できそう、というもの。そう考えると便利そうに思える。しかし問題もあって、このスキルはちょっとコストが重めだった。習得には修練値150が必要で、これは余り問題無いかもしれないが、使用時に魔素力25を消費するのがちょっと重たい。


 習得に必要な修練値としては俺と朱音と飯田が現在でも必要分を所持している。しかし、俺と朱音にとっては使用時の魔素力25消費はちょっと重たい。例えば俺の場合は【能力値変換Lv3】の「4分の1回し」と、そこからの「飛ぶ斬撃」を使い回そうと思うと100を超えている魔素力も余裕がある状況ではない。朱音も【強化魔法:中級】を2度使う場合を考えると、少し心許ない感じだ。


 ということで常時有効型パッシブスキルの【直感】を持つだけの飯田に振ってみるが、


「飯田、これどうする? 一応魔法みたいだけど」

「う~ん……ちょっちょっと、ほほ保留で」


 ということだった。ただ、前に【強化魔法:中級】を取得した時はもっと興味が無さそうだたが、今は考えた挙句に「保留で」ということ。その辺の違いがどこから来るのか良く分からないけど、まぁ、今すぐ処分方法を決める必要もない。本人が保留というなら、しばらく保留してもいい。それに、リーダーの岡本さんの意見も聞く必要があるだろう。ということで、


「じゃぁ預かっておくな」


 という事になった。


 その後は[調布ビルメイズ]の出口で3PTユニオンは解散。「さっさと病院に行け!」と全員に言われることになったヤンキー風PTの面々をタクシー2台に押し込んでからチーム岡本は駅へ向かう。そして、無事終わった事を電話で岡本さんに報告。その後は駅近くのラーメン屋で反省会代わりの遅めの昼食を済ませて、各自帰路に就くことになった。


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