*26話 満員御礼?調布ビルメイズ ③やり過ぎ5層制覇!


 久島さん達盾持ち3人はヤンキー風PTを背後に庇う格好でメイズハウンド4匹と対峙する。しかし、その戦列にモンスター側のゴブリンPTが加わったため、一時的に不利な状況になった。その上、場所が5層のほぼ中央に位置しているから、両側から回り込まれる危険性もある。まずは、ここへの加勢が必要だろう。


 背後では飯田の声で朱音達にゴブリンアーチャーを狙うような指示が出ている。射撃合戦は【戦技(弓)Lv2】持ちの朱音の精度が生きるだろう。という事で、俺は「[力]の半分を[敏捷]へ」と念じる。ちなみに「4分の1回し」は奥の手とまでは言わないが、使い処は今じゃない。そう判断した上での【能力値変換】だ。


 敵の配置はこちらの盾持ち3人に正対するように正面にメイズハウンド4匹、更に左右にそれぞれ3匹のゴブリンソルジャーが後ろへ回り込もうとしている。対してこちらは……さっきの言葉通り飯田金属製の槍を構えた加賀野さんが盾持ち3人の援護に向かおうとしている状態。


「加賀野さん、左を!」

「オウ!」


 そんな加賀野さんに声を掛け、俺は右翼側へ駆け出す。【強化魔法:中級Lv2】と半分変換・・・・の敏捷値上昇は刺激的な加速をもたらした。距離にして12m。途中に負傷したヤンキー風PTがうずくまっているが、彼等の頭上を3歩分の助走で飛び越える。そして右翼に回り込もうとするゴブリンソルジャーを攻撃間合いに捉えた。そこからの流れは一瞬だ。


「っ勢!」


 溜めた呼吸を口から漏らして気合に変える。繰り出したのは五十嵐心然流の技の一つ「雲竜剣」。中二病かと思うほど大げさな名前だが、早い話、大八相からの連続上段打ちだ。1対1から1対多まで、気勢を強めて打って出る時、上段を防ぐ相手に対して右から左、左から右と相を変えながら立て続けに放つ剣撃。その過程で切っ先が辿る道筋を、雲間を渡る竜になぞらえた技の名だ。何度聞いても鳥肌感がいなめない大げさ・・・過ぎる名前だと思う。


 ただ、5層レベルのゴブリンソルジャーにこの斬撃を防ぐ手段はない。そもそも10m以上の距離をほぼ一瞬で詰めて肉迫してきた俺に驚くばかりで対応が出来ていない。かろうじて頭上に掲げた防御の錆剣も、[刃喰鞘はぐろうそう]で強化したカタナソード[時雨]の前では、ちょっと太目の棒切れ程度の役にしかたたない。結果、


「ギョェ!」

「ギョンッ」

「グミョ!」


 5度[時雨]を振り下ろし、3度断末魔が上がった。右翼に回り込もうとした3匹はどれも側頭部や耳の上から醜い顔の中央付近まで断ち割られて絶命する。ちょっとグロい光景だが、最近はもう見慣れてしまった。


「コータ君、助かった!」


 とは右翼に付いていた久島さん。彼はそう言いながら、ポリカ製の盾を前面に押し立てて一気に前進。正対していたメイズハウンドをそのまま盾でぶん殴り、右手の剣鉈を突き込んで一撃で斃す。流石【戦技(盾)】を取ったということで、盾の扱いに無駄が無い。


 前列の戦いは俺が右翼側を全滅させ、それに続いた久島さんの前進によって形勢逆転。次いで、左翼側に回った加賀野さんも飯田金属製の組立槍を駆使して2匹を屠ると、左端のTM研の井田君も一気に前へ押し出した。井田君のやり方は久島さんとは少し違う。盾でメイズハウンドを押し止めると前蹴りを叩き込み、引いた相手にマチェットを振り下ろす、という攻撃パターン。それが見事に決まって、メイズハウンドは頭をカチ割られた状態で絶命した。と、この時、


 ヒュン、ヒュン――


 と奥から風切り音が響き、ゴブリンアーチャーの矢が井田君を襲う。丁度マチェットを振り下ろした直後の右半身を狙うような2本の矢だ。あ、と思った時にはもう遅く、矢は井田君の右肩と右腹に突き立った。しかし、


「フンッ!」


 と井田君は妙な気合を入れて何事も無かったかのように盾を構え直した。その動きで突き立ったはずの2本の矢はパラパラと床に落ちる。今のが【防御姿勢】の効果のようだ。


「井田君、タフだね~」


 とは、肩を並べて戦う毛塚さんの言葉。言葉通り呆れたような響きが籠っている。オレもそう思う。


*********************


 5層の戦いは初動でもたついた・・・・・が、それ以後はこちらが有利に進めている。盾持ち3人が形成した前列は一時的に数的不利になったが、俺と加賀野さんの加勢で状況を逆転した。対して4匹いたアーチャーの内、左壁側に寄って陣取った2匹は既に朱音の矢で斃され、反対の右壁によった2匹を残すのみ。その二匹も井田君を狙った射撃を最後に、こちらから撃ち出される矢を躱すことに精一杯の状況。


 と、ここで真打(?)登場。広い空間にコボルトチーフの【統率】効果を伴った【遠吠え】が鳴り響く。それを合図に奥で待機していた20匹前後のメイズハウンドが一斉にこちらへ向けてダッシュを開始。しかも、今回のコボルトチーフは積極的に前に出るタイプのようで、そんなメイズハウンド集団の先頭を走っている。


「強化魔法、上書き行きます!」


 ここで朱音の声。ちなみに【強化魔法】は重ね掛けしても強化度合いは変わらずに、効果時間が伸びる。最初の【強化魔法】から3分ほどたっているので、上書きが必要という判断になったのだろう、ナイスだ。


「盾組は右側へ、お前等もさっさと右へ寄れ! 近接組は左翼を頼む!」


 対して、そう号令するのは加賀野さん。「お前等」と呼ばれたヤンキー風PTは、もはや反論する気力が無いようで、無事な2人が負傷した4人を助ける格好で盾持ちの影に移動する。ちなみにコウちゃんと呼ばれたヤンキーに咬み付いていたメイズハウンドは残り2人が金属バットで文字通りボコボコにしていた。


「つつ突っ込んで来るから、ひひ左をゆっ優先で!」


 とは弓持ちの面々に対する飯田の指示。それを受けて、朱音が率先して第一射を撃ち込む。


 ちなみに配置は壁を右手にして盾持ち3人、ヤンキー風PT集団、弓持ち組、という順で右の壁際に固まっている。一方、盾持ち3人の左側に出来たスペースには相川君や上田君、加賀野さんや木原さんといった近接組が陣取っている。そのため、コボルトチーフが率いるメイズハウンド集団は全体的にこちらの左翼に回り込みたそうな動きになる。


(中央のコボルトチーフを突破して分断するのだ!)


 ここで軍師ハム太の【念話】による指示が脳内に響く。お前はブラック企業の無茶振り上司か? と言いたくなるような指示だけど、まぁ、中央から突進してくるコボルトチーフを斃すのが手っ取り早い方法だろう。それに2匹だけ残ったゴブリンアーチャーが地味に厄介だ。中央を突破してから、右に回り込んでアーチャーを斃すべきだろう。


(なのだ!)


 随分と雑なハム太の相槌を得て、温存していた(というほど大げさなものではないけど)魔素力を投入。「4分の1回し」をスタートする。


「中央から右へ行くから、朱音と飯田は左をよろしく!」

「はぁ? わ、分かりました!」

「ははははひぃ!」

 

 という事で、俺は3PTユニオンの集団を飛び出すと、向かってくるコボルトチーフへ正対。というよりも、そのまま突っ込んでいく。「4分の1回し」から敏捷値を引き上げた状態だ。対して、コボルトチーフは驚いた表情も束の間に駆け寄る俺にこん棒を振り下ろす。


 俺は、そのこん棒の軌道の更に内側に潜り込むように一気に跳躍。一瞬後、


 ガンッ――


 振り下ろされたこん棒はそのまま床を強烈に打ち付けたが、その音を俺は背中で聞いている状態。この時点で既にコボルトチーフの左横へ跳び抜け、同時に[時雨]を横薙ぎに振り抜いている。剣道でいうところの面抜き胴、心然流の技名は単に「貫き胴」と言う。


「ギャウゥゥンッ!」


 一拍遅れて、コボルトチーフの悲鳴が上がる。切っ先から1尺分の深さで横腹を薙ぎ払われたのだから、即死でなくても致命傷だろう。ということで、トドメを刺さずに次へ進む。見通す先にはメイズハウンド集団と、その後ろに隠れるようなゴブリンアーチャーの姿がある。ゴブリンアーチャーまでの距離は約20m。もう少し接近する必要がある。


 という事で、敏捷値が上昇した状態のまま、近くのメイズハウンド2匹を斬り付け、空いたスペースに飛び込む。その勢いを助走に利用して跳躍。結果的にメイズハウンド集団のど真ん中に着地したが、これでゴブリンアーチャーとの距離は10mを切っている。この距離ならば、いける・・・


 「[敏捷][抵抗]の半分を[力]へ、更に[敏捷]半分と[理力]の4分の1を技巧へ」と念じつつ、脇構えに付けた[時雨]を10m先のゴブリンアーチャー2匹へ向けて振りぬく。


 ズバンッ――


 [時雨]の切っ先は薄雲を纏わせながら空気を切り裂く。そして生じた「飛ぶ斬撃」は、「幅広な横薙ぎを」というイメージ通りに宙を疾り、矢を弓に番えたばかりのゴブリンアーチャー2匹に襲い掛かった。


「ギャンッ!」

「ギョェ?」


 壁にバッと血潮を散らして2匹のゴブリンアーチャーはその場で転倒。対して俺は、残りの効果時間を有効に使うため、振り向きざまに周囲のメイズハウンドへも「飛ぶ斬撃」を2度、3度、と叩き付ける。一瞬にして当たりに濃い血の匂いを伴う赤い血煙が立ち込めた。


 結果として、【能力値変換Lv3】による「4分の1回し」効果が終わった時、残っているのは3PTユニオンの左翼に掛かったメイズハウンド10匹程度になっていた。頑張った自分を褒めてやりたいと思う。



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