*25話 満員御礼?調布ビルメイズ ②マイルドヤンキーの意地
非難めいた声を上げる面々に対して加賀野さんは「まぁまぁ」と言った感じのジェスチャーをする。よく見ると、同じ[脱サラ会]のメンバーでも声を上げた古川さんや木原さん以外の面々は何やらニヤリとした表情で事態を静観する構えに見える。
対して「勝手に後ろを付いてくる分には構わない」と言われたヤンキー風PTの面々は、
「なんでオメーらの後ろなんだよ!」
「オレらの方が先だろ!」
「ジジイは引っ込んでろよ」
等々、分かりやすく反発している。それに、いつの間にか「オッサン」から「ジジイ」に格上げ(格下げ?)されている。
「なんだ、本当に先で良いのか? 死んでも知らないぞ」
対して加賀野さんは、俺達には向けないような冷たい声でそう言った。ますます何を考えているのか分からない。もしかして、
その後ヤンキー風PTはさっきの加賀野さんの言葉が決定打になって、梃子でも先頭を譲らない感じになった。ちなみにそれまで引き留めていた2PTは「もう、俺達知らないよ~」といった感じで干渉してこない。そして、程なく通路からもう1つのPTが帰って来る。それで、そのPTが帰って来たのが合図となって、ヤンキー風PTは速足で通路の奥へ進み始めてしまった。
最後尾の男が「近づくんじゃねーよ!」などとイキってガンを飛ばしてくるので、10歩ほど離れてその後に続く3PTユニオン。これ、どうするんだろう?
*********************
程なくして5層へ降りる階段を見つける。飯田が「やっぱりゴブリンアーチャーが居る気がします」というので、フォーメーションは少し前にアトハ吉祥の5層を攻略した時と同じにしてもらった。盾持ちが先行、俺を含めた近接組がその後に続き、朱音や飯田、小夏ちゃんに古川さんといった遠距離攻撃組が最後尾に付ける、といった感じだ。
「岡本さんが居ない分も俺達が頑張るぞ」
「クジっち(久島さんのこと)も井田君もスキル取ったし、余裕っしょ」
「ケズっち(毛塚さんのこと)、油断禁物だよ」
とは、井田君、毛塚さん、久島さんの盾持ち3人組の会話。前回の霞台メイズ8層突破時にドロップしたスキルジェムは[脱サラ会]が【戦技】で[TM研]が【防御姿勢】だった。それで、防御力強化を意図して各PTの盾持ちがスキルを習得したようだ。その結果[脱サラ会]の久島さんが【戦技(盾)】を習得し、[TM研]の井田君が
一方、こっちも各PTの司令塔ポジが集まって手短な作戦会議になる。
「降りて直ぐに朱音ちゃんの【強化魔法】を掛けてもらって、それで前のアトハ吉祥みたいに片方の壁に寄って盾持ちで防壁を作る」
「じゃぁ、近接組は壁の反対側に陣取る感じですね」
「ここ今回は左より、みみ右側の壁の方がいい良い気がします」
「分かった、そうしよう。あとコータ君は前回みたいに遊撃する?」
「はい、そっちの方が動き易いんで」
「じゃぁ、弓持ちの射線に気を付けて」
「了解です」
と、こんな感じだ。喋っているのは加賀野さんと相川君に、飯田と俺の4人。ただ、相川君が当然の疑問を発した。
「でも、アイツらどうするんですか? やっぱり囮扱いですか?」
どうも相川君は俺と同じ発想だったらしい。それに対して加賀野さんは、
「まさか、そこまで非人道的な扱いはしないよ。ただ、ああいう連中は口で言うより身体に覚えさせた方が良いんだ」
そう言って、少し遠くを見るような目をした。う~ん、ダンディ!
「どうせ幾ら言っても突っ走るから、それなら、戦闘中に変な事をされるより、先に痛い目を見て大人しくしていてもらう方が良いと思ってね」
なるほど。確かに戦闘が始まってワチャワチャしたところで、後ろから変な動きをされるよりも、前に居てもらった方がやり易い。多少(?)怪我はするだろうけど、それは本人たちの選択の結果だ。こちらは「注意をする」という道義的な責任を果たしている。
「でもまぁ、
そういう
(加賀野殿は修練値498で、いつの間にか【手当Lv1】というスキルを習得しているのだ。5層のモンスターに遅れを取る事はないのだ……それに、どうせヤバくなったらコータ殿が助けるのだ?)
そんなツンデレキャラじゃないつもりだけど、まぁ、そんな感じの動きになるだろうね。それに【手当Lv1】っていうスキルを習得していたのなら、多少の無理は利くという判断も納得だ。
ちなみに【手当】というスキルは
まぁ、週4でメイズに潜っている[脱サラ会]だから、3PTユニオン活動以外でスキルジェムを拾得したんだろう。あれ、そういえば俺も何か忘れている気がするような、しないような……う~ん、なんだっけ?
ということで、俺がモヤモヤした感じで記憶を引っ張り出そうとしている間にも、3PTユニオンは準備万端になった。ただ、その前に陣取っているヤンキー風PTは階段を前に動かない。立場上「早く行けよ」とは言い難いけど、どうしたんだろう? すると、
「どうした? ビビった?」
「だったら先に行かせてくれよ」
と煽るような言葉は盾持ちの久島さんと毛塚さん。どうもこの二人は加賀野さんの考えを最初から見抜いていた感じだった。[脱サラ会]内部の人間関係は良く分からないけど、仲が良さそうな関係性の中にも、更に付き合いの長い短いがあるのだろうか?
対してヤンキー風PTは、2人のあからさまな煽りをまともに受けて、
「び、ビビってねーし!」
「ウッセーんだよ、ジジイ!」
「おい、行くぞ!」
「おお!」
となる。まぁ、ビビってたんだろう。しゃーない。
ちなみにヤンキー風PT6人の装備は、何故か妙な統一感が有る。防具は多分野球のキャッチャー用のプロテクターセットにモトクロスバイク用のアームプロテクターを付け足した感じで色も黒に統一されている。そして武器の方はヤンキー御用達(?)の鉄パイプ3人に金属バット3人という構成。盾に相当する物は誰も持っていない。メイズ内では少し貧弱に映ってしまうが、メイズの外で遭遇したら一発でお巡りさんを呼ぶ事案だ。
そんな連中が「やってやるぜ!」とか「ぶっとばしてやる!」とか言いながら5層への階段を、肩を怒らせながら降りていく。その後直ぐを盾持ち3人が追いかける格好だ。煽りはしたけどフォローもしよう、という動きに見える。やっぱり加賀野さんの意図を最初から見抜いていたんだろう。
ヤンキー風PTの姿が階段の先に消える。そして妙に遠くから聞こえるような
――いたぞ!――
――やっちまえ!――
――なめんなぁ!――
と威勢のいい声が響いて来た。しかし、直ぐに、
――うわぁ!――
――いてぇぇ――
――ギャー!――
その声は悲鳴に代わった。あらら、やっぱり……。
*********************
盾持ち3人の後に続いて急いで5層に降りる。ざっと見渡した感じはアトハ吉祥メイズの5層に近い。ただしだだっ広い通路は奥に向かってカーブしておらず、ひたすら真っ直ぐだ。そして、敵は――
「くそっ!」
「アッチいけよ!」
「うらぁ!」
見ると、ヤンキー風PTの3人が5匹のメイズハウンド相手にバットやら鉄パイプやらを振り回している。攻撃というよりも、威嚇して近寄らせないようにしている感じだ。それもそのはずで、彼等の後ろには残りの3人が
「ほら、言わんこっちゃない!」
「お前等、下がれ」
「任せろって!」
対して、先行した盾持ち3人がヤンキー風PTとメイズハウンドの間に割って入ろうとするが、
「舐めんじゃねぇぞ!」
「アッチいってろよ!」
と、ヤンキー達は未だに意地を張っている。多分全体が見えていないんだろう。というのも、今はメイズハウンド5匹だけだが、その直ぐ後方にはゴブリンPTが接近している。武装したソルジャー6匹と弓装備のアーチャー4匹だ。1つのゴブリンPTとしては数が多い。更にその奥、まだ距離は40mほど離れているが、5層の
仲間を守りたいという気持ちは分かるけど、どう考えても意地を張り通す場面ではない。
「ぎゃぁ、いってぇ!」
と、ここで頑張っていたヤンキー風PTに負傷者が追加された。鉄パイプを振り回していたヤンキーが、防具の上からメイズハウンドに咬み付かれてしまった。
「コウちゃん!」
「てめぇ、離せよ!」
ただ、咬み付いたまま離れようとしないメイズハウンドに残り2人の注意が向くことで、盾持ち3人に割り込むスペースが生まれた。その一瞬を生かして久島さんを先頭に3人がヤンキー風PTとメイズハウンド4匹の間に割り込む。
ちなみに咬み付いたままのメイズハウンドは、どうも下顎の牙が防具に引っかかって抜けない様子。そこへ、残り二人が金属バットを滅多打ちに振り下ろしている。その内何発かが、コウちゃんと呼ばれたヤンキー仲間に当たっているようだけど……まぁ、これ以上構っている場合じゃないな。そう、見切りを付ける。それとほぼ同時に、
「強化魔法、いきます!」
背後で朱音の声が上がる。そして【強化魔法:中級Lv2】の効果を感じる。初動はもたついたが、これを合図に遊撃行動開始だ!
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