*幕間話 五十嵐里奈の休日返上


 佐原課長からの呼び出しを受け、コータと千尋ちゃんと分かれる。ただ、2人は下北沢駅の小田急線改札口まで一緒に歩いてくれた。その道すがら、コータとメイズ関連の話をする。ちょっとした情報交換だ。


 コータの所属するチーム岡本と[脱サラ会][TM研]から成る3PTユニオンの主な活動現場は今のところ8層との事。今後は9層を視野に入れるということだ。一方、[巡回係]に配属された現役自衛官出向者の大島さんによると、自衛隊管理下の中規模メイズの一つ、赤梅メイズでの自衛隊の最深到達点が13層だという話だ。自衛隊と一般のメイズ・ウォーカーでは比較が難しいけど、装備の差を考えればコータ達はかなり深くまで達しているのだと思った。


 まぁ、[管理機構]の内部情報である買取り実績ランキングでチーム岡本は確か現在7位になっているから、さもありなん、ということだろう。


 コータはそんな話を自発的にしてくれたが、どうも彼の方も私から聞きたい情報がある様子。答えられる範囲で答える、という約束で受けた質問は「自衛隊管理のメイズに自衛隊が潜行する頻度」と「万が一メイズのモンスターが外に出た場合の政府の備え」というもの。ちょっと予想していた質問と違ったので驚いた。


 というのも、現在[管理機構]の寄せられる質問や問合せの多くは【鑑定】に関するものだったからだ。「誰がやっているのか?」「どうやっているのか?」そんな質問が多い。だから、てっきりコータもその手の質問かと思ったが、彼が聞きたがった話は「そんなこと聞いてどうするの?」というものだった。


「そりゃ気になるよ、だってモンスターが外に出ないって保証はないから」


 結構真剣に言うので、分かる範囲で答えた「自衛隊管理のメイズへの潜行頻度」については大島さんの話(原隊の話は出来ないと言いつつ、結構お喋りな人)によると中規模メイズが2週に1回、大規模メイズは月に1回だそうだ。その一方で「政府の備え」については分からない。


「ありがとう」

「どういたしまして。でも、伝聞の話だから」

「わかってるよ」


 場所はもう改札口の前。時刻は13:30だ。


「じゃぁ、もう行くから」

「おう、お仕事頑張ってな」

「そっちも、あんまり無茶しちゃだめよ」

「はは……あ、最後にもう一つ」

「なに?」

「里奈って、メイズに潜ったことあるだろ?」

「え? ま、まぁ……あるわよ」

「そうか、分かった」


 ちょっと最後の会話が不思議だった。確かに先々エネ局に配属された当時、現地調査団の一員として潜ったことはあるけど、なんで分かったんだろう?


「何よ?」

「いや、里奈だったら多分潜ったらモンスターの1匹や2匹はやっつけただろうな、って」

「どういう意味よ……まぁ良いわ。またね!」

「お守りはちゃんと身に付けろよ!」

「わかってる! じゃぁ」


 そんな会話で区切りを付けて、改札へ向かう。短い間だったけど、今日は随分と充実した休日だったと思う。


*********************


 虎ノ門にあるオフィスビルの4Fに居を構える[行政法人地下構造管理機構]本部。その会議室では「緊急会議」と称した会議が開かれていた。秘匿性の高い回線を介した多元中継のWeb会議だ。


 私が会議室に入ったのは14:30前。既に会議は始まっていて、私はなるべく目立たないように壁際を移動しながら空いている席を探す。会議は課長以上がU字型に作った所定の席に座り、私みたいな係長・主任レベルはその後ろに並べられたパイプ椅子に適当に座ることになる。


 丁度この時は[受託係]の富岡係長の隣が空いていたので、その席に収まることにした。隣に座った私を見て、富岡係長は小声で「休日返上ご苦労様」と言う。そして、もう一度私を見てから「もしかしてデートだった?」とのこと。普段よりも幾分お洒落に気を遣った私の恰好を見てそう思ったのだろう。向けられた視線も幾分やっかみ・・・・を含んでいるような気がする。後で友達を紹介しろ、とか言ってくるんだろうな……。


 と、それはさて置き、何のための「緊急会議」なのか知らない私は、その辺を小声で富岡係長に訊く。対して富岡係長は手元のタブレットPCを指でつつくと、「ちょっと前にデータを送ったからそっちを見て」とのこと。私もタブレットPCを取り出して管理機構のサーバーへ繋げる。そして、富雄係長が送ってくれたデータをダウンロードした。それで、内容にちょっと驚いた。


*********************

・新メイズ発見

関東7カ所

阪神4カ所

中京3か所


*固定化日時は殆ど不明(?)の中は遡れる

年月日

以下関東地域のみ


 MGMS中規模

井之頭公園 管理棟倉庫内(?2019・1)


 MGMS小規模

太磨霊園 北入園門脇倉庫(?2018・5)

中芝重工府中北 資材倉庫地下2020年3月

小金井緑地公園 体育館内(?2018・1)

羽村車体工業 研修ビル内2020年9月

練馬区総合運動公園 用具庫(?2019・10)

荒川運動公園 管理事務所(?2019・1)


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 なるほど、これは緊急事態だわ。でも、突然現れたというよりも、元々存在していたモノに今気が付いたというところか……それにしても、既存と合わせて13カ所に増えるから[巡回係]のシフトを見直す必要があるな、と思う。でも、その前に[受託業者]を受け入れるための設備構築が先だろう。時期的に追加予算になるんだろうけど、出してくれるのかな? などと、私は思い付くままにあれこれと考えを巡らせる。


 その一方、Web会議はどうも白熱している様子だ。ただ、[管理機構]側の会議室はシンとしている。白熱しているのはモニタースクリーンの向こう側だ。国家安全保障局とお馴染みの平川危機管理監、それに防衛と警察・公安の面々による議論の応酬になっている。


「……初期調査の割り当てですか?」

「そうよ……どこも、やらなきゃいけないのは分かっているけど、出来るだけ人手を割きたくないみたいね」

「なるほど、人員不足は何処も一緒ですね」

「里奈も私の所からはもう引っ張らないでね」

「それは、私の一存じゃないですから」

「まったく」


 [管理機構]側は蚊帳かやの外状態で進む(といっても平行線だが)議論なので、その間に私は小声で富岡係長と会話をする。と、その時、今まで静寂だった[管理機構]側の会議室から議論に割って入る発言をする人がいた。我らが資源開発部の江口部長だ。


「人員的な問題がネックならば、[受託業者]を活用すれば良いのではないでしょうか?」


 ああ、これは面倒臭くなるパターンだ。そんな私の直感は間違っていなかった。


*********************


 結局、この日の「緊急会議」は各省庁による負担分担の区分けが決められ、更に調査完了を「年内を目途」とする事も決定したところで終了になった。どうも、明日の正午までに対応策を官邸に報告する必要があったようで、先ずは分担と対応期限という大枠だけを決めて、詳細はその枠内で各省庁が独自に行動する、ということになったためだ。


 負担分担の決定については、[管理機構]が[受託業者]活用を申し出たことで、防衛省と警察庁の態度が少し軟化し、以後すんなりと決まることになった。結果として財務省出向エリートキャリアな江口部長の株が上がったのは確かだろう。


 負担の中身については、自衛隊の担当場所が中京地区で新に発見されたメイズ3か所と脅威度が高い中規模メイズである井之頭公園の合計4か所。


 警視庁と警察庁の合同グループは阪神地区で発見された4つの内2つと、東京都内の企業の私有地である中芝重工府中北と羽村車体工業の計4カ所。


 そして[管理機構]が[受託業者メイズ・ウォーカー]に初期調査を委託するメイズとして、阪神地区の残り2か所と関東地区の小金井緑地公園、太磨霊園、練馬区総合運動公園、荒川公園の計4カ所、全部で6か所となった。


 その後「緊急会議」自体は終了になったが、[管理機構]はそのまま独自に会議を継続することになった。議題はどの[受託業者PT]にどこのメイズを割り当てるか? がメインになる。


 ただ、幸運(?)な事に、今月初め頃から第1期募集の[受託業者]を対象に、


――甲(管理機構のこと)が協力を求める場合、乙(受託業者のこと)は特別な事情が無い限り、これに従わなければならない――


 という項目が雑則に追加された[委託契約改訂版]への移行を進めている。早い話が改訂版契約を結んだ[受託業者]は[管理機構]の協力要請には従わなければならない、という協力義務を明文化した項目だ。まだ全ての[受託業者]がこの改訂版契約に切り替えた訳ではないが、少なくともアクティブな人達はサインをしている。最初に見た時は迷惑行為の停止要請に関する付則かと思っていたが、思わぬ形で効力を有しそうだ。


 一方、PTの選定は内部データの買取り実績ランキングの上位から順に頼む事になった。これでランキング上位を占める[赤竜群狼クラン]に所属するPTに日頃の迷惑行為の埋め合わせをやらせることが出来る。


 ただ、予備候補も含めてランキングの10位圏内にいるコータのチーム岡本にも声が掛かるかもしれない。まぁ、8層まで行っている実力派PTなのだから、浅い層をささっと見て回る初期調査は問題ないだろう


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