*幕間話 五十嵐里奈の休日
12月17日
昨日行われた第2期受託業者認定試験の結果は速報として手元に届いた。合格率85%で合格者数は約2,300人とのこと。第1期が合格率95%で1,000人を切る合格者数だったことから考えると、素晴らしい伸びだと思う。[受託業者]全体の数が増えれば、自ずとトラブルも増加するだろうけど、その一方で問題を起こす[受託業者]の排除も行いやすくなる。
当分の間は忙しくなることが確定しているので少し萎えるが、トラブルを起こしがちな面々を排除できるのだから、長い目で見ればよい事だろう。
そんな事を考えつつ、出発前の最後の身だしなみチェック。26歳独身公務員女性の
クリーム色のゆったりとしたハイネックニットに薄色のデニムボトム、その上からネイビー色のロングタイプのトレンチコート、という格好の私が鏡に映る。うん、先週コンビニで立ち読みしたファッション誌のモデルに近い感じにはなっている。私の場合、胸の大きさを隠そうとすると太って見えるし、それが嫌で細身の恰好をすると、今度は胸が強調されてしまって、それも嫌だ。そういう意味で秋冬のファッションは何かと都合が良い。
ただ、ちょっと全体的に硬い印象だな、と思って鏡に向かって笑顔を作ってみるけど……
「……何やってんだろ、私」
こういう事をしている途中に我に返ってしまう自分が少し悲しい。まぁメイクも変なところは無いし、どの道どんなに
それに、そもそも会う相手はコータだ。別に気合を入れてお洒落をする相手じゃない。チラと視界に入った室内のベッドの上には何パターンか洋服が出しっぱなしになっているけど、別にお洒落に気を遣った訳じゃない。断じて違う。ということで、口紅だけ引き直して部屋を後にする。
*********************
約束の5分前に待ち合わせ場所の下北沢駅近くのコーヒーショップに到着。ざっと店内を見渡したところ、客は主婦っぽいグループ客の他は如何にも営業マンといったスーツ姿のサラリーマン。後は窓際のボックス席に男女のカップルが3組くらい。ちょっと早く着き過ぎたか。
ということで、先にドリンクを注文して適当な席を探す。ふと、窓際のボックス席に座ったカップルに目が向いた。別に羨ましいわけじゃない。平日の昼間から良い御身分だと思っただけだ。ちょっとだけ妬ましい気持ちはある。ちょっとだけだ。
そんな考えと共に、気持ちの上ではサラッと視線を流すつもりだったが、その内1組のカップルの女性と偶然目が合った。あれ? どこかで会ったことあったっけ? 何と言うか記憶の片隅に面影を覚えているような感覚を覚える。
どうも、向こうもそんな感じ。直ぐに視線を逸らすことなく、2秒ほど見つめ合った。そして、その女性 ――お人形さんのような感じの綺麗な顔立ちをしている―― が隣の男を肘でつつく。隣の男性は手元のタブレットPCを覗き込んでいたが、その女性の仕草で顔を上げ、こちらを見ると、
「ああ、里奈、こっちこっち」
と声を掛けてきた。コータだった。てめぇ、待ち合わせ場所に彼女連れで現れるとは……と一瞬怒りがこみ上げるが、まぁそれはコータの勝手なんだろう。ちょっと寂しいけど、仕方ない。
「先に着いてたの。ここ座って良い?」
ただ、私の言葉にはどうにも出来ない険が籠ったのは確か。対してコータは、
「勿論、どうぞどうぞ」
と、こちらの気持ちをお構い無しに席を進めてくる。中学高校と一緒に過ごしたが、この男の鈍感さに泣いた女子は私が知る限り2人は居る。それを思い出して、一層腹が立った。しかし、
「里奈さん、お久しぶりです」
「え……?」
綺麗系女子(胸は私の勝ちだけど)でコータの彼女と思っていた女性の言葉に不意を突かれた。顔見知りだったっけ……と、コータとその女性の顔を見比べる。あ、
「もしかして……千尋ちゃん?」
「そうです、覚えていてくれましたか?」
当たりだった。確かにコータと少し似ている。元々コータは女顔系の容姿だし、鼻筋と口元の感じがそっくりだ。流石兄妹。
「いや、コータと二人で並んでいなかったら全然わからなかった。でも、凄く綺麗になったのね!」
「そんなぁ、里奈さんの大人の女性の魅力には敵いませんよ」
千尋ちゃんの視線が一瞬だけ私の胸元に集中した気がするけど、あと、コータも釣られて見てるな……まぁ良いか。
*********************
その後、コーヒーを飲みながらしばらく千尋ちゃんを中心に話をする。そして、正午が近くなったところで、近くのイタリアンを出すカフェに移動してランチを食べながら雑談の続き。千尋ちゃん曰く、
「なんだか邪魔したみたいで悪いことしたかな」
とか、
「里奈さん、なんで彼氏居ないんですか?」
とか、
「この後お兄ちゃんとデートなんですけど、里奈さんが良ければ替わりますよ」
とか、まぁ、色々喋っていた。でも、次から次に話をしてくれるお陰でコータとも距離感を感じず話すことが出来た。いきなり二人で会ったら、まともな会話にならなかったかもしれないから、千尋ちゃんには心の中で「ありがとう」と伝えておいた。
それで、そもそもの本題の方は予想通り、
「多分、あの形見分けって中身が入れ違いになっていたと思うんだ」
ということだった。コータはそう言いながら、リュックの中から白木の箱を取り出してテーブルに置く。私も同じように鞄から箱を取り出してテーブルに置いた。
「私もそう思っていたんだけど、色々忙しくてね……」
ちょっと言い訳がましくなるけど、言い訳だから仕方ない。忘れていた時期が有るのは事実だし。対してコータは、
「そんな事だから中身は見ちゃったよ。それで……当然だけど大輝にまつわるものが多くて……思い出して辛いなら無理に取り換えようとは言わない」
ちょっと気持ち悪いくらい優しい発言をした。まぁ、普段は鈍感なくせに妙に勘が良い時があるのは、昔のコータの特徴だ。その勘の良さから相手を思いやる言葉が出て、それが結構ストレートな表現だったりするから、恋愛のツボに
でも、流石に8年も経過して26歳になった今、形見の品を見てメソメソと高校3年の秋に戻る事はないだろう。だから、
「大丈夫よ、大輝の供養のためにも正しい持ち主が持つべきでしょ」
という返事をした。そしてお互いに箱を交換。コータがチラと中身を覗いて、その中身 ――週刊マンガ雑誌の巻頭グラビアの切り抜き―― を見て、「ゲッ、なんでアイツこんなもの仕舞ってたんだ」と声をあげていた。それが面白くて、つい笑ってしまう。そして笑いながら、その勢いで箱の中を覗いた。
中に仕舞われたのは見覚えのある便せんと手紙。あと当時大好きだったハムスターグッズの数々。でも、そんな中に見憶えの無いものが混じっていた。
「これ、なんだろう?」
疑問と共に箱から取り出したのはネックレス。ペンダントヘッドが
「翡翠ってパワーストーンだから、お守りとして贈るって大輝から聞いてたよ。誕生日の贈り物にするんだって」
「そうなんだ……」
コータの説明がストンと腑に落ちた。コータと大輝はたまに私が嫉妬するくらい仲が良かった。だから、そんな話をする機会もあったんだろうと思うと納得だ。
「身に付けていたらいいんじゃない? ちょっと
「……そう、そうするわ」
「うんうん」
やっぱり、ちょっと湿っぽい雰囲気になる。気分を変えるために場所を移ろうかな? それとも、今日はこれでおしまいかな? これからどうするんだろう?
そんな疑問を口にし掛けた時、スマホが鳴った。見ると[管理機構]の佐原課長からの着信だ。なんだか嫌な予感がするけど、仕方なく電話に出る。
(ああ、五十嵐、休み中スマンが緊急会議だ。今すぐ本部に来てくれ)
はぁ……やっぱり。それにしても、緊急会議ってなんだろう?
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