*23話 空振りだからブン回す水曜日④ 謎のスキルとトイレ事情
場所はセーフエリア状態の5層。丁度4層へ上る階段の近くだ。そして、朱音は
と思っていると。
「コータ様、さっさと4層へ上がるニャン!」
とハム美の声。門番のように衝立と俺の間に立っている。そして、
「コータ先輩、すみません、早くぅ!」
と衝立の向こうから朱音の泣きそうな切ない声も。わかった、わかった。俺もそう言う趣味は無い。思わず「がんばって!」と声を掛けそうになるが、それも余りにデリカシーが無いと思って言葉を呑み込み、無言で4層へ上った。ちなみにハム太も一緒だ。
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4層では何故か大型スライムが階段付近にリスポーンしていたので、暇つぶしがてらに[スライムハッピーセット]で処理することに。お砂糖の焦げる甘い匂いを漂わせつつ、木太刀に装備を切り替えてスライム核へ一撃を振り下ろす。ズボッという粘体を貫く感触とバキィと程よく硬い何かを割る感触。そして、大型スライムは一気に張りを失ったように床へ広がる。結果、
「……え! うそ……このタイミングで?」
思わずそんな感想が口を衝いた。というのも、床に滲み込むようにして消えたスライム粘体の跡に、水晶状の石ころ ――スキルジェム―― が転がっていたのだ。そりゃ、驚くよ。
今日はなんだかんだとこれまでモンスターを60匹以上斃している。それでもドロップは1つも無かった。高修練値保持者のハム美による【魔素力転換(省)】のお陰で、ドロップ無しの日だと思い込んでいた。それが、ここに来てこのドロップとは。きっと可哀そうな朱音を助けた俺へメイズの神様からのご褒美なのかもしれない……メイズの神様ってなんだ?
「……【操魔素】? 何だこりゃ、なのだ?」
一方、ハム太は床に転がったスキルジェムを見ながら首を傾げている。どうも、ハム太の知識には無いスキルのようだ。
「そうまそ……魔素を操るって意味か……随分大げさな名前だけど、もしかしてレアスキル?」
「吾輩が知らないくらいだから、珍しいとは思うのだ……でも、効果が良く分からないのだ。吾輩の【鑑定(省)】では……魔素の濃淡を操作できる
「もしかして、ハム美の方が詳しいんじゃないか、
「
そういう事なら後でハム美に見てもらおう、ということでスキルジェム【操魔素】はハム太の【収納空間(省)】へ回収する。
と、ここで朱音が5層から姿を現した。
「コータ先輩、もう大丈夫です!」
見ると、その表情はスッキリ爽やかでにっこり笑顔な感じ。ただ、ちょっと不自然に
まぁ、メイズ内でのトイレ問題はいつか誰かが直面する問題な訳だし、生きている以上仕方ない生理現象でもある。それに「忘れる」と約束したから、これについては余り言わないでおこう。と俺が配慮を考えていると、当の本人は、
「凄いんですよ、ちょっと見てください!」
と、俺の手を掴んで5層へ引っ張って行こうとする。オイ……、まさか
「いや、ちょっとそう言う趣味は――」
「……何言ってるんですか? いいから来てください」
対して朱音は一瞬だけ凄く冷ややかな目をしたけども、気を取り直したように再度俺を引っ張る。ということで、朱音に引っ張られるままに5層へ戻ると、先程と変わりない衝立がある。ただ、それとは別に、
「ん? スライム?」
目についたのは、衝立とは離れた反対側の壁際でフルフルと蠢いているスライムの姿。さっきまでは居なかったのに……というか、5層はリスポーンしないんじゃないの? と、疑問に感じたところで、朱音が声を発する。
「ハム美ちゃんが、スライムを召喚したんですよ!」
「ゴミ箱代わりニャン!」
朱音の肩にはいつの間にか自慢げに胸を張ったハム美の姿がある。ちなみに、ハム美の正装は
「それで、この簡易トイレセットとスライムは、このままにしていきませんか?」
俺が感心していると、朱音はそんな事を言って来た。なんでも「同じ苦労をしているはずの女性メイズ・ウォーカーのために」という事だ。まぁ、女性だけでなく男性にも問題だし、分解消滅が無いセーフゾーンの5層がごみ溜めになるよりも何倍もマシだろう。
「良いと思うよ……でも、スライムに溶かされないか?」
「大丈夫ニャン、元々スライムはそんなに動き回るモンスターじゃないニャン。それに今回は召喚する時にあの場所に
「そ、そう……スゴイネ」
色々と常識外れな事を平気で言うハム美。多分凄さは兄ハム太を越えているんだろうな……。試しに放置されていたゴミ袋をスライムの上に落としてみると、面白いくらいジュワジュワと溶けた。凄い処理能力だと思う。
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5層に簡易トイレとゴミ処理スライムを設置した後は4層と6層を往復しつつスキル練習を再開。ハム美の【魔素力転換(省)】のお陰で魔素力切れによる休憩は無し。4層の北側通路を逆進して入口ホールへ着くと、そのまま引き返して6層を行けるところまで。そして5層で休憩して、4層リスポーンに合わせて行動再開。そんなサイクルを4回繰り返す。かなり濃密にモンスターとの戦闘とスキル使用を積み重ねることが出来た。
成果としては朱音の【強化魔法:中級】がLv2にアップしたのが目に見える変化だった。一方、俺の方は【能力値変換Lv3】自体にレベルアップといった変化はなかったが、「4分の1回し」でどの能力値を選んで変換するか、といった選別がスムーズに出来るようになった。最初の頃は随分と頭を使ったが、今はパッと最適な能力変換を思い付いて実行することが出来る。
また「飛ぶ斬撃」の方は、広範に浅く切り裂くパターンと一点集中的に深く突き込むパターンの使い分けが、まだ
「レベルが上がらなくても確実に蓄積しているのだ」
というハム太の言葉もあることだし、有意義なメイズ潜行だったと充実した気分でこの日の活動を終えた。ちなみに5層に設置した
――簡易トイレ、綺麗に大事に使用してください――
――ごみ処理スライムです。斃さないで――
と書いて設置しておいた。
そういう置き土産を残して5層を後にする。時刻は17:30。帰り道の3層には相変わらず[赤竜・群狼クラン]の連中が居たが、今度は絡まれることも無く素通りできた。
そして地上(といってもアトハ吉祥は地下街だからB1Fだけど)へ出ると買取りカウンター経由で外へ出る。買取りカウンターに提出したドロップはナント驚きのメイズストーン3個、1.5kg分のみ。今日一日で300匹以上のモンスターを斃した結果がドロップ3個だから、ドロップ率は1%以下。「多分ドロップは出ないのだ」と聞いていたから、これでも良しとするべきだろう。
ただ、何か忘れている気がするんだけど……何だったかな? と、ちょっと考え込んだところに、朱音が話掛けてきた。
「コータ先輩、ご飯どうします?」
「あ~、そう言えば考えて無かったけど……」
「結構ハードだったから、凄くお腹が減りました」
確かに、朱音の言う通りだ。普段以上に戦闘を詰め込んだ感じの1日だったからか、空腹感は結構凄い。
「この前行った立川の火鍋屋さんでも良いですけど、吉祥駅の近くに激辛で有名なインドカレー屋さんが有るんですよ。そこに行きましょう!」
カレーか……、ちょっと思うところが有るような無いような……まぁ、5層の出来事は忘れよう。ということで、
「じゃぁ、そこに行こうか」
という事になった。
その後、朱音の案内で訪れたカレー屋さんはネパール人が経営する本格的(?)なインドカレー屋さんだった。しかも、何処にも「激辛」を
完食までの所要時間は俺が21分だったのに対して、朱音は14分。途中から早食いバトルみたいな感じになって、何故か負けたような気分になった。
「お店のチョイスを間違えましたね」
「……次回はお手柔らかなお店で頼む」
店を出た後の会話。朱音はケロッとしている一方、俺は蓄積した辛さのダメージが抜けきっていない感じ。辛いもの好きの格の違いを思い知った気がする。なんだか悔しい。
「そうですね! じゃぁ次はどこにしようかなぁ~」
その後は何故か嬉しそうな朱音に引っ張られるように駅へ戻り、電車で帰路に着いた。ただ、この日の帰宅ラッシュは何故か相当長引き、結局満員に近い状態の電車に揺られて帰宅することになった。自宅マンションに帰り、ニュースやネットを見てみると、どうも都内から西へ伸びる幹線道路の幾つかが通行止めになった影響で電車が混雑していたらしい。
そういえば、朝方乗ったタクシーの運転手さんが、渋滞が云々と言っていたな。
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