*22話 空振りだからブン回す水曜日③ 特訓からの緊急事態?
結局、思っていたよりも30分ほど遅くアトハ吉祥メイズに到着した。時刻は10:00。まぁ丁度良い時間帯と言えないことも無い。
「先行しているPTですか、えっと……6PTになりますね」
とは、認証ゲートの係員の言葉。もう少し詳しく訊くと、例の[赤竜・群狼クラン]関連のPTが4つと、普通の[受託業者」PTが2つとの事。10月頃よりも随分増えたが、最近はこんな感じだ。[赤竜・群狼クラン]のPTは多分24時間張り付き組の交代要員だろう。連中は現在1層から3層までを殆ど独占して使用している。
「じゃぁ4層が空いていれば4層、ダメなら6層だな」
「流石に2人だと6層はキツくないですか?」
「まぁ、6層だったら階段付近でやる感じだろうな」
などと朱音と話しながら1層へ降りる。1層入口ホールは無人だった。多分左右の通路に入ってモンスターを狩っているんだろう。ということで、2層へ。2層に降りたところのホールにはお疲れモードの[赤竜・群狼クラン]メンバーがグダッと
4層への降り口に一番近い西側の通路入口に[赤竜・群狼クラン]のメンバーが陣取っていたのだ。
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彼等は少しお疲れモードに見えた。多分通路のモンスターを狩って戻って来たところ、といった感じか。ただ、こちらに向けてくる視線は何か言ってきそうな感じだ。無視しよう。なんか舌打ちが聞こえるけど、それも無視無視。すると、通路を塞ぐように3人ほどが目の前に立った。これも無視無視……って、通れないだろ!
「通りたいんだけど?」
「『通りたいんだけど』じゃねぇよ、こっちが先に使ってんだ、通るなら挨拶くらいしろよ」
「女連れでイキがってんじゃねぇよ」
「なんだ、日本刀装備か? いいな、ちょっと貸してくれよ」
う~ん……いきなり絡まれた。勘弁してほしいです。
「リスポーン待ちだろ、通るよ」
と俺。対して、通路を塞ぐ3人は口々に、
「バーカ、使用中だよ」
「その先の4層は他の連中が使ってるんじゃないか。2PTほど通って行ったし」
「帰ったほうがいいんじゃない?」
などと言う。馬鹿にした感じの言葉に、流石にイラっとくるが、まだ我慢。
「あっそ、じゃぁ6層にするわ」
と切り返した。しかし、俺の言葉を聞いた連中の1人が
「はっ、6層だって? 馬鹿言うなよ、死んじまうぞ」
と言い、そこで残りの連中もお下品な笑い声を上げる。更に、
「まぁいいや、でもそっちの彼女ぉ。彼氏に付いて行くと死んじまうぜ」
「オレ達と遊ぼうよ」
と言って、再び笑い声。なんというか、
――修練値210前後の雑魚なのだ!――
――ぶっ飛ばすニャン!――
さっきからそんな【念話】が頭の中に響いている。まぁ、どちらかと言うと
「朱音、アレ頼む」
「……はい!」
俺の言葉を察したのか、朱音は【強化魔法:中級】を無言で発動させた。その効果を実感したところで【能力値変換Lv3】の「4分の1回し」を発動させる。[力]以外の能力値を全て[力]へ変換。次いで、[敏捷][理力][抵抗]の半分を技巧へ変換。これで[力]が33に[技巧]が31となって「飛ぶ斬撃」の発動条件を満たす。
そして、腰の飯田特製剣帯に
――ズバンッ
[時雨]は例の空気を切り裂く感触と共に衝撃音を鳴らす。ほぼ同時にメイズの壁に不可視の斬撃が到達。バシッと空気が震えて明るい火花が飛び散った。
「え?」
「は?」
「なに……今の?」
その光景に声を発したのは3人。残りの3人は驚いた表情で固まっている。
「普段は8層で狩りをしているんだけど……通ってもいいかな?」
返事がないので、勝手に通ることにした。内心ドキドキが止まらないけど、上手く行って良かった、良かった。
*********************
4層に居た2PTは普通の[
「よし、じゃぁ【強化魔法】から始めよう」
「コータ先輩は?」
「モンスターが見えてからスキル使うよ。俺のは20秒くらいしか効果無いから」
「了解ですぅ!」
ということで行動開始。スキルの練習といっても、やる事自体は普段と余り変わらない。ちなみに、3層で消費した魔素力はハム美の【魔素力転換(省)】で満タンまで回復している。
「魔素力の残量は気にせず使いまくるのだ!」
「回復はお任せニャン!」
という心強い(?)ハム太とハム美の声を文字通り背負って通路を進む。
4層北側通路には浅い場所にレッサーコボルトが居た。これを利用して【遠吠え】からのメイズハウンドラッシュを誘発させる。結果、総勢20匹前後のメイズハウンド相手にスキル練習第1段階は終了。
朱音の【強化魔法:中級】が常時有効な状況で使う「4分の1回し」は可成り強かった。しかも、残り4匹ほどになったメイズハウンドに対して「飛ぶ斬撃」を放ったところ、ほぼ一網打尽の威力を発揮した。幅4mの通路では殆ど逃げ場がないうえに、そもそも斬撃自体が見えないのだから、躱すことは不可能に近い。
「6層へ行くのだ!」
「レッツゴーニャン!」
4層北側通路がアッサリ終わったので、そのまま何もない5層を通過して6層へ赴く。
6層は大黒蟻が大群で現れる層だが、これもスキルをフル活用することである程度まで進むことができた。しかも、6層最初のホール辺りで、
「ああぁっ! 上がりましたぁ!」
と朱音が声を発する。どうやら【強化魔法:中級Lv1】がLv2に上がったようだ。このLvアップによって能力値の強化度合いは+25%に上昇した。これによって、俺の「飛ぶ斬撃」発動条件も少し緩くなる。「4分の1回し」の後の半分変換から[理力]を抜いても合計値60に届くようになり、スキル1回分の魔素力10を節約できるようになった。
ただ、スキルをブン回しにフル回転させても、本体の疲労は蓄積されていく。こればかりはハム太の【回復(省)】でも回復することが出来ない。そのため、6層の半分手前まで進んだところで一旦5層へ戻ることにした。
*********************
ガランとした5層で休憩。先ほど通った時は気が付かなかったが、幅広い通路の端に幾つかゴミ袋が放置してあるのを発見した。何気なく中を見てみると、コンビニ弁当のカラや飲み終わったPETボトル飲料が入っている。ちなみに目についたゴミ袋の中を覗いて見ると、コンビニ弁当の蓋にあるラベルを見ると製造年月日は今月の1日。つまり大体2週間前。
ん? と思う。確かメイズの外から持ち込んだ物品をメイズ内に放置すると急速に風化して消滅するはず。なのに、なんで1週間もゴミが残っているんだろう?
「
「ちょっと考えれば、なるほど納得の理論ニャン」
「へ~」
ハム太とハム美の言葉に適当な相槌しか出てこない俺。無駄な知識が増えた気がする。でも、この特性って何かに利用できないかな。そんな着想を得て朱音に意見を求めようとするが……あれ、朱音は?
「アッチの方で座っているのだ」
「なんだか具合が悪そうニャン」
「マジか、おーい朱音ぇ~!」
そんな声を掛けつつ4層へ上る階段付近で座り込んでいる朱音に声を掛ける。対して朱音は「……はい」と元気が無い。そう言えば5層に戻る途中から無言だったと気が付いた。今も何と言うか、思い詰めたようにも見えるし、何かを我慢しているようにも見える。どうしたのだろうか?
「どうした? 調子でも悪いのか?」
「……いえ……だ、大丈夫です」
メイズ内部特有の薄明かりではハッキリ分からないけど、なんだか顔色が悪そう。それに、冬でも20℃前後のメイズ内なのに、なぜか額に薄っすらと汗が浮いている。
「……帰ろうか?」
「……いえ、大丈夫ですって」
「いや、大丈夫に見えないぞ」
問答するのも辛そうに見える朱音だが、大丈夫だと言い張る。本格的におかしいな。やっぱり、引っ張ってでも帰るのが良さそうだ。と決心しかけたところで、朱音が口を開いた。
「……先輩……とても大切な話なんですが」
「ん? なに?」
「……聞いたら忘れてくださいね」
「? 良く意味が分からないけど、そうできるならそうするよ」
「約束ですよ」
「わかった。で、どうした?」
「その……」
朱音はそこで一旦区切ると、迷いを断ち切るように
「ト、トイレ貸してください!」
「……お、おう……」
なに、それ……。
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