*19話 8層突破と事後のゴニョゴニョ、焦る朱音ちゃん?
俺が放った「飛ぶ斬撃」は3匹のゴブリンソルジャーを戦闘不能状態へ追いやった。致命傷とはならなかったが、戦線離脱した結果、ホール中央のパワーバランスは一気にこちらが有利に傾く。戦闘開始直後から「4分の1回し」が有効だった20秒間で敵モンスターの中央が実質的にコボルトチーフ1匹だけになったのだから、当然といえば当然の結果だ。
しかも、コボルトチーフは丁度【挑発】スキルの効果が解けたところだったようで、斬撃を飛ばした俺の方をより大きな脅威と認識して標的を岡本さんから切り替えた。それが悪手だった。それまで防戦一方だった岡本さんの攻撃力(というか打撃力)を見誤り、更に【挑発】スキルの存在に気が付かなかったせいだろう。
その結果、コボルトチーフは岡本さんに背を向け、1歩、2歩、と俺の方へ駆け出す。そこで再度【挑発】スキルが決まり、強制的に岡本さんへターゲット変更。結果として、中途半端に背後を見せたコボルトチーフに俺が遠慮なく背後から斬りかかり、更に怯んだところへ岡本さんのメイスが襲い掛かった。8層2匹目のコボルトチーフは手強そうな雰囲気で登場したものの、結局俺と岡本さんの挟み撃ちで撃破されることになった。
その後、戦闘不能状態だった3匹のゴブリンソルジャーにトドメを刺す。そして、劣勢だった左翼[TM研]の男子メンバー3人へ俺と岡本さんで加勢。左翼側を撃破。ほぼ同時に[脱サラ会]が右翼側を撃破。朱音の【強化魔法:中級】の効果時間5分以内に戦闘は終息した。
8層のモンスターは2匹のコボルトチーフの【統率】によって殆ど全てが動員され尽くしたようで、以後の探索では
地上へ戻る途中では「斬撃を飛ばす」というアニメチックな攻撃を見せた俺に、結構質問があった。まぁ質問してきたのは[TM研]と[脱サラ会]の面々で、チーム岡本のみんなは「後で聞こう」的な態度。そのため質問には、
「戦技スキルのレベルが上がると、たまに出るっぽいですね、俺も驚きました」
と答えておいた。「戦技Lv1から2までは低確率で、Lv3だと[力]と[技巧]の合計値が60以上で、Lv4なら合計値が50以上で、Lv5からは任意のタイミングで出せますが、魔素力5~10くらい消費します」というのが完全な説明(ハム太曰く)だけど、これを説明するには色々と前提となる情報が無ければならない。まして「そもそも誰から聞いたの?」などと言われればハム太の存在を明かす以外に説明のしようがない。しかし、
「おお、戦技スキルか~」
「やっぱ取ったほうがいいのかな」
「上田君が二刀流だっけか、確かに取る前よりも強くなったからな」
「どうもです」
俺の中途半端な説明によって、話題はスキル取得の方へ流れた。今までの[脱サラ会]は、スキルジェムについては「売る」のが方針だったが、良さそうなスキルは習得する方向へ方針転換するのかもしれない。今日も7層でスキルジェムを拾ったと言っていたから、可能性は高い。
*********************
3PTユニオンのドロップ分配ルールは以前から変わらない。8層の通路からホールに掛けた戦いのような共同行動中のドロップは分配。それ以外の単独行動中のドロップは各PTの取り分になる。
結果的に今日の成果はドロップ分配を含めてこんな感じになった。
*********************
[メイズストーン]8.8kg 616,000円
[スライム粘液]2kg 4,000,000円
[メイズハウンドの皮]4枚 200,000円
[大黒蟻の殻]8個 400,000円
[ポーション]回復薬:小x2個
[ポーション]回復薬:中x2個
〔ポーション]魔素回復薬:中x2個
〔ポーション]疾病耐性:小x1個
持ち出し料 7点 -700,000円
―――――――――――――――――――――
合計 4,516,000円
メ特税(源泉徴収20%) -903,200円
―――――――――――――――――――――
税引後合計 3,612,800円
*********************
一人当たり90万円は「中の上」というところ。実は共同行動中の8層でスキルジェムがドロップしていた。しかし、「どうしても欲しい」という物ではなかったので、
ちなみに、持ち出しラベルを貼って貰ったポーション7点のうち5点は田中興業に買い取ってもらう。買取り金額は種類を問わずに1本100万円だから、それを含めて考えると結構実入りは良いと言える。公式オークションでのポーションの落札価格は10~100万円と幅があるから、1律1本100万円は破格の条件に見える。まぁ田中社長とその裏に居る「マー君」のする事なので何か秘密が有るのだろうけど……余計な詮索はしないほうが身のためだろう。
一方、田中興業への買取りに出さない備蓄用のポーションとして、[回復薬:中]と[魔素回復薬:中]をハム太の【収納空間(省)】に収納する。その他には、メイズ内でこっそりと[
この時点でチーム岡本の備蓄ポーションは中クラスポーションが10本になった。中には買取り制度が変更になる前にこっそり【収納空間(省)】に隠し持っていた物も含まれていたが、今では全て[持ち出しラベル]が貼られた正規品になっている。[刃喰鞘]も同じように[持ち出しラベル]付きだ。やっぱり、不正に隠し持つ罪悪感は気持ち悪いものがあるし、何事も「正式」というのは良いものだ、と思う。
ということで、買取り手続きを終えてカウンターを後にしようとした時、係の人に呼び止められた。
「委託契約内容が変更になります。ご確認の上ご署名をお願いします。後日ご署名される場合はこちらの住所へ郵送、又は各メイズの買取りカウンターにご提出ください」
とのこと。渡されたのは認定試験後に配られたものと同様の[管理機構]と各[受託業者]が結ぶ、地下空間構造管理委託契約書だ。[2021年改訂版]となっている。中身は相変わらず細かい文字だ。読む気がしない。
「変更って、どんな変更?」
とは岡本さん。対して係の人は、
「条項18の[雑則]に6項が追加されています。内容は読んでもらった通りですが、各[受託業者]さんに対して[管理機構]が協力行動を求めた時に従ってもらう義務をお願いするものです」
「義務をお願い」とは変な日本語だし、そもそも協力行動の中身が分からない。でも、その程度の契約内容変更で日々の稼ぎ口を失う訳にはいかない、というのが本音。そのため、俺はサッサと署名を済ませて、その場で係の人に提出した。
「ご理解ありがとうございます。後日管理機構から案内メールが送られますのでそちらもご確認をお願いいたします」
ということだった。ちなみにチーム岡本は全員がその場で署名を済ませて改訂版契約書を提出していた。手元には複写式の控えが残ったけど……こういうのって、後で読もうと思って結局読まないんだよな……。
*********************
買取り手続き終了後、各自着替えを済ませたところで3PTユニオンは解散となった。次回のユニオン行動は来週20日、場所は[調布駅前メイズ]なので、5層の
解散後、チーム岡本は西国分寺駅まで移動。そこで駅近くの個室居酒屋に入店した。時刻は19:00過ぎ。メイズ後の反省会は今でも恒例行事として続いている。西川口や下赤羽のメイズに行く際は西国分寺駅でレンタカーを借りて移動するが、渋滞なんかでよっぽど帰りが遅くならない限りはレンタカーを返却した後に必ず実行している。どうも、岡本さんなりの
それで、今回の反省会は普段の反省会に加えて、ハム美の送別会(?)という意味もある。元々の使命である
「はぁ? そんなの聞いてません!」
ハム美の今後の行動を伝えると、何故か朱音が反発した。ちょうどオーダーしたメニューが全て出て、一通り箸を付けた所でのことだ。
ちなみにハム美の存在をチーム岡本に紹介したのは2か月ほど前の事。でも、途中から千尋の護衛ということで、ハム美はずっと自宅アパートに待機していた。だからそれほど付き合いが長いというわけでもないんだけど……。
「そんなの不公平です!」
ちょっとお酒が入ったのか、朱音は頬を赤くしながらそう主張する。不公平って……と違和感を感じていると、
「朱音様、そんなに言って頂いて、ハム美は嬉しいニャン。でもこれは大輝様からの命令、任務なのニャン。これを否定すると、私達造魔生物は自分の存在を否定することと同じになるニャン」
とハム美。しんみりしつつも両手で持った子持ちシシャモは離さない。変な構図だ。
「来週の水曜日も下赤羽のメイズで会えるのだ。それに任務に就いたからといって永遠に会えなくなる訳ではないのだ。ほんの少しのお別れなのだ」
とはハム太。やはり妹分との別れを惜しむ朱音の言葉にホロリと来たのか、当ての無い事を言ったりする。コイツは結構いい加減な性格だ。ただ、そんなハムスターズの言葉に対して朱音は、
「いや、そうじゃなくて! どうやって渡すんですか?」
と……ん? なんか論点がズレてない?
「ああ、来週会う約束しているから、その時に渡す物にこっそりと忍ばせて――」
「会う? それに、渡すって、プレゼントなんて贈る仲だったんですか!」
お、おい……どうした朱音? 見れば、ハム太もハム美もハムスター特有のキョトン顔で朱音を見ている。
「いや、プレゼントじゃなくて――」
と俺が説明しようとするが、聞こえていないのか、朱音は言葉の途中で席を立った。
「ちょっと電話してきます」
とのこと。
結局朱音は15分ほど外で電話をしていたみたいだが、その後戻って来た時には表情と剣幕は和らいでいた。そして「ハム美ちゃん、頑張ってね!」と言い、次いで、
「コータ先輩、再来週の週末は空けておいてくださいね!」
と言って来た。まぁ特に予定が詰まった生活をしている人間でもないし、妙に力の籠った目でそう言われたので、
「お、おう……大丈夫だよ」
と気圧されたように答える俺。一連のやり取りを聞いていた岡本さんと飯田は妙なニヤニヤ顔でこちらを見ている。それはそれで気になるけど、それにしても何で再来週の週末指定なんだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます