*17話 霞台駅地下駐輪場メイズ⑤ コボルトチーフ2連戦!
コボルトチーフが引き起こしたモンスターラッシュだが、肝心のコボルトチーフは姿を現さない。
(たぶん、この先のホールで待ち構えているのだ)
(待ち伏せとか伏兵を配置してるニャン、それくらいは頭が回るニャン)
というのが、ご意見番ハムスターズの意見。飯田も同じような感じを持っているらしい。
ということで、待っていても仕方がないので通路を先に進む。ちなみに総勢60匹以上のモンスターラッシュは随分と豪勢にドロップを残してくれた。それを拾いながら通路を進む。先頭は切り替わって[チーム岡本]。
「この先、左に折れたら直ぐにホールだけど」
俺はそう言いながら飯田を見る。対して飯田は首を横に振った。【直感】スキルを期待したけど、何も思い付くものは無いらしい。まぁ、頼ってばかりも良くないし、先ずはチラっと状況を見てみるか。
ということで、そのまま前進。程なくして通路は左へ折れる。この先は大きなホール状の空間に南側から侵入することになる。ホールからは、東西と北に通路が伸びている。奥に続くのは北側の通路。東西はしばらく進むと行き止まり、という構造だ。
「思いっきり……」
「……待ち構えているな」
「どうしましょう?」
俺、岡本さん、朱音の順の発言。折れた通路の先に見通せるホールの奥に大柄なコボルトチーフが北側通路を背に立っている。距離は大体25m。周囲にはゴブリンソルジャーが10匹前後とアーチャーが4匹。向こうもこちらい気が付いているが、待ち構えている様子で動き出さない。しかも、
(東側の通路に多分メイズハウンドなのだ)
(10匹くらいニャン、伏兵のつもりニャン)
という風に別動隊を配しているらしい。こちらに【気配察知】を持つハム太とハム美が居なかったら、まんまと伏兵作戦に嵌められていたかもしれない。ただ、見抜かれてしまうと、これ程意味の無い作戦は無い。そう言う意味ではコボルトチーフが少し気の毒だ。
「どうする、コータ?」
「待ちの作戦のようですから、こっちから仕掛けましょう」
岡本さんの問いにそう答えると、後ろのPTからクロスボウ持ち3人と盾持ち3人を呼ぶ。そして、ホールの入口に4-4で布陣してもらい、
「遠慮なく、まずアーチャーを仕留めてください」
ということで、こちらから先制攻撃を開始した。
*********************
「グオオォォンンッ!」
【遠吠え】とは
ホールの入口に陣取ったこちらは、遠慮なく弓やクロスボウから矢をホール目掛けて撃ち込んだ。特に先ほどの「肩車射法」が不発だった朱音の精度は凄まじく、【戦技(弓)Lv2】の威力を遺憾無く発揮。ほぼ1発で1匹のゴブリンアーチャーを仕留めている。
対してモンスター側はアーチャーが応射してくるが、ゴブリンソルジャーや伏兵のメイズハウンドは直ぐに動かない。動けない、と言った方が良いかもしれない。そわそわとコボルトチーフとこちらを見比べるように視線を
「グオォォン、グォォン!」
とコボルトチーフが発声、次いでゴブリンソルジャーが一気にこちらへ駆け出すが、そのころには数が10匹から6匹にまで減っている。アーチャーに至っては全滅だ。
「一旦退きましょう。通路に誘って催涙スプレーで」
対して俺はそんな指示をする。まだ見えないメイズハウンドを含めて敵モンスターは15匹以上居る。その状態で態々ホールに飛び出して白兵戦に応じる義理は無い。有利に運ぶ状況は徹底的に利用する。それが俺の流儀だ。今決まった。
ということで、岡本さん以下催涙盾持ちの面々が一斉にミスト状の催涙剤を散布して通路の奥へ後退する。ちなみにこの催涙剤は元々リキッドタイプのものを飯田金属製改造キットで無理矢理ミスト化しているものだ。そのため催涙剤の噴霧粒子は大き目で滞留時間は1分弱と可成り短い。しかし、完全ミストだとその後の行動が難しくなるので、メイズの中では反って使い勝手が良くなっているといえる。
結果、催涙剤が散布された通路に飛び込んで来たゴブリンソルジャーの一団は、その場の刺激的な臭気で急ブレーキ状態になる。カプサイシンベースの催涙剤の影響を受けて咳込み、黄ばんだ目に涙を浮かべる個体や、中には一時的に視力を失ったように手探りで回れ右をする個体もいる。更に間が悪いことに、そこへ後続のメイズハウンド10匹が突っ込んで来た。結果として16匹のゴブリンとメイズハウンドは催涙剤の雰囲気にやられて戦闘どころではない様子。そこへ、3PTユニオンの遠距離攻撃が無遠慮に撃ち込まれる。特に近距離で連射の利く[脱サラ会]のスリングショットは……悲惨な威力を発揮した。
なんか、自分で意図しておいて言うのもなんだけど、気の毒なほど見事な一網打尽になってしまった。
「グゥオオォォン! グォオオォォン!」
その光景にコボルトチーフは、まるで「お前等、卑怯だぞ!」と言っているような咆哮を上げる。そして、怒りを
「ホールに出ましょう、相手は1匹です!」
そう声を掛けて、一気に催涙ゾーンを駆け抜ける。なんかさっきから、卑怯な事ばっかり考えている気が……
(これくらい大丈夫なのだ!)
(大輝様はもっとえげつないニャン!)
と【念話】を送って来るハム太とハム美。変な風に励まされた気がする。
「ガウゥッ!」
と、ここで「能力値[力]の4分の1を[敏捷]へ」と念じて戦闘モードに入る。そして横殴りの大振りで迫るこん棒を飛び越えるようにして躱す。結果的に背後を取る事に成功した。勿論コボルトチーフはそこで後ろの俺へと振り返るが、
「こっちだ!」
という岡本さんの【挑発】スキルの影響を受けて、再度前方へ意識を向ける。そこに、
――ビュンビュン
と立て続けに矢が飛び込み、2本ともコボルトチーフの胸に命中。
「グォォッ!」
痛みによる絶叫か、はたまた悔しさの咆哮か、そんな声を発するコボルトチーフは矢を射た朱音に狙いを移すが、その時にはもう、俺の[時雨]が背後から袈裟懸けに振り下ろされていた。
「ギャンッ!」
【能力値変換Lv3】を使用して力を1.5倍に嵩上げした一撃はザックリとコボルトチーフを斬り裂き、[時雨]の刃は硬い背骨に当たって止まった。しかし、即死に近い致命傷を受けながら、それでもコボルトチーフは最後の力でこん棒を後ろの俺に叩き付けようと振るう。
――カコンッ
ただ、最後の一撃は結局俺に届かず、こん棒が床へ落ちる音と共に、コボルトチーフは崩れ落ちた。
「ふう……」
溜息なのか何なのか良く分からない息が漏れる。これで8層の半分はクリア、といっていいか……ん?
(後ろなのだ!)
「コータ先輩!」
「コータ!」
不意に上がるハム太の【念話】に朱音と岡本さんの声が被る。でも流石にこれは気が付いた。背中をゾクリと撫でるような空気の動きを「殺気」と呼ぶなら、まさに殺気を感じた、といったところ。迷わずその場から横っ飛びに飛び離れ――
――カン、カン、カン!
つい一瞬前まで俺が立っていた場所に3本の矢が撃ちこまれた。新手だ!
*********************
「ああ朱音ちゃん、きょきょっきょ――」
「強化魔法発動!」
俺が体勢を立て直す間に、飯田の声と朱音の【強化魔法:中級】発動を教える声が響く。それを聞きつつ、同時に【強化魔法】の効果を感じつつ、背後を振り返ると北側通路に新手の姿。ざっと見てゴブリンアーチャー4匹、ゴブリンソルジャー10匹、メイズハウンド6匹、コボルトチーフ1匹。
8層にはコボルトチーフが2匹居たのか。と、感心している場合じゃない。現在の全員の立ち位置は3PTユニオンの前衛殆どがホール内に入っている状態。ここから先ほどの作戦をもう一度リピートするのは難しい。覚悟を決めてホールで迎え撃つか。
「脱サラさん、左翼へ。TM研は右翼を、岡本さん、中央でアーチャーに挑発を使って!」
「了解!」
「わかった!」
「おうよ、ほら、こっちだ、撃ってこい!」
各PTに立ち位置を指示。元々そんな感じでホール内に居たから、スムーズに場所に着く。一方、ホール入口辺りに居た朱音達には、
「もう、撃ちやすい奴から撃っちゃって!」
と、適当な指示。後は飯田が何とかするだろう。とうことで、再びモンスター側を見る。左右両端に足が速いメイズハウンドが回り込み、中央にはコボルトチーフ、その両脇をゴブリンソルジャーが固める配置で、アーチャーはコボルトチーフの背後。
(呑気に分析している場合じゃないのだ!)
(岡本様のフォローニャン!)
何故か軍目付ハム太とハム美に怒られる。解せぬ。
「岡本さん、フォローします」
「おう、頼む!」
左右両翼と中央で殆ど同時に戦闘が始まる。先手は左翼側の[脱サラ会]によるお得意のスリングショット連射。一方右翼側の[TM研]は少し攻撃力に劣る気がするが、
「みみっ右を、ええっ援護で!」
と背後で飯田が叫んでいる。うん、ちゃんと状況が見えているみたいで安心した。ということで、俺は岡本さんの右側に立ってフォローに集中する。岡本さんは【挑発】をコボルトチーフと3匹のアーチャーに振りまいている。俺も何度か【能力値変換Lv3】を使ったから、魔素力の残りは多分あと……
(少し回復して丁度9回分なのだ)
(ちなみに岡本様は後3回使えるニャン)
ということ。岡本さんはともかく、俺の方は意外と使ってなかった。
【能力値変換】も【挑発】も同じく魔素力10を消費するが、岡本さんのステータスは[耐久値]優先の反動か、魔素力は低めになっている。そのため、残りのスキル使用回数は少ない。【挑発】スキルの効果持続は大体30秒なので、先ずはこの30秒間(実質残りは20秒もないけど)にどれだけ敵モンスターを減らせられるかが重要になってくる。
ただ、俺の方は後9回分残っている。だったら、例の
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