*16話 霞台駅地下駐輪場メイズ④ 新戦法、肩車撃ち?


 8層のマップ構造は1つ目のホールとそこから伸びる通路迄は飯田のPLSマッピング装置に記録されている。ちなみに[脱サラ会]と[TM研]は、飯田が所有する[PLS-TAB Model:CU-M02]よりもバージョンが新しい[CU-M02S]を装備している。マッピング機能に違いは無いが、PTメンバーのバイタル管理機能が省略オミットされたバージョンだ。というのも、子機であるリストバンド型のバイタルウォッチと親機が無線通信する仕様だったが、そもそもメイズ内は電波干渉が強くて無線通信が無効になる。そのため、使えない機能として省略されたらしい。機能を省略した分だけバッテリーの持ちが良くなっているという話だが、値段は据え置きの強き商売とのことだ。


 それで8層に入ってしばらく続く一本道の通路は[CU-M02S]を片手に持った[TM研]が先導する。そして早速会敵、遭遇したのはゴブリンPTだ。8層のゴブリンPTにはノーマルゴブリンの姿は殆どない。大体の場合前衛は武装したゴブリンソルジャーになる。今回は6匹のゴブリンソルジャーを前衛として2匹のゴブリンアーチャーが背後に控えた布陣だ。


「井田、上田!」


 遭遇直後にクロスボウを放った春奈ちゃんと小夏ちゃんが退避。司令塔役の秀才キャラ(?)相川君が前衛2人に声を掛ける。フォーメーションは2-1-2。飯田金属製の試作組立槍を持つ相川君が中衛のポジションから前衛2人を援護する格好だ。確か、二刀流の上田君は小夏ちゃんの彼氏で、相川君が春奈ちゃんの彼氏。それで、見るからに純朴そうな体育会系好青年の井田君がフリー。訊けば、彼女いない歴=年齢とのこと。シンパシーをビンビンに感じる。頑張れ井田君!


 とまぁ、それはさて置き、戦闘の方は最初のクロスボウ2射は夫々ゴブリンアーチャーにダメージを与えたものの斃し切るには至っていない。その状態で前衛同士が衝突した。盾持ち井田君が少し前に出て、二刀流上田君が少し下がる。前列を斜めにすることで生じた隙間に相川君の槍が割り込む格好になる。


 自然とこうなるのか、工夫の産物なのかは分からないが、上手いやり方だと思う。相川君の槍で牽制しつつ、【戦技】スキル持ちの上田君がキルを稼ぎ、井田君が前列を押し上げる。そのコンビネーションで、それほど時間を掛けずにゴブリンPTの前衛は残り2匹になった。しかし、ここで初撃ダメージを負ったゴブリンアーチャーが何とか射撃体勢を整える。


「矢が来るぞ!」


 相川君の声。それに反応した井田君が、少々強引に目の前のゴブリンソルジャーを盾で押し退けて通路中央へ、一方上田君はその陰に隠れるように移動。ちなみに後衛の春奈ちゃんと小夏ちゃんは[脱サラ会]の盾持ち久島さんと毛塚さんの後ろに隠れている。その結果、元々何処を狙っていたのかは分からないが、ゴブリンアーチャーの放った矢は1本が井田君の盾に命中し、バィンと弾かれる。ただ、もう1本は盾からはみ出た井田君の右腕を浅く掠めて後方へ。結果、勢いを失った矢は加賀野さんがマチェットで叩き落とした。


 一本道の通路でモンスター側に弓持ちが居ると、無防備な後衛は矢を躱すか盾の影に隠れるしか出来ない。ただ、携行可能な盾には大きさの限界があるし、余りにデカいと戦闘の邪魔になる。痛し痒しなところだ。


 [チーム岡本]は一本道の最後尾に付けているので、すっかり観戦モードな俺は、そんな事を考える。隣の飯田は「あっ、そそそうだ!」と呟いて[PLS]のメモ機能を立ち上げて何か書き込んでいたりする。【直感】スキルで何か思いついたのだろうか?


 一方、前方の戦闘は、


「井田君! 大丈夫?」

「大・丈・ブイ!」


 負傷の程度は分からないが、春奈ちゃんがそう井田君に声を掛ける。対して井田君は妙に語呂の良い言葉を気合に変えて強引に盾で前面のゴブリンソルジャーを押しのけると、同時に右手に持った剣鉈を勢いよく突き込んだ。それで、ゴブリンPT側の前衛は残り1匹。完全に形勢逆転となり、井田君の盾の影から飛び出した上田君と相川君による掃討戦になる。


 ただ、相川君の槍が最後のゴブリンアーチャーを仕留めた時、通路の奥から例の【遠吠え】が聞こえてきた。レッサーコボルトではない。コボルトチーフの【統率】効果を伴った遠吠えだ。


「俺達が前に出る、春奈ちゃん達は後ろへ」


 加賀野さんの言葉で[脱サラ会]が前へ出て、[TM研]は最後尾に下がる。見ると井田君の怪我は大したことは無さそう。上腕外側に軽い切り傷が出来ているが出血は止まっている様子だ。ハム太の【回復(省)】は必要なさそうだと思う。


「来るぞ!」と加賀野さん。

「犬が先か、ゴブが先か」と久島さん。

「ゴブが先の方が――」と古賀さん。

「おお、当たった、ゴブPTだ」と木原さん。

「アーチャー、1匹だけだ!」と毛塚さん。


 そんな風に声を掛け合う[脱サラ会]の面々。木原さんの言葉通り、先に姿を現したのはゴブリンPTだった。そして[脱サラ会]標準装備のスリングショットと古賀さんのクロスボウが一斉に射撃を開始。射撃体勢も取っていないゴブリンアーチャーにベアリング玉と短い矢ボルトが降り注ぐ。結果、1匹だけだったゴブリンアーチャーはその場で転倒。矢がトドメになったのかピクリとも動かない。


「もう一射行けそう!」


 とは加賀野さんの声。それに合わせてスリングショット組が今度は前衛のゴブリンソルジャーに狙いを移して再び一斉射。先頭の2匹が血塗れになって倒れた。スリングショットってあんなに威力があるのに連射が効くんだな……。


*********************


 8層に降りて最初の通路での戦いは、意外なほど長引いた。前回来た時は1つ目のホールから伸びる通路の奥に居たコボルトチーフが、今回は比較的浅いホール辺りに居たのが原因の模様。そのコボルトチーフの【統率】効果付き遠吠えが、各通路に居たモンスターを呼び集めたのだろう。結果として、最初のゴブリンPTを含めて、ゴブリンPT5つとメイズハウンド群21匹が幅4mの通路に押し寄せた。多分総数は60匹くらい。


 それに対して3PTユニオンは暫時後退戦術(ハム太のアドバイス)で対応。[脱サラ会]、[チーム岡本]、[TM研]、[脱サラ会]、[チーム岡本]の順で通路を徐々に後退しながら、前線受け持ちPTをローテーションして対応した。


 結局、8層降り口まで後退することになったが、負担を分担しながら対応することが出来たため、負傷者は各PTの盾持ちや前衛がかすり傷を負った程度だった。


 この戦いの中で、飯田が面白い(?)戦法を思い付いた。丁度最初に[脱サラ会]が前列を受け持っていた時の事だ。


「おおお岡本さんん、かかか肩車してください!」

「はぁ?」

「いいいから、かか肩車!」


 突然何を言い出すんだ? と思ったけど、飯田は矢を番えたクロスボウを持っている。ああ、なるほどね、と俺と岡本さんは同時に納得する。つまり、高い場所から射線を確保して矢を撃とう、という事だ。多分。


 ということで、大柄な岡本さんがヒョロガリ体型の飯田を肩車する。ちなみに通路の天井高さは多分4mほどなので、まだ頭上には余裕がある。一方、飯田を肩車した岡本さんは安定させるために片手を壁に付いているが、平気な顔。流石力持ちキャラ。そして、


かける、お前もっと食って筋トレしろよ」

「げげげ現状維持がせせせ精一杯です」


 などと言い合っている。ちなみに飯田はお腹が弱い子だ。多分筋肉に成るほど飯を食うと下痢をする。


 そうこうしながら、安定した高い足場を得た飯田は、そこからピストルクロスボウを発射。それが、結構効果的だった。射角的に敵集団の前列は狙えないが、通路で渋滞状態になっている後方のモンスターの頭上に矢を降らせることが出来た。


 それを見た[TM研]も早速真似を開始。春奈ちゃんの足場は相川君、小夏ちゃんの足場は上田君、当然の配役だ。もっとも、ピストルタイプのクロスボウと違い、肩車状態では普通のクロスボウを引けないので、コッキング担当は井田君になったりする。「軽い」だの「重くなった」だのキャッキャ言っているカップル2組に黙々とクロスボウを供給する井田君の姿が悲しい。井田君、強くあれ!


 そうこうしていると、


「コータ先輩、私も!」


 と朱音の声が掛かった。そう言ってくるかも、と思っていたけど、でもちょっと気が引ける。2,3歳の子供を肩車するのとは訳が違う。大体肩車って結構デリケートなゾーンをだね……恋人同士とは訳が違うんだよ、朱音君。


「なんか、変なこと考えてませんか?」


 俺が躊躇ちゅうちょしていると、朱音が藪睨やぶにらみに覗き込んで来る。変な事、変な事、ゴメン、色々妄想したかも――


「そ、ソンナ事ナイヨ……」

「じゃぁ、早く!」


 結局気を遣った俺の方が悪い気がして、朱音を肩車することになった。ただ、


「ちょっと、アンッ、先輩、動かさないで」

「だっで、ぐびが、じまる――」

「じっと、アンッ、しててよ、ンンッ、あぁ!」


 朱音の太腿って結構細いんだね、お陰で首にスポっと嵌まって頸動脈が締まります。それが苦しくて藻掻くように動くと、何故かグイグイ締め込みがきつくなる。あぁ、視界が暗くなってきます……意識が遠のきます……。ということで、まともに1射も出来なかった。


 ちなみに、


「おたくら、なにやってんの?」


 とは、前列を交代しようと振り向いた[脱サラ会]加賀野さんの、ちょっと醒めた一言だった。


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