*15話 霞台駅地下駐輪場メイズ③ 油断できない7層突破


 4層と6層は、入った場所から通路を経てホールに到達した後は、幾つか分岐した通路の内の1つに下の層への降り口が有る構造だった。一方7層(と多分8層も)の構造は、最初のホールから分岐した通路の1つが次のホールに繋がっており、そこで同じような分岐構造を経て下層への降り口に至るというもの。ホール1つ分だけ構造が追加されており、全体の面積は2倍ほどに感じる。早い話、広く複雑になっている、という印象だ。


 その7層で出現するモンスターは、レッサーコボルト+メイズハウンドのコンボと武装ゴブリンパーティーがメインになる。面倒なのは相変わらずコボルト・コンボだが、厄介なのは武装ゴブリンPTの方だ。


 ゴブリンPTは所謂いわゆる普通のゴブリン(4層に少数出現するヤツ)とゴブリンソルジャーの組み合わせが前衛になり、後方にゴブリンアーチャーが控えるという構成で出現する。大体前衛が5~7匹、後衛が1~2匹という数だ。それが幅4mの通路で遭遇するため、各PTの盾持ち前衛職の堅牢性がとても重要になる。


 また、ゴブリンPTとの対峙で注意点なのは、その体格差が生み出す後衛職(主に弓持ち)の有効性の差だ。ゴブリンは人間よりも背が低く体格に劣る。そのため前衛同士がぶつかっている最中でも、彼等の頭上には矢が通るスペースが生まれる。だから、ゴブリンアーチャー側は自分達の味方の頭上を抜いて、バンバンと矢を撃ち込むことが出来る。その一方、こちら側は前衛職の影に敵が隠れてしまって有効な射撃が出来ない。


 そのためゴブリンPTとの戦闘は、とにかく先手を取って相手のゴブリンアーチャーを潰す、または手傷を負わせて射撃の頻度を下げさせることが重要になる。チーム岡本では通常の2-2のフォーメーションを逆転させて、朱音と飯田を先頭に進むという工夫をしている。リカーブボウとピストルクロスボウを装備した2人は見敵即射を実行した後、直ぐに後方へ下がる。そして入れ違いに俺と岡本さんが前に出てゴブリンソルジャーなどを受け持つという戦法だ。


 今もまさににそんな感じになった。


*********************


 7層2つ目のホールから伸びる3つの通路。その内北向きに伸びる通路がチーム岡本の持ち場。そこを少し進むと、先が右へクランク状に折れ曲がっている箇所がある。その手前で、飯田がピクリと動きを止める。そして、


「ててっ敵が居そうで――」

「ゴブリンなのだ!」


 【直感】スキルの恩恵を受けた飯田の言葉と、【気配察知】を使用したハム太の警戒が同時に上がる。その直後、


――ギョギョギョン!

――ギャギャギャ!


 とクランクの角から飛び出してきたのは普通のゴブリン3匹とゴブリンソルジャー3匹、更にクランクの奥に少し見切れているがゴブリンアーチャーの姿も見えた、数は分からない。先頭を切って突っ込んで来るゴブリンとの距離は15mくらい。


「朱音!」

「はい!」


 俺が呼びかけた時には、既に朱音は左側の壁へ寄ってリカーブボウを引き絞っている。少し窮屈な姿勢だが、右へ折れるクランクの奥を狙うにはそうなるしかない。結果、


――ヒュンッ


 という弦鳴りと共に朱音の矢が撃ち出され、奥から「ギャァ!」と悲鳴が響いた。流石は【戦技(弓)Lv2】! 習得時からLv2スタートというのはハム太に言わせても「珍しいのだ」ということ。


 対して、飯田はクランク奥を狙えない立ち位置なので、代わりに先頭のゴブリンへ向けてピストルクロスボウを放つ。威力は弱めだが矢は無防備なゴブリンの頭部に突き刺さり、そのゴブリンは走る勢いのまま転倒、後続のゴブリンソルジャーがそれにつまづいて一緒に床を転がる。


「後は任せろ!」


 と、ここで後衛と前衛が交代。先行したのは岡本さんだが、俺も直ぐに隣につける。敵の数は1匹死亡、1匹転倒で残り4匹。守りに入るほどの相手ではない。そのため2人で斬り込んで行く。


 俺に正対したのはゴブリン1匹と、その背後にいる盾持ちのゴブリンソルジャー1匹。その内突進していたゴブリンの方は、距離を詰める俺と岡本さんの勢いに驚いたのか、その場で急停止した。


 ちなみにゴブリンPTの場合、何故かノーマルなゴブリンは共闘しているというよりも、仲間内で後ろから追い立てられるように突進してくる。今回もそんな感じだった。そして、例の怯えたような表情で後ろに立つゴブリンソルジャーを窺う。


 セオリー通りなら盾を持ったゴブリンソルジャーが前面に立った方が幾分マシに戦えるはずだ。しかし、盾持ちゴブリンソルジャーは「ギャギョン!」と吠えながら前のゴブリンを錆剣でつっついた。まるで「さっさと行け」と急かしているよう。結局、ノーマルゴブリンは、


――ギョギョォッ!


 と破れかぶれ・・・・・な突撃を仕掛けてくる。少し気の毒だが、モンスターはモンスター。「能力値[力]の4分の1・・・・を[敏捷]へ」と念じて一気に肉迫。脇構えに付けた[時雨]を横薙ぎに一閃させる。咄嗟に防ごうとしたゴブリンの左腕と首が同時に宙を舞い、身体の方は通路の壁にもたれるように崩れ落ちる。石膏ボード風の壁にどす黒い血がバババッと飛び散った。


 その光景の横を強化された[敏捷]で駆け抜けた俺は、続いて「能力値[理力]の半分を[力]へ」と念じ、接近スピードを利用した前蹴りをゴブリンソルジャーの粗末な盾に叩き付ける。鉄板入りの分厚いエンジニアブーツ(スニーカーは少し前に卒業した)の靴底を伝って、ボキッと相手の骨が折れる感触が伝わってくる。


 元々体格で勝っているところに、[敏捷]と[力]が上乗せされた蹴りを受けたゴブリンソルジャーはクランク地点まで吹っ飛ばされ、血の泡を吹いて床を転がる。盾を持っている左腕があり得ない方向に曲がっているし、ピクリとも動かない。多分クリーンヒットした感じだ。


 後は、最初に転倒したゴブリンソルジャーと岡本さん側の2匹。


 位置的に転倒したゴブリンソルジャーに一番近いのは俺。見れば、既にこと切れた・・・・・ゴブリンの死体を何とか退かそうと藻掻もがいている。気の毒だけど、仲間内で格下のゴブリンを先にけしかけようとしたむくいだ。そう思い、駆け寄って逆手に持ち替えた[時雨]の切っ先を胸の急所に突き立てる。ビクンと大きく痙攣をした後、そのゴブリンソルジャーも絶命した。


「そりゃぁ!」


 とここで、岡本さんから声が上がる。見ると、あちらは錆びた斧で武装していたゴブリンソルジャーの頭部に、メイスを振り下ろしたところだった。ゴブリンソルジャーの頭部はパーツが識別できないほどグッチャリと潰れている。その近くには同じようにグチャッたゴブリンの死体もある。最近見慣れてしまったけど、やっぱりグロイ……


「コータには負けるなぁ!」


 岡本さんがそう言いながら、こちらを見る。負けるとは仕留めたモンスターの数なんだろう。まぁ、スキルと武器の差だから、どちらが勝った負けたという話ではない。多分冗談のたぐいだろう。でも、一応謙遜を――


「そんな事――」

「もう1匹いるのだ!」


 「そんな事ないですよ~」と言い掛けた俺の言葉にハム太の警告が被る。そして、


「こっちだ!」


 岡本さんの怒鳴り声、この感じは【挑発Lv1】を使った? と、思う間もなく、


――ビュンッ


 と風切り音が奥から真横を抜ける。俺の真横を通り抜けた矢がそのまま岡本さんの盾に阻まれて床に落ちる。ゴブリンアーチャーがもう1匹居た。それが俺を狙っていたところに岡本さんの【挑発】が決まって強制ターゲット変更、というところだろう。


(油断大敵なのだ!)


 とはハム太師匠。ただ、ハム太も油断していたような気がしないでもないけど……


(お兄様も油断大敵ニャン)

(こら、バラシてはダメなのだ)


 頭の中でゴチャゴチャ続く夫婦漫才ならぬ兄妹漫才を無理やり無視して[時雨]を構える。クランクの奥には慌てて次の矢を番えるゴブリンアーチャーの姿が見えた。新手だ。


 結局、最後の1発を放ったゴブリンアーチャーは【能力値変換Lv3】で[敏捷]を強化した俺が仕留めた。あと、兄妹漫才の方は、ハム太が「油断してました、のだ」という事で決着がついたらしい。


*********************


 7層はその後、レッサーコボルト+メイズハウンドのコンボが1度発生したが問題無く切り抜けた。そして北側通路の奥まで進んだチーム岡本は奥に居た大型スライムを処理してホールへ戻る。流石に7層だと各PTの殲滅速度に差が出るようで、チーム岡本がホールに戻ってから待つ事20分ほどで[脱サラ会]と[TM研]が殆ど同時に戻って来た。


「やっぱり、チーム岡本がいつも一番早いですね」


 などと言う[脱サラ会]加賀野さん。しかし、顔は嬉しそう。どういう事かと言うと、担当していた西側通路の奥で[スキルジェム]がドロップしたとの事だ。良かったですね。


 ちなみにチーム岡本のドロップ品は今のところ[メイズストーン]6個、[回復薬:中]1個、[魔素回復薬:中]1個、[スライム粘液]1袋、[メイズハウンドの皮]3枚、[大黒蟻の殻]8個。これに3PTユニオンの共同行動中のドロップが後で分配されて加わるから、まずまずな内容だと思う。


 ドロップ率は大体2割を少し切るくらいで推移している。6層の大黒蟻の大群のお陰で斃したモンスターの数が100匹を超えるから、ドロップ品の数は多い。その一方、あの大群を処理するのに結構時間が掛かるため、今の時刻は13:30。戻りの事を考えると8層に使える時間は2時間くらいか。


「10分ほど休憩してから8層行きましょう!」


 という事になって、2PTの面々は簡単な昼食を急いで口に放り込む。ちなみにチーム岡本は既に済ませた後だ。


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