*12話 音信不通と或る決断
2020年12月12日
12月初めに引っ越したばかりのマンションのリビングで、ぼーっとテレビを見ながら考え事をする。引っ越し先は田有駅から徒歩5分の立地にある築年数32年の古いマンション。2LDKの間取りは
直近2か月ほどのメイズからの収入が好調だったため、千尋の借金問題を解決しても尚手元には1,000万円ほどの貯金が出来上がった。そこで生活環境、特に兄妹で1つの部屋に寝泊まりする、という破綻した住環境を改善するために引っ越しを決意したというわけだ。
引っ越しはハム太とハム美の【収納空間(省)】を、ハム美の【魔素変換術】で使用可能とすることで、それこそ文字通りあっという間に終わった。ちなみに以前千尋が住んでいた高田馬場の1ルームマンションはそれより前の11月半ばに引き払っている。あっちの家賃が月9万8千円だった訳だから、やっぱり都内って住みにくいな、と思う。
実は11月1日の一括買取り制度変更後、公式オークションの売上や田中興業への直接販売などで収入形態がガラリと変わることになった。そのため、収支と帳簿関連の管理を専門に処理してくれる経理的な人が必要になった、という事情がある。そして、その仕事を一応高校の商業科卒業の千尋に頼もう、という事になったのだ。結果として、千尋はチーム岡本4人全員の収支関連と帳簿整理を行う経理係に収まっている。
そういう背景があって、新しいマンションのリビングスペースは共有スペース兼千尋の仕事場という事になっているのだが、当の千尋は1Fのコンビニでレジ打ちのバイトをしている。なんでも「チーム岡本の経理係だけだと暇すぎて死ぬ」とのことだ。丁度良く引っ越した先の1Fがマンションのオーナーが経営するコンビニで、更に都合よくアルバイトの募集をしていたためそうなった。
まぁ、暇な事がストレスになる場合もあるし、兄としては無理をしない範囲内なら好きにすればいいと思っている。どうも俺が肩代わりした借金500万円を気にしている節があるが、
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そういう訳で、千尋がバイトに行っている間のリビングで、ソファーに寝転んでぼーっと考えを巡らせる。考えるのは幾つかの出来事について。公式オークション開始は大きな出来事だったが、それ以外にも色々あった。
岡本さんと田中社長の関係や、キャバ嬢時代の千尋を
まぁ、リストラについては特に恨みにも思っていないし、示談金が回りまわって千尋の借金になったのも、今となってはちょっと高い勉強代だったと考えることが出来る。それに、田中社長にポーション類の買取りを委託しているのが「マー君」のFZマテリアルという会社だと分かり、
ちなみに千尋と「マー君」の交流は今でも続いているらしい。千尋曰く「これが本当の営業ね!」とのこと。ポーション類の買取り価格上乗せを田中社長に指示させることに成功したようだ。禍を転じて福と為す? 千尋は意外と出来る子だった。
とまぁそんな事もあったが、それよりも個人的に大きな問題だったは11月の新月の夜に大輝と交信が取れなかったことだ。前回の交信の最後に「戦争が云々」と言っていたからそれの影響かもしれない。少し心配な気がする。ハム太もハム美も口では「大丈夫なのだ」「きっと忙しいニャン」と言っているが、本当の所は心配なんだろう。ていうか【念話】で駄々洩れだし。
俺としては[魔物の氾濫]やメイズ出現の周期に関する話、後は前回初めて登場した[播種の法]という大輝も分からないような話の続報を期待していたのだけれど……まぁ、繋がらないものは仕方ない。8年音信不通だった男なんだ。1か月交信が途絶えたくらい、どうという事は無いと考えたい。
ちなみに、前のアパートからは引っ越しているが、あの部屋は賃貸状態でキープしている。形見分けで手に入れた鏡(高校時代の大輝が里奈にプレゼントしようとしていた物)が大輝と交信するための必須アイテムになるが、アイテム以外に場所も重要かもしれない。その懸念を解消するまでは、部屋は借りた状態でキープするしかないと思っている。その後も交信が途絶えたままなら、仕方がないからあの部屋は物置代わりに使うつもりで借り続けるしかない。早い段階で場所を変更した場合の事を訊いておけば良かったと少し後悔している。
その他に考える事といえば、これも大輝関連だが、前回の交信終了間際のドタバタに紛れてこちらへ送り込んで来た「ハム美」についてだ。「なんとか里奈に渡してくれ」という大輝の言葉通り、後はハム美本人も言うように「里奈様の護衛ニャン」ということだった。その時は「食い扶持が1匹増えた!」とゲンナリしたが、その一方で「里奈に護衛なんて必要か?」とも考えたりした。
しかし、これを大輝が予言していたのなら「流石異世界[賢者]大輝様!」と言いたくなるところだが、あの前後辺りから、里奈は方々から好奇やヘイトを集めていたらしい。勿論[巡回係]として真面目に仕事をした結果の反動で、彼女には何の落ち度も無いだろう。それに、(俺自身は除外するが)
とにかく、外部ネット掲示板上の一部のスレッドでは里奈に関する書き込みが目立ってきている。女性であることから、
そんな状況だから、トラブルを事前に避ける、又は撥ね退けるために、嘘か誠か[メラノア王国]一級宮廷魔術師(非常勤)のハム美を何とか里奈の元に送り込みたいと考えている。しかし、困った事に送り込む手段がない。
真正面から「実はコレ、喋るハムスターなんだ」と言うのが「ど」シンプルだが、多分論外だ。これだと大輝の話をしないと辻褄が破綻している。でも、魔石状態にして例えば翡翠細工としてプレゼントするのは……俺から何かプレゼントするのって変だろう。最近交流が戻って来ているが、いくら何でも唐突過ぎる。それに誕生日プレゼントだとこじ付けても、そもそも里奈の誕生日は2か月前に終わっている。
この点を千尋に訊いてみたが「まぁ50%の確率で警戒されるわね」とのこと。昔仲良かったのは千尋も良く知っているが、それでもいきなりのプレゼントって結構「重く」感じるらしい。やだ、女心って面倒臭い!
という事で考えついた一番ナチュラルな方法は、8月のお葬式の後に大輝のお父さんから貰った形見分けを口実にする方法だ。中身が間違えていた形見分けの品を交換する、という口実でその中身にハム美を紛れ込ませるという案が一番良さそうに思える。ただ、この方法を実行するには大輝に一言「断り」を入れておいた方が良いだろう。大輝の黒歴史的な日記はハム太が回収確保しているが、他にも手紙類はキッチリ残っている。
――忘れているなら、そっとしておきたい――
という
――それでは続きまして、最近巷で話題のメイズ・ウォーカーの特集コーナーです。今回はメイズ・ウォーカーとそれを管理する[管理機構]の美人職員さんの対談になります。それではインタビュアーのちほりんちゃん、お願いします――
つけっぱなしにしていたテレビからそんな音声が流れてきた。「メイズ」の言葉に思わず画面に注目する。それに「美人職員」って……
結果として、番組の内容はまさかの不良クラン[赤竜・群狼クラン]メンバーと[管理機構]職員の五十嵐里奈の対談という体裁だった。しかも、里奈のヤツ、レポーター役のタレントの恋バナにホイホイと真面目な顔をして答えている……って、これオカシイな。
「――じゃぁ五十嵐さん的にはメイズ・ウォーカーさん達は恋愛対象になりますかぁ?」
「まぁ、そう言う事もあるかもしれません」
「やっぱりそうですよね、皆さんワイルドでカッコイイですものね」
「確かにそう言う点は否めません」
「ずばり、今お付き合いしている方もメイズ・ウォーカーさんだったりして?」
「勿論、その通りです」
うん、やっぱりオカシイ……。大体、話の前半が[赤竜・群狼クラン]のリーダー(?)へのインタビューで、後半が[管理機構]の女性職員の恋バナって、どんな構成だよ!
それに、受け答えしている里奈の声の感じは……何となくだが、彼女の発言というよりも台本か何かを暗唱しているように聞こえる。少なくても恋愛談義をするようなトーンではない。というか、里奈が公共の電波でそんな話をするハズが無い! それこそ、槍が降ったり、太陽が西から登ったり、都庁の真ん前にメイズが出来たりするほどあり得ない話だ(最後のはもしかしたら今後あるかもしれないけど)。
という事で、メッセージアプリを起動して里奈へ短く「テレビ見た、ワロタ」と入れて送ってみた。その一方で、タブレットPCから外部掲示板を覗きに行く。すると早速、今の放送を受けたスレが立っていた。しかも中身はこれまで気色悪いトーンで里奈を擁護していた側っぽい。裏切られたとか、コ〇ス、とか……って、これ普通にマズくないか?
ゾッとしながらスレを目で追っていると里奈から返信がメッセージアプリでなくメールの方に返って来た。結構な長文だけど、要約すると「そんなことは言ってない!」とのこと……。もう大輝云々は置いておいて、形見分け交換作戦でハム美を送り込もう。
頭の中に千尋が襲われた光景が蘇ると、もうそれしか考えられなくなる。幾ら里奈だといっても、不意に襲われると対処できないだろう。それに、襲われるという事自体、在ってはならない。
「それが良いのだ!」
「遂に護衛任務開始ニャン!」
「そうと決まれば壮行会なのだ!」
「明太子と枝豆とチー鱈ニャン!」
いつの間にか実体化していたお喋りハムスターズが、ローテーブルの上で酒盛りへの決起集会を開いていた。それを横目に見ながら、里奈へメッセージを送る。結局来週17日の昼に会うことになった。
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