*幕間話 徐々に変わる環境 五十嵐里奈の私的業務日誌


2020年11月1日

 今日から一括買取り制度が変更される。前々から変更の噂はあったが、随分とドタバタして決まったのだろう。私達現場レベルに変更内容が伝達されたのは、なんと1週間前だった。そんな状況だから管理機構のWebサイトで周知期間が満足に取れず、結果として予想通り変更初日の今日は結構忙しかった。


 一応、今日が忙しい事は予想できたので私たち「巡回係」は日曜日にも関わらず全員出勤の特別シフトで待機。結局[霞台駅メイズ][国立西駅前ビルメイズ][調布駅前メイズ][下赤羽スポーツの森メイズ]の4カ所からほぼ同時に応援要請があり、買取りカウンターでゴネる[受託業者]の方々の説明説得に回ることになった。


 ただ、不思議だったのは一番揉めそうな[赤竜・群狼クラン]の連中が一切揉め事を起こさなかったこと。今日こそ警告を出してやろうと思っていたのに、肩透かしを食らった気分になった。


2020年11月9日

 公式オークションサイトは管理機構の総務部システム管理課の一部が資源開発部江口部長直下へ異動して立ち上がった[オークション管理課]の守備範囲。ただ、情報通で「陰謀論者」というあだ名を頂く防衛省出向の吉本さんをしても「いつの間にか出来上がってたね~、フシギダネ~」とのこと。まぁ、縦割り組織の典型とも言うべき行政法人なのでそんなこともあるだろう。


 それで、今日が公式オークション注目の初出品物[スキルジェム:防御姿勢]の入札期限日。そして落札結果は驚きの2,200万円! 多分私の年収3年分以上だ。この結果に、本部のオフィスフロアは少しどよめいた。全員が仕事の傍らでオークションサイトを覗き見ていたのだろう……私もだけど。もっとも、私の場合は仕事の立場上、落札者や金額よりも出品者である[受託業者]に興味が出る。


 出品したのは[脱サラ会]というPTだ。以前、アトハ吉祥メイズで[赤竜・群狼クラン]とのトラブルを仲裁したことが有るので薄っすらと記憶がある。全員30オーバーの渋いおじさん集団だった。もっとも、それで印象に残っているというよりも、あの後からコータが所属する[チーム岡本]PTと合同PTユニオンを組むことが多くなったので、そちらの理由で覚えているというのが正しい。ちなみに、落札されたスキルジェムも11月初めの日曜日にコータ達のPTと合同PTユニオンを組んで拾得したようだ。


 一応[受託係]の端末から各受託業者PTの買取り実績というものを閲覧できる。現在[チーム岡本]は関東・関西合わせた総合順位で9位に付けていて、[脱サラ会]は8位だ。しかし、公式オークションの結果はこの実績順位に関係しないから、多分現時点で一番収益を上げた受託業者PTは[脱サラ会]になった事だろう。


 コータにも頑張って欲しいと思う。最近になってメッセージアプリでの交流が戻って来ているので、その内回らないお寿司・・・・・・・でもご馳走して欲しいものだ。


2020年11月12日

 ここ一週間はとても忙しい。半休眠状態だった第1期の[受託業者]の中から活動を再開する人達が出始めたからだ。公式オークションの高額落札価格が呼び水になったのだろう。お陰で、あちらこちらのメイズで縄張り争い的な揉め事が頻発している。その結果として、休眠状態から復帰した経験不足の[受託業者]が押し出されるように3層以降へ赴き、大怪我や取り返しのつかない事態になることが何度かあった。


 [管理機構]側の人間として、余り気分が良いものではない。[巡回係]としては「入場規制を実施するべき」と上申しているが……多分、アレは無視されるだろう。悲しいけれども[管理機構]は親方日の丸・・・・・の意向に背けない。


 と気分が乗らないまま、埼玉方面のメイズへ向かって車を走らせている最中、例の[陰謀論者]吉本さんが話しかけてきた。曰く「[管理機構]に鑑定というスキルを持っている人が理事待遇で在籍しているらしいけど、名前も素性も席の場所さえ分からない」とのこと。それで色々調べたところ「赤梅の自衛隊が管理する中規模メイズに管理機構の秘匿回線が通っている」とのことだ。何をどう調べたのか分からないが「仲間内にも隠すなんて政府は相当気を遣っているね」と言っていた。その後は吉本さんお得意の「中国共産党政府の工作員と日本外事警察の暗闘」に関するいつもの話・・・・・に落ち着いたから、助手席の私は途中で寝てしまった。


 目的地に着いて吉本さんに起こされたが「相槌しながら寝るなんてすごいね」と嫌味を言われてしまう。26歳にして新たな特技を発見した瞬間だった。超が付くほど、どうでもいいけど。


2020年11月13日

 今日の日中、出先でテレビ番組制作会社のディレクターと名乗る人から突然取材の申し入れを受けた。国道17号線沿いのビッグショップモール西川口メイズ(正確には西川口じゃないけど、何故か名前はこうなっている)の駐車場でのことだ。


 最近妙にメイズ関連の情報がメディアに登場するようになっている。そのお陰で[管理機構]にも取材の申し込みが多い事は知っていたが、そちらの対応は総務部の広報課が一手に行っているはず。にも拘わらず、現場に近い職員から直接話を聞きたいとのこと。


 それだけ書くと随分と仕事熱心に思えるがさにあらず。そのディレクターと名乗った男の態度は随分なものだった。こちらを若い女(実際は先月26歳になったけど)と見くびったのか「業界人です」アピールを前面に出して、こちらが承諾していないのに質問を始めるわ、カメラを勝手に向けるわ、しかも拒否すると「報道の自由が――」とか「公僕のくせに――」とか、うるさいのなんのってもう……もう少しで手が出るところだった。


 結局取材は同行していた現役出向自衛官の大島さんが身体を割り込ませる恰好で遮り、後日連絡するという口実でそのディレクターの名刺を入手した。勿論、本部に戻ってその名刺を広報課に叩き付けたのは言うまでもない。


2020年11月19日

 この日は何もない平穏な一日だった……広報課から電話が掛かってくるまでは! なんでも、以前西川口メイズで突撃取材を試みた番組制作会社が正式に取材を申し入れてきたとのこと。それで、なんで私のところに電話があるのかというと、なんと「あの時の女性職員さんを取材したい」とのことだという。思わず「ふざけないでください」といって電話を切り掛けた。


 しかし、その後直ぐに広報課の課長(総務省からの出向だったと思う)が電話を替わり、「上の方がコネで受けたんだ、君、出なさい」とのこと。拒否権無しとは恐れ入った。取材は来週火曜日の午後、アトハ吉祥メイズで行うとのこと。折角今週末は久しぶりの週末休みだと思ったのに、こんなに憂鬱な休みになるとは思わなかった。


2020年11月24日

 取材当日。結果から言えば、あんなディレクターを雇っている番組制作会社の割には随分とまともに纏まり良く済んでしまった。主な質問内容や私が喋る内容は事前に会社と広報で打合せた通りの内容だったから、少し拍子抜けしたと言う方が正しい。勿論、事前打ち合わせには無い質問もいくつかあった。しかし、どれもインタビュアー役の女性タレントが暴走したような、本題には関係の無い恋愛観や結婚観に関するもので、私としては「さぁ?」としか答えられないものばかりだった。多分あのシーンはカットだな。


 しかし、対談風で行われた取材に出たのは私だけでなく、実際の[受託業者]としてなんと、あの[赤竜・群狼クラン]の主要メンバーも登場していた。私と直接絡む場面は無かったが、「自分達の可能性に掛けて見たくて」とか「新しい技術開発の礎になれるよう頑張っています」とか、殊勝な事を言っていた。今度トラブルを起こした時に今のを録音して聞かせてやりたいと思ったものだ。


2020年12月12日

 業務とは余り関係ないが、以前受けた取材がこの日の午後の情報番組で放送されたらしい。随分前の事だから取材を受けたこと自体忘ていたものだ。しかし、その番組を見たお母さんからの電話と、その後直ぐに掛かって来た[委託係]富岡係長の電話の内容で、愕然とした気分にさせられた。


 二人からの電話の内容を総合すると、どうも私は同時に取材を受けていた[赤竜・群狼クラン]の主要メンバーやインタビューの女性タレントと恋愛観や結婚観に関するやり取りをしていた風・・・・・になっていたようだ。テレビの力……いや編集の力恐るべし! 殆ど暴力じゃないか!


――アナタ、ちゃんと好い人居るのね、お母さん安心したわ――とお母さん

――[受託業者]との交際は特に問題ないと思うけど、テレビで態々言う事じゃないと思う、後……こう、あるだろ? 友達繋がりとか……私にも紹介しろ――と富岡係長


 しっかり事情を説明して否定したら、勘違いと変な期待を持たされた富岡係長の方は週明けに広報課へ一緒に抗議に行ってくれることになった。ただ、お母さんのほうは納得したのか微妙だ。ずっと「コータちゃんだったら安心なのに」と勘違いの余韻を引きっていた。そういうのやめて欲しいです、お母さん。


 その後、帰宅中の電車内でスマホに2通のメッセージが入っていることに気が付いて読んだ。1つはお父さんから。内容は推して知るべし。存在しない人を紹介なんてできません。もう1つはコータから、中身は短く「テレビみた、ワロタ」だけ……思わず反射的に事情を説明する割と長文メールを返信した。すると、


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コータ:


来週非番の時に昼飯でも一緒にどう?

形見分けの件で話がしたい。


**********************


 と、不意に食事のお誘いを受けることになった。お母さんとの話の後だから、妙にドキッとしたものだ。ちなみに来週は16日の水曜日が第2期受託業者認定試験当日で忙しいが、その翌日17日の木曜日は休みの予定になっている。それにお昼ご飯なら何かと気張らずに済むからありがたい。


 ということで、そう返事をした。形見分けの件……たぶん中身が取り違えになっていた件なんだろう。今頃になって、と思うが、私もすっかり忘れていたからおあいこ・・・・だね。


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