*幕間話 チーム岡本の休日②


 嶋川朱音の場合


 かつてコータ先輩は社員の間で「生きるしかばね」や「世捨て人」などと呼ばれていた。入社したばかりの私は「なんてことを言うんだ」と内心驚いていたが、それから数か月一緒に仕事をするうちに、「ああ、こういう事か」と納得したものだ。


 言動とか挙動がオカシイ訳ではない。でも、自意識というかプライド的なモノが妙に低い。そのため、店舗でごねる・・・常習犯的なクレーマーの理不尽さにも普通に頭を下げるし、一度は土下座で謝ったこともあった。しかも、それが一向に気にならないらしく、終わった後は平気な顔をしていた。


「だって、ああやったら直ぐ帰るし、いいじゃん別に」


 とは、そんなコータ先輩がクレーム対応にドン引きした私に掛けた言葉だ。情けない人だと思った半面、「いいじゃん別に」で済ませられる精神構造に妙な興味を抱いたものだ。


 同期入社の女子社員達は大抵が「どこそこの部署の誰それがイケメン」とか「ウチの所は外れ部署だ」とか「誰それに飲みに誘われた」とか、そんな話で盛り上がる。それで大体の場合は「でも朱音の所が一番ハズレだね」という事になる。言いたい事は良く分かる。岡本さんはまぁカッコイイけど妻子持ちだし、飯田先輩はそもそもコミュ力が破綻していて対人スキルが壊滅的だ。そしてコータ先輩は、外見はちょっとイイ感じに見えないことも無いが、中身がそんな感じ・・・・・だから普通の女子から見ると全く魅力的に映らない。でも、私の場合はコータ先輩のそんな感じ・・・・・が妙に気になってしまった。


 自分で言うのもアレだけど、私はモテる。日本に帰国してから高校大学通算で20回以上告白されている。それ以外にも大学時代はコンパの後のドサクサでどうこうしよう、と迫って来る男性も多かった。どうも「押せば落ちそう」だったり「色々ゆるそう」だったり、男に都合が良い女に見えるらしい。勿論中には真剣に好意を寄せてくれる人もいたし、そういう人とお付き合いしたこともあるけど、大学2年の時に付き合った先輩が所謂いわゆる豹変ひょうへんするタイプで、別れるのに苦労してからはずっとフリーだ。


 そんな経緯でちょっと男性関係に辟易へきえきしていた私に、コータ先輩は何もしなかった。まったく何も、完全なるノーモーション。新人教育期間は社用車で一緒に移動という場面がとても多く、いつも車内で二人きりだったのに、私に一切興味がない模様。それが新鮮で逆にこっちから食事とかに誘ってみても、まさかの完全拒否。流石「生きる屍」と思ったのはこの頃からだ。


 その後、紆余曲折を経て[受託業者メイズ・ウォーカー]として同じPTで活動することになったが、今のコータ先輩は当時のコータ先輩とは全く別人に見える。意欲的だし積極的だし、カタナを手にモンスターに向かっていく姿が「ちょっとカッコイイ」とまで思えてしまう。「蘇った生きる屍」か「帰って来た世捨て人」とでも言うのかな。とても好ましい方向に変わったので、私としては凄く嬉しかったりする。


 コータ先輩が変わった事情についても何となく把握できた。情報源はコータ先輩の妹、千尋ちひろちゃん。彼女によると、高校3年の時に起こった事件を境にして性格がガラリと変わったとのこと。その事件 ――親友の大輝さんの失踪事件―― が、とても奇妙な解決(異世界転移ってのは驚いたけど)に至ったため、性格が元に戻って来たのだろう、ということだ。


 ちなみにこの千尋ちゃん、中々良い子だ。コータ先輩は多分私と千尋ちゃんに仕事以上の交流が出来ていることを知らないだろうけど、千尋ちゃんは会って直ぐに私の意図を見抜いた模様。出来る子でもある。その上、妙に協力的だ。


「お兄ちゃんって、女の人とお付き合いしたことないから……早く素敵な彼女を作って欲しいな」


 とのこと。素晴らしい子だ。という訳で、色々情報を回してもらっているけど、やっぱり一番の障害はあの女、[管理機構]の五十嵐里奈いがらしりなであることは間違い無いらしい。北七王子メイズが消滅したときに一度会っているけど、確かに美人だ。しかも、私の弱点であるグラマラスさまで備えている。キリっとした美人で出るところは出て引っ込むところは引っ込んで、その上中学時代からコータ先輩と親交があるという。強敵だと思う。どうやって攻略しようか……


**********************


「……ねちゃん、朱音ちゃん!」

「はっ、何?」

「何じゃないでしょ、ニヤニヤしたり難しい顔したり気色悪いわね」

「マスターに言われたくないです!」


 ミッキーさんの声で現実に引き戻された私。実はミリタリーショッププラトーンに来店中だったりする。勿論用事があっての来店だ。


「ドローウェイト38ポンド、調整オッケーよ。あとはブロードヘッドの矢が2ダースだったわね?」

「あ、ありがとう」

「それで、例の彼氏、何処まで行ったのよ?」

「う~ん……ちょっと苦戦中?」


 オーナーのミッキーさんは私のリカーブボウをケースに収めながら、興味津々といった感じで訊いてくる。その言葉に思わず答えてしまった結果、40過ぎのM字禿げ小太りお化粧おじさんとガールズトークになってしまう。まぁ、この人中身は乙女だから良いか……。


「私が思うに、あの手の初心うぶな男の子は押しまくって、ベッドに押し倒す位が丁度良いわ」

「け……経験あるの?」

「有るわよ……って、なによその目は」

「いや、犯罪かな? って」

「失礼ね! でもきっと鈍感で朱音ちゃんの想いに気が付かない、ってやつでしょ?」


 妙に恋愛経験豊富なミッキーさん。発言は過激だが、多分当たってそうでコワイ。


「押したり引いたりが恋愛の妙って言うけど、それは中級者以上の場合よ。ド素人初心者は押しまくる、これが落とす鉄則ね……」


 とドヤ顔で自説を披露するミッキーさんに圧倒されて「そうですね」と相槌を打つ。


「あと2週間ちょっとでクリスマスでしょ、一気にいっちゃえやっちゃえ、よ。朗報を期待してるわ!」


 結局、そんな言葉と共にお店を追い出されるように後にした。まぁ、確かにクリスマスに誘えば、流石のコータ先輩もそれなりに勘付くかもしれない。……よし、そうしよう。しかし、気付かれた途端に避けられるという恐れもある……自然に誘わないとだめだな。う~ん、こりゃちょっと面倒な……千尋ちゃんヘルプを頼むか……。

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