*幕間話 チーム岡本の休日


 飯田翔いいだかけるの場合


 【直感】スキルを習得してから、確かにメイズの中では妙に勘が冴える時がある。でも、モンスターを斃したり、深い層へ進むうえで直接的に何か役に立っているという実感は余り無いのが実情だ。でも、先日それを話たら岡本さんとコータ先輩から「自己評価が低すぎる」と注意されてしまった。朱音ちゃんからも「十分凄いと思いますよ」と言われたけど、やっぱり実感が無いのは困ったことだ。


 ただ、メイズを進むうえでスキルの恩恵に実感が無くても、流石に僕でも「ああ、こういうことか」と気付いた事がある。それが、チーム岡本のみんなのために工夫して整えた装備を売りに出してみよう、と思い付いた事だ。


 最初は単なる思い付きで、しかも家に帰れば別に冴えた妙案が浮かぶわけでもなかった。でも、その次、更にその次、とメイズの中に居る間は妙にアイデアがポンポンと浮かぶ。工場を経営する父の伝手を使えばいいとか、大学時代の友人にコスプレ趣味の子が居たから相談してみようとか、小さい会社だったら小ロットの特別注文を受けてくれるかもしれないとかだ。


 だから、僕にとってメイズはみんなと一緒により深い層を目指し、より多くのドロップを得る場所であると同時に、装備の製造販売という商売を形にするアイデアを考える場にもなった。しかも、そうやってメイズの中で直感的に閃いたアイデアは結構な確率で上手く行った。ちょっとコワイ位だったりする。


 父の伝手でプラスチック製造加工業や板金加工をやっている工場を見つけられたし、大学時代のコスプレ好きな友人は美術製作会社に就職していてデザインを頼むことが出来た。また、装備のベースとなる部分は防犯装備を製造販売する小さな会社が最小50個単位で特別注文を受けてくれたりもした。


 その結果、手作り趣味のDIYレベルだった[試作乙式2型四肢防護具]を、生産性を考慮した[MP-LL-Pro1]にまでブラッシュアップすることが出来た。そして迎えた11月15日。日本国内にある2つの大手ネット通販サイトに[IMPプロジェクト]というネット店舗をオープンさせることができた。多分日本では初めてのメイズ・ウォーカー専門の装備を扱う店だ。


 ただ、商品のラインナップは12月初めの時点で[MP-LL-Pro1]と[催涙スプレー盾改造セット]の2つのみで貧弱。でも、もう少しで[MP-HL-Pro1]つまり[試作甲式2型四肢防具]の市販バージョンと、[MP-LL-ProPlus]つまり[試作乙式3型四肢防具]の市販バージョンが完成する。


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件名: Re:デザインの件


カケル君、オッスオッス!


例の甲式2型と乙式3型だけど、市販ベース外観デザインが纏まったよ。3DCadデータを後から送るリンクからダウンロードしてくれ。前に話していた戦隊ヒーローものの没装備案がベースだから、全体的にまとまっていると思うぞ。


後、甲式2型体幹装備の方はもう少し時間が要る感じピョン。もしかしたらアメフト防具ベースを止めて洋物SF映画の装備を参考にするかもしれんゴ。幾つかアイデアデッサンを添付するから、文句があったらメールでヨロ。


以上、片桐祥子


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 という(語尾の統一性が破綻した)メールを、大学時代の唯一の友人で、結構ガチなコスプレイヤーでもある片桐さんから受け取ったばかりだ。まだCadデータは見ていないけど、あの人のセンスなら中々な見た目に仕上がっていると思う。


 ちなみに片桐さんとのやり取りはメールが中心。というのも、僕もそうだけど片桐さんも結構などもり症・・・・だから、電話で会話をするより文章でやり取りした方が早くなる、という理由がある。ちなみについで・・・・・・・に言うと、片桐さんの守備範囲はアニメからアメコミヒーローまでかなり広い。しかも、実家の美術製作会社に就職しているため、結構自由勝手にコスプレライフを楽しんでいるようだ。


「カケル~、ごはんよ~」


 と、そんな事を考えていると、一階から専務、じゃなかった母の声がする。微かに漂うこの香りは……今晩は豚の生姜焼き! ご飯2杯は行けそうだ。


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岡本忠司おかもとただしの場合


「にじゅう~」

「20~」

「にじゅういち~」

「21~」

「にじゅうご~」

「ひとくん、21の次は22なんだぞぉ」

「わかった~、じゃぁぜろからやりなおす~」

「おっけ~、ゼロ~」

「――ぶはぁ! ちょっとまって、ギブアップ、ギブアップ!」


 8歳と4歳の2人 ――琢磨たくま仁哉ひとや―― を背中に乗せての腕立て伏せは結構キツイ。しかも、良い所で数え間違えしてからの背中の2人の会話がツボに入ってしまって力が出ない。結局、親子亀スタイルの腕立て伏せは、今日は20……あれ、幾つだっけ?


「あなた、2人ともご飯よ」


 そうやって子供達と遊んでいると、隣の部屋からお嫁様鳴海なるみの声が聞こえる。土曜日のお昼、定番は野菜炒めが乗ったラーメンだ。スーパーで4食一袋が120円くらいで売っているやつ。最近主夫業も板に付いて来たのでスーパーの相場は大体頭に入っている。


「やった~ラーメン!」

「ちゅるちゅる! ひとも~」

「あ~はいはい、お皿に取ってやるから」

「あなた、コショウいる?」

「たっくんコショウ掛けたい~」

「辛いからダメだって」

「はっくし」

「琢磨、鼻水でてるわよ、あなたティッシュ!」


 そんな感じでワチャワチャと土曜日の午後が過ぎる。平和だ。土曜日曜関係なく働いていた半年前には想像もつかなかったくらい、平凡な幸せを実感できる。ラーメンを食べながら家族っていいなぁ、と思う日がオレにもやって来るとは思わなかった。


 ただ、全く問題が無い訳でもない。それなりに纏まった金を手に入れて、生活環境に対する欲が出たのかもしれないが、やっぱり今住んでいる2DKのアパートは家族4人で暮らすには少し狭いと感じる。だから、琢磨が通う小学校の校区内にある幾つかのマンションを物色していたのだけど、


「なぁ、やっぱり引っ越さないか?」

「またその話?」

「またって……でも琢磨や仁哉もこの先どんどん大きくなるんだからさぁ」

「でも、ローン組めなかったじゃない」

「……だったら賃貸で……」

「賃貸はやだなぁ、お金貯まらないわよ~」


 というように、鳴海の意見はマンションに引っ越すなら断然購入派だ。それも、中古物件は築年数が新しくないと嫌だし、出来るなら新築が良いとのこと。まぁ、そんな理由を並べて、明確には否定しないけどやんわり・・・・と止めさせようとしている感じだ。多分家族の距離感的に今の2DKのアパートが好きなんだろうと思う。狭い所にギュッと集まって常に誰かの気配を感じていたい、そういう風に鳴海が思うのは無理もない。オレも相当だが、鳴海の家庭環境も相当なものだったからな。


 ただ、そうは言っても男の子2人の成長を考えるとやっぱり2DKは手狭だと思う。だから少々強引に話を進めようとしたのだが、鳴海が言ったように何とローンが組めなかった。[受託業者メイズ・ウォーカー]は個人事業主で、今年から始まった制度だ。そのため、前年の所得が無く銀行のローン審査が下りなかったという訳だ。


 一応12月初めの時点で手元には預金が1,500万ほどある。メイズ・ウォーカーを始めて大体2か月半くらいだが、最初の1か月が約300万、その次の1か月は途中から買取り制度が変わったお陰で900万の収入、そして次の約半月の収入が300万円だ。まったく贅沢をしない(させてくれない)鳴海のお陰でメイズでの収入は殆ど貯蓄に回っている。


 だが、それでも東京都小平市のマンションの平均価格は3,000万円台で、新築ならあと1,500万円ほど上乗せされる。そうすると、後3,000万円は貯めないといけない。ポーンと一括現金払いは、それはそれで男らしいから、それに向けて頑張るしかない。


「頑張るのは程々にね、危ない真似は嫌よ」

「分かってるよ」

「それに、来年になったら納税申告もあるでしょ、手元のお金を全部使えるわけじゃないのよ」

「う……それは、コータの妹の千尋ちゃんがちゃんとしてるから……」

「そうなら良いけど、でも私はこのままでも十分幸せなのよ」

「それは、オレもそうさ」


 と、ラーメンのどんぶりを前にしてそんな会話になる。何となく琢磨と仁哉の視線を感じるが、雰囲気的には……やっぱり……、


「あ~また、ちゅ~してる!」

「ひともする、ちゅ~」


 頑張って早くお金を貯めよう、と改めて心に誓うことになった。



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