*幕間話 徐々に変わる環境 一括買取り制度変更の影響と「四五六の壁」


 11月の一括買取り制度変更は日本国内の[受託業者メイズ・ウォーカー]に大きな影響を与えた。特に[管理機構]がその翌週から運営を開始した公式オークションサイトの存在が影響の中心的位置を占めることになった。


 公式オークションサイトの出品者は[受託業者]に限られ、出品物は正式に持ち出し料を支払った物品に限られるが、その限定性がかえってサイト出品物に正統性を与えるように作用した。これまで、一般のオークションサイトに出品された出処不明の怪しい出品物がそれなりに問題になっていた反動、という側面もあるだろう。また、これまでメイズからのドロップ品のアフターマーケットは海外にしか存在しない遠い存在だったが、それが突如として国内に生まれた、という驚きも大きかったといえる。


 そういう心理的な側面以外にも、日本の[管理機構]が始めた公式オークションサイトには他の海外サイトには無い大きな特徴があった。それが[鑑定済みアイテム]の出品だ。これまで海外のオークションでも一部の物品は嘘か誠か・・・・鑑定済みとして効果を明示したものが出品されていた。しかし、日本の[管理機構]が運営する公式オークションサイトに出品される[鑑定済みアイテム]は日本政府の公的機関のお墨付きが与えられた物品ということになる。


 結果として公式オークション出品第1号となった[脱サラ会]のスキルジェム【防御姿勢】は落札価格2,200万円を記録し、ネット界隈では一時その話で持ち切りとなった。また、その後直ぐに[赤竜・群狼クラン]の構成パーティーがメイズ内で交代しつつ保持し続けていた複数のスキルジェムを公式オークションに次々に出品。いずれもかなり高額な落札価格を記録した。結果として、公式オークションサイトスタートから1か月程度はまるでお祭りのような相場が続くことになったものだ。


 もっとも、この落札価格の高騰現象は、その後徐々に下落傾向を辿ることになり、或る程度安定した相場価格というのもを形成していくことになった。この変化にも[管理機構]が行う鑑定が大きく寄与していた。それまで、中身が不明で或る種のギャンブル要素があったスキルジェムの取得が、明瞭で安全に行えるようになったためだ。その結果、有用なスキルとそうでもないスキルという需要の差が生じ、そこに相場価格が醸成されることになった。


 これが日本国内の大きな変化だった。


 一方、日本の[管理機構]が始めた[鑑定]は海外のアフターマーケットにも大きな影響を与えることになった。この日本の[鑑定]に触発されたのかどうかは不明だが、米国、中国、ヨーロッパ諸国などを中心に続々と政府や関係機関によるメイズドロップ品の鑑定サービスが開始されたのだ。その結果、ドロップ品のアフターマーケットにおける相場の醸成は、日本に留まらず、或る程度世界的に統一された相場を作り出すことになった。


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 海外のアフターマーケットにおけるドロップ品の相場と、日本国内の公式オークションサイトに於ける落札価格にはまだ少し差がある。しかし、これまでの一括買取り制度による買取り価格の一方的な押し付けが無くなり、また、一部残った素材系ドロップ品の買取り価格も随分と改善された。その結果、日本国内の[受託業者]にくすぶっていた海外との格差感は大いに解消される方向へ向かった。


 それに前後して、これまで不自然なほどメディアへの露出が少なかった[受託業者]に脚光が当てられはじめた。新型コロナウイルスが流行第2派の予兆を示し始め、閉塞感と倦怠感が混在して蔓延する社会は、何かしら景気の良い話を求める。それを敏感に感じ取ったマスメディア側の方針転換なのか、それとももっと別の力が働いているのか、とにかく、テレビなど既存のメディアで[受託業者メイズ・ウォーカー]に焦点を当てた特集が組まれるようになった。


 そういう周囲の環境の変化は、[受託業者]制度をテコ入れしたい政府の思惑に合致していたのだろう。結局12月半ばに実施される第2期受託業者認定試験への応募総数は低調だった第1期の2倍を超える数に上った。政府としては思惑通りの展開といえる。


 しかし、各[受託業者]からすると新規参入者の増加は競争相手の増加を意味する。11月中頃時点でも、一括買取り制度の変更と高額落札が呼び水となり、アクティブな[受託業者]の数は一気に増加。稼働率は5割を超える時もあった。


 その結果、各メイズの1~2層はいずれも満員状態となり、結果的に活動場所を3層以降に求める者達が続出する事態となった。浅い層のドロップ率に見切りを付ける者達はまだマシで、中には既存の浅い層の縄張り争いに食い込めず、修練値と言う目に見えない経験が不足した状態で3層へ押し出され、大怪我や命を落とすものもチラホラと見受けられる状況となった。


 この被害者・犠牲者の出方は制度が開始された9月の時点に似た様相を呈していた。しかし、マスコミは高額落札など、明るい側面へ焦点を当て続け、その陰で脱落していく者達には関心を示さない。また、日本政府も敢えてそちらへ注目が移らないよう、マスコミ各社へ手を回したのだろう。結果としてそれら負の側面が第2期受託業者認定試験への応募総数にマイナスの影響を与える事はなかった。


 そんな中、3層以降へ挑まざるを得なくなった[受託業者]の間では「四五六しごろの壁」という言葉が使われ始めるようになった。四とは4層で発生しやすい、レッサーコボルトとメイズハウンドのラッシュの事。六とは、6層に登場する大黒蟻の大群とレッサーコボルトとメイズハウンド集団との集団戦闘を指す言葉。また、五とは、ほとんどのメイズ・・・・・・・・ではモンスターが・・・・・・・・存在しない・・・・・が、3カ所のメイズ ――調布駅前メイズ・国立西駅前ビルメイズ・成成学園内メイズ―― の5層に登場する強力なモンスター群を指す。そんな言葉だ。


 つまり、日本の[受託業者]にとって4・5・6層が或る種の壁になっている、という状況を指し示している。特に日本の[受託業者]の場合は、銃火器類が全く普及しておらず、武装も総じて貧弱なため、モンスターが集団を形成した場合の戦闘を苦手とする事情がある。海外の情報では「5層辺りから銃火器の効力が減衰する」という話もあるが、それでも敵集団に対して銃弾をばら撒ける銃火器は対集団戦では心強い。


 そんな心強い銃火器に頼れない結果、日本のメイズ・ウォーカーの間では複数PTで連携を行うユニオン式攻略・・・・・・・が発達していく。これは日本ならでは現象と言えた。


 そして、大部分の[受託業者]が「四五六の壁」に阻まれる中、それを越えて深い層へ達する者達も現れはじめた。そのグループ、つまりユニオンのひとつが[チーム岡本]と[TM研]、[脱サラ会]の3PT合同集団ユニオンであった。ただ、彼等の活動は一部が[脱サラ会]の動画配信チャンネルで公開されているが、それ以外の情報は未だ謎であった。


 マスメディアが主導する世間の注目は、今の所メイズを巡る制度全体やオークションの落札価格、又はメディア的に取り上げ易い[受託業者]に向けられている。攻略の進行度合いに注目が集まるのは少し先の話になるのだろう。

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