*4話 事後処理とか諸々


 突然の襲撃を何とかやり過ごした後、千尋たちと俺を含めた4人は、それはもう、しばらく混乱状態になってしまった。荒事に慣れていない素人(田中社長を除く)なんだから仕方ない。


 まず千尋だが、突き飛ばされた拍子に両膝を擦り剝いていた。しかも手を着いた時に手首を捻ったらしく、痛さと恐怖で涙を浮かべながらフルフルと震えが止まらない状態だった。見れば、テラテラとした薄い生地のドレス風の服は、掴まれた袖が脇の所から裂けてしまい、襟首のボタンも二つほど千切れて無くなっていた。


 何とも痛ましい恰好になっており、早く落ち着ける場所に運んでやりたいと思う。とりあえず、お騒がせしたコンビニで絆創膏と消毒薬と湿布を買い求めて、移動手段と移動先を考える。まぁ、千尋のアパートかマンションに送り届けるのが無難だろう。場合によっては俺のアパートでも良いかもしれない。


 一方、やかましかったのは小太りの男性だ。


 実は、あのワゴン車が走り去った後、直ぐに物凄い勢いで2台の乗用車がコンビニの横にやって来て急停車した。1台は特徴的なボンネットマスコットを持った黒塗りの高級外車。そして、もう1台は国産のミニバン。そのうちミニバンから降りてきたスーツ姿の男性3人は、千尋というよりも小太りの男(「深沢です」と名乗ったので深沢さん)の元に駆け寄って来た。雰囲気的に、普通のサラリーマンではなさそう。背が高くゴツイ体格をしているので、さしずめボディーガードといったところか。


 そんな3人の大男に対して深沢さんは物凄い剣幕で怒鳴っていた。ちょっと何を言っているのか聞き取れないが、とにかく怒鳴っていた印象だ。その剣幕に3人の大男は蒼褪めた表情で何度も「申し訳ありません」と頭を下げていた。頭を下げつつも周囲にチラチラと鋭い視線を送っているあたりはプロなのだろう。そんなプロでも不意を突かれることが有るということだ。


「ゴメンねチヒロちゃん……お兄さんも、僕が付いていながら、申し訳ない」


 などと、怒鳴る時とは声音がガラリと変わって言う深沢さんは、仕立ての良い高級そうなジャケットを千尋に掛けてやったりしている。女性には紳士的な態度のようだ。ちなみに、突然割り込んだ格好の俺が千尋の兄だと知ってからは、随分丁寧な物腰で対応されている気がする。


「田中さん、警察どうしよう?」

「多分意味がないと思います」

「そうか……」


 そんな深沢さんは田中社長と言葉を交わす。


「ナンバー照会をしましたが架空のナンバーでした。多分レンタカーを借りて偽装ナンバーを貼り付けていたのでしょう」


 との事。警察以外でもナンバー照会ができるんだぁ、と場違いな感想を持ってしまった。ちなみに、田中社長と俺、そして千尋の関係は説明する暇もないし、するような状況でもなかった。というのも、


「今日は本当に申し訳ない。この車で送ります」


 と深沢さんが申し出てくれたのだ。この車というのは英国製の黒塗り高級車。勿論運転手付きだ。


「あ、いえ、大丈夫です」


 対して、俺は反射的に申し出を断ってしまうが、結局は、


「いや、送ってもらった方が良い。今のが通り魔的な出来事なのか、深沢さんを狙ったものか、それとも千尋さんを狙ったものか分からないからな。今日は大人しくそれで帰るんだ、いいな」


 という田中社長の有無を言わさない言葉を受け入れることになった。


「お店もしばらく休んだ方がいいだろう」

「僕の方から、三城さんに連絡しておくよ、心配しないで」


 そんな田中社長と深沢さんの言葉に見送られて、俺は千尋と共に高級外車の後部シートに収まることになった。ただ、初めて乗った高級外車の乗り心地を堪能するような心の余裕は無い。走り出して程なく、緊張が一気に解けた千尋が声を上げて泣き出してしまったからだ。運転手さん、うるさくしてゴメンね。あと、西東京の田有まで、ちょっと遠いけどお願いします。


**********************


 結局、千尋は自分のマンションに帰りたがらなかった。「一人になるのがコワイ」という事だ。それで仕方なく田有町の俺のアパートに連れて帰ることになった。


 考えてみれば、もしも千尋を狙った凶行だった場合、マンションの場所も知られているかもしれない。もしそうなら、帰り際に再度襲われる可能性もある。だったら、俺のアパートの方が幾分マシ・・かもしれない。セキュリティーと言う面ではオンボロアパートに防御力は皆無だが、ハム太曰く「魔素の残り香が漂う」オレの部屋ならば、ハム太の【気配察知】スキルが有効になるだろう。そう考えると、少し安心だ。


 ただ、問題もあって、俺のアパートの部屋には年頃の女性を迎え入れて居心地良く過ごしてもらうための設備と準備がない。ということで、帰る途中に2度ほどコンビニで停まってもらうことになった。1度目は食料や歯ブラシ類が無いと思い買い出して、2度目は「下着とか要るかも」と思って、それを購入したという訳だ。


 コンビニで女性モノの下着を売っていることは知っていたが、まさか自分でそれを買う日が来るとは思っていなかった。恥ずかしいのと、そもそもサイズとかが良く分からないので適当に買い物カゴに突っ込んで、音速の速さでお会計を済ませてダッシュで店の外に出た。こんな時に限って店員が女性っていうのは勘弁して欲しい。


 ちなみに、適当に買った下着だが、適当過ぎて後日千尋に笑われることになった。というのも棚をよく見ずに買い物カゴに突っ込んだ結果、普通のショーツが4枚と生理用ショーツが3枚、カップ付きのキャミソールが1枚と男物のシャツが1枚という買い物結果になっていた。しかも全部サイズがバラバラ……


「お兄ちゃん、どんだけショーツ好きなん」


 との事でした。そりゃ、店員さんも変な顔するわな。千尋に笑顔が戻ったのは嬉しいけど、あのコンビニは2度と行けないな。


 まぁ、そのような訳でその晩俺のアパートに泊まった千尋は翌日には笑顔が戻るほどに回復していた。しかし、何故かその後も帰ろうとしない。金曜、土曜と部屋に居座って、土曜日には近くのショッピングモールで着替えや食材を購入してきた。それが困るという訳ではない。ただ、どういうつもりなのだろうか? とは思う。しかし、何となく訊きにくいのは確かだ。追い出そうと思っている、とか思われたら心外だしな。好きなだけ居てくれれば良いと思う。もう少し収入が安定したら、2LDKの部屋を二人で借りるのもアリかもしれない。


 一方、千尋が部屋にいるために、煽りを受けて困っている連中もいた。ハム太とハム美だ。木曜の夜からずっと魔石状態で石細工の置物のフリをしている。今まで、部屋の中では好き勝手に過ごしていた反動からか、この不自由な状況は結構キツイらしい。


(退屈なのだ~)

(暇なのニャン~)

(動画見たいのだ~)

(アイス食べたいニャン~)


 と、念話ラッシュを送って来る。煩い……本当に煩い……もうダメ、真面目に禿げそうだ。何とか気を紛らわせなければと思い、テレビを見ている千尋に話し掛ける。


「なぁ千尋」

「なに、おにいちゃん」

「これからどうするんだ?」

「……やっぱり迷惑だよね?」

「イヤイヤイヤイヤ! そんな事はないよ。でも千尋のマンションとか、どうするの?」

「うん……ちょっと考え中なんだけど……」


 会話すること自体が目的の会話は煮え切らないが仕方ない。しかも、やっぱり話が変な方向に向かい掛けて慌てて否定する。すると、千尋はなにやら含みのある事を言い掛ける。そして、


「そうか、ゆっくり考えてくれ、お兄ちゃんは気にしていないか――」


 と続きを口にしかけた、その時、


「もう、限界なのだ!」

「こんな生活、無理なのニャン!」


 突然、そんな声が部屋に響いた。……お前等、造魔生物なんだろ。もうちょっと欲求を抑えろよ……これは大輝にクレームを入れるべきなのだろうか?


「え、え、えっ! なに? なんなの、アレ?」


 妹よ、落ち着いて話を聞いて欲しい。


「実は――」

「きゃ、きゃわいい~ッ!」


 ……アレの? ……どこが?


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