*3話 急襲!


 千尋と別れた後、俺は近くの本屋さんに寄って少し時間を潰しつつ、近場で良い感じの個室がある焼鳥屋さんを検索。良さそうなお店を見つけたのでそこへ向かった。木曜日という事もあってお店はいており、予約無しでも個室を利用することが出来た。


 そこでリュックの中からハム太&ハム美を出してやり、後はやれ枝豆だ、シシャモだ、銀杏だ、揚げ出しだ、小倉抹茶アイスだ、という渋い(?)メニューを焼き鳥と一緒にオーダーする。ちなみに熱燗は2匹が勝手に分け合って飲むだろうから、俺はハイボールを頼んだ。店員からはちょっと変な顔をされたが、まぁ、一人で熱燗とハイボールを同時に頼むのは変と言えば変かもしれない。


 その後、ハム太とハム美は(店員が顔を出す時は石細工に戻りつつ)内輪話で「のだのだ、ニャンニャン」と盛り上がる。一方俺は、本屋で買ったラノベを読みふけった。内容は東京にダンジョンが出来たお話。初版が2017年だが、再版はされていないようだ。まぁ2018年から現代ダンジョン物はファンタジーではなく現実になってしまったから、このジャンルが成り立たなくなったのだろう。一応3巻まで出て完結しているが、ちょっと最後の方が打ち切り感というか、消化不良感のある内容だった。


 ただ、メイズ・ウォーカーとして、内容が面白かったのは確かだ。主人公がとんでもないチートスキルを持っていたり、ダンジョンの中で野営をしたり、他の探索者と協力したり裏切られたりと、中々に興味深い。実際に似たようなスキルが有るから、不思議な気持ちになる。


 その後、ハイボールと熱燗1合をお替りして、1~3巻まで一気読みした時点で時間は10時前。酔っ払った感じは全くないが、やることが無くなったので撤収することにした。帰り道で夜の傾奇町かぶきちょうを見学しつつ、駅まで向かい、電車で帰るつもりだった。流石に千尋が働いているようなお店に自分で入ってみる勇気は無い。興味はあるけど。


**********************


 駅に向かって歩く道すがらは、サラリーマン連れや同伴カップルが目立つがそれほど人出があるようには見えない。木曜日という事もあるのだろうけど、やっぱり新型コロナウイルスのせいで全体的に客足が遠のいているのだろう。客引き風の若いお兄さんたちも暇そうに駄弁だべっているだけ。どうも、俺はお客には見えないようで声を掛けられる事はなかった。まぁ普段着のパーカーとジーンズでリュックを担いでいる時点でお金がありそうには見えないからだろう。


 そんな風に回りを観察しながら歩いていると、1丁目、傾奇町の錦通り入口付近に差し掛かる。あと10分ほどで新宿駅と言う場所だ。通りの反対側にはコンビニがあり、その先の交差点沿いには派手なネオン看板を掲げるビルがある。2階から8階まで全部がクラブやキャバクラというビルだ。欲望が具現化したようなビルだな、というのが素直な感想。


 その時、ふと妙に耳に残る声が聞こえてきた。


――田中さん、大丈夫ですか――


 女の声が妙に千尋に似ている気がする。思わず、声がした方を見ると、少し暗い路地の入口当たりに3人の人影を見つける。男二人に女一人。真ん中の項垂うなだれた男を両脇の男女が介抱しているように見える。酔っ払いかな。


――マー君、私お水買ってきます――

――ああ、チヒロちゃん、そうして頂戴――


 チヒロちゃん……って、あれ千尋じゃないか。視線の先では、千尋が直ぐ近くのコンビニへ向かおうとしている。驚いた。でも、どうしよう、声を掛けようかな? と思う間も視線は千尋を追う。そして、偶然だろう、千尋の視線がこちらを向いて、ちょっと驚いた表情になる。つられて、「やぁ」という風に俺が片手を上げた時、二人の間に1台のワゴン車が割り込んで来た。そして、


「きゃぁ! なにするんですか!」


 ワゴン車の影に千尋が隠れた瞬間、突然、千尋の悲鳴が上がった。同時に、頭の中では、


(妹君が襲われているのだ!)


 ハム太警報が鳴り響く。


(相手は4人、いや5人ニャン!)

(ハム美、【身体強化(省)】なのだ! コータどの、モタモタしてると連れ去られるのだ!)


 連れ去られる……って拉致って事かよ、ああ、もうっ!


「ハム太、足場を、飛び越える!」

(ガッテンなのだ!)


**********************


 視界を塞いだワゴン車を回り込むのももどかしく、俺は真っ直ぐワゴン車に向かって走る。すると目の前に白い山が現れた。ハム太が【収納空間(省)】から足場用に取り出したスライムハッピーセットの一部、袋入りの砂糖の山だ。てか、俺ってあんなに砂糖を買い込んでたのか。


 ただ、呆れる暇はなく、そのまま高さ60cmほどに積み上がった砂糖の山を踏み台にして跳躍。ハム美の【身体強化(省)】と相まって何とかワゴン車の天井にドンッと着地。そのまま天井を転がって反対側へ降りる。背中のリュックから「ムギョギョ」「アババ」と悲鳴が上がるが、今は無視。


 目の前には黒っぽい服装の男が4人。抵抗する千尋をワゴン車へ押し込もうとしている。


「てめぇらぁ!」


 その光景に一瞬で頭に血が上る。もう何を叫んだかも分からない。とりあえず、手近な一人の襟首を掴んで思いっきり引き剥がす。結構な力になった結果、その男は投げ飛ばされるように道路を転がり、コンビニ前の灰皿に突っ込んだ。


「なんだ――ぐわぁ」


 その様子にもう一人がこちらを向く。その顔面に貫き手を突き込んだ。正真正銘の目打ちだ。結果、その男は千尋を離してその場に蹲る。


「なんだおまえ!」

「はなせよ!」


 こっちの台詞を言ってくれる残り二人は、一旦千尋を突き飛ばすと懐に手を入れる。


「お、お兄ちゃん!」

「コンビニに入ってろ!」


 アスファルト上に転がった千尋を背中で庇いつつそう言うと、嫌でも正面に集中する。懐に手を入れた二人の男。一人はバタフライナイフを取り出し、もう一人はスタンガンを取り出している。だが、


「え?」

「なんだ!」


 そんな二人が驚きの声を上げる。というのも、つい今まで何も持っていなかった俺の手に、不意に木太刀が現れたからだ。ナイスハム太、といったところだ。それで、驚いた様子になった二人に対して、勿論遠慮するつもりが全くない俺は、先制攻撃で突きを2連続。流石に狭い車内に半分身体を突っ込んだ状態では大振り出来ないし、もし大振りしてまともに当てたら、多分相手が死んでしまう。だから、突きでも手加減したことになる……と思うよ、知らんけど。


「ぐぇ!」

「ぐぼぉっ」


 木太刀の切っ先は夫々の喉元と鳩尾を捉えた。とりあえず、直ぐには行動出来ない状況にしたのを確認して、俺は千尋の方に注意を移す。丁度、コンビニの自動ドアの辺りで震えている千尋の姿が目に入った。と、そこへ血相を変えた小太りな男と、妙に見憶えのある強面なオッサンが駆け寄って来る。


「チヒロちゃん、大丈夫か?」

「てめぇら、何処のモンだぁ!」


 妙に馴れ馴れしい小太りの方は置いておくとして、大きな怒鳴り声を上げたのは……田中社長じゃないの。何してるんですか、こんなところで。


「さっさと乗れ! ずらかるぞ!」


 一方、背後では灰皿に突っ込んだ男が這う這うの体でワゴン車に戻ろうとしている。そして、その男が乗ったか乗らないかのタイミングでワゴン車は急発進。道行く酔客を跳ね飛ばさん勢いで走り去っていった。


「オレだ、ナンバー照会してくれ――」


 走り去ったワゴン車のナンバーを電話で誰かに伝える田中社長。その背後には腰が抜けたように自動ドアの近くに蹲る千尋と、その横にしゃがむ小太りな男の姿あった。周囲にはコンビニの来店を報せるチャイムが鳴り続き、店内にはアルバイト店員がオロオロしているのが見えた。


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