*幕間話 田中社長の企み・不穏な千尋の身辺


「社長、よかったんですか?」

「良かったもなにも、他にどうにもできないだろうが」

「そうっすかぁ?」

「相手を騙して多目に金を貰うっての、オレがやったらオカシイだろ」

「たしかに、そうっすね」

「それに、たった数十万ちょろまかして、有望株を逃しちゃ、そっちの損の方がでかい」

「ああ、そういう事にするんですね、納得です」

「……わかったら黙ってろ」

「へ~い」


 遠藤公太が帰った後の田中興業オフィスでの、田中と市川の会話だ。そこで会話は一旦途切れるが、少しの沈黙の後に思い出したように田中が口を開く。


「メイズに出入りしている受託業者への声かけはどうなってるんだ?」

「それなら、若い連中にやらせています……ただ、実際は11月になってみないと、どれだけ集まるかは分かんないっすね」

「まぁそうだろうな」

「例の『赤竜・群狼クラン』が随分と勢力を増やしているみたいっすよ」

「ああ、あの中華がバックの連中か」

「連中も12月の2期募集に結構な数を送り込む計画らしいっす」

「……あっち・・・もこのご時世、シノギが厳しいんだろう」

「ぶつかりますかね?」

「さぁなぁ……親会社・・・は避けたがるだろうけどな」


 と、田中が口を濁した時、不意に携帯が鳴った。田中はその着信相手の名前を確認すると、ゴホンと咳払いをしてから電話にでる。普段よりも丁寧な口調になっている。


「深沢さん、いつもお世話になっております」

『田中さん、今晩だけど、新宿で飲まない?』

「お誘いありがとうございます。何処に行けばいいですかね?」

『じゃぁ、傾奇町のグラヴィアスってキャバクラで、8時に』

「キャバクラですか……」

『最近嵌まっちゃってさぁ~ じゃぁそういうことで、また後で』

「はい、では後程」


 携帯をテーブルに置いた田中はソファーの背凭れに凭れ掛かるようにしてオフィスの天井を見上げる。


「深沢って、あのFZマテリアルの社長さんですか?」

「ああ、深沢グループの次男坊だ……親会社への依頼元だな」

「へ~、社長、知り合いだったんですか?」

「そんな知り合いって程でもないが……多分、さっきの話の状況でも聞きたいんじゃないか?」


 市川の疑問にそんな風に答える田中は、そこで大きな溜息をひとつ。強面な見た目に似合わず夜の街が好きではない事が、そんな溜息の理由だった。


**********************


「マー君、いつもご馳走様です」

「いいんだよ、でもチヒロちゃん、今日はあんまり食べなかったね……このお店のお鮨はあんまり好きじゃない?」


 傾奇町かぶきちょう1丁目にある老舗江戸前鮨店が入居したビルの1Fで、キャバ嬢風の若い女性と小太りな体型の30半ばの男がそんな会話を交わしている。男の方は仕立ての良いスーツを何気なく着こなし、靴や腕時計などは派手さこそないものの高級品であることが分かる。見た感じに品の良い、どこぞの資産家の息子、といった風情。


 対して女性の方は、この界隈でよく見かけるキャバ嬢かホステス風。美しい外見だが、際立って美人かと言われれば好みの分かれるところだろう。スラッとしたスレンダーな体型は、肉感的というよりも儚げな雰囲気を醸している。


「そんな事ないです、美味しかったですよ……でも高そうで」

「ハハハ、そんな遠慮をするところがチヒロちゃんだねぇ。気にしなくていいのに」

「すみません、マー君」

「良いよ良いよ、じゃぁお店でフルーツでも頼もうかな」


 そう言うと男はさり気なく腕時計を見る。時刻は夜の7時45分をさしていた。すると、


「ああ、いけない……お店に8時って言ったんだった」

「どうしたんですか?」

「いや、今日チヒロちゃんのお店で待ち合わせをしてたの、8時に」

「あら……でもお店、すぐそこですよ」

「ああ、そう言えばそうだった、じゃぁゆっくり歩いて行きましょう、さぁお手を拝借、お嬢様」

「ふふふ、マー君面白い」

「そうかなぁ」


 そんな会話の後、その男女は軽く手を繋いで夜の繁華街を歩く。女が言った通り、5分も歩かないうちに、目当てのビルに着いたようで、2人は1階ホールのエレベーターに吸い込まれていった。


**********************


「今のが深沢雅治ふかざわまさはる?」


 ビルのエントランスからエレベーターに呑み込まれていった男女のカップルを大型ワゴン車の助手席から観察していた男は、運転席の男に確認するように声を掛けた。


「ああ、でも目標はそっちじゃない、女の方だ」


 対して、運転席の男はそう言う。


「ふうん……どこにでもいそうな普通のキャバ嬢って感じだな」

「でもアレが深沢のお気に入りらしくて、李さんの所のハニーが近づけないらしい」

「で、襲うってことか?」

「まぁしばらく店に出られないようにすれば良い、ってのが李さんの話だけど……」

「折角偽装ナンバーを準備してまでレンタカー借りたんだ、拉致ってヤッちまおうぜ、なぁ」


 そこまで話をして、助手席の男は卑しい表情を後部座席に向ける。そこには、歳の頃なら20代半ばから30代半ばの男3人が座っていた。全員が「ヤッちまおう」の意味を理解しているのか、ニヤニヤとした笑いを浮かべている。


「好きにしろ……どのみち店から出てくるのは22時から23時の間だ……それまでは待機だな」


 対して、運転席の男は少し呆れた風に言うと、黒いワークキャップを目深に被って目を閉じた。後2~3時間ほどはこのまま待機。特にやる事もないので寝るに限る。対して、後部座席と助手席の連中は、拉致った女をどうするかで盛り上がっていた。こういう事をやり慣れている連中特有の自慢話が始まり、話の中身は聞くに堪えない内容になっていく。一人運転席の男だけが、苦虫を噛み潰したような表情で小さく息を吐いた。

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