*48話 北七王子メイズ3回目② 第二回犬祭り会場と大型スライム
4層降りて直ぐの短い直線通路の先は右に折れる曲がり角。その角に前回同様にレッサーコボルトの姿があった。いるんじゃないかなぁ、と思っていたらやっぱり居た。
予想通りの出現に、
「これで、前回みたいな犬ラッシュは――」
と岡本さんが安心して言い掛けた時、右の通路の先から、
――ワウオウオウゥゥ――
と、
「……ゴメン、もう1匹いたのだ……」
今更なハム太レーダーの報告。そんなぁ、と思うが仕方ない。1匹しか出ないなんていう約束は何処にもない。こういう事も起こり得るのがメイズというものだ。ハム太は当分枝豆抜きだけど。
「みんな、前回と同じ布陣で!」
と、全員に呼び掛けつつ右へ折れる角まで急行する。そして、角を曲がって先を見通すと、もう1匹いたレッサーコボルトが再度遠吠えを上げながら通路の奥の左の曲がり角へ姿を消すところだった。
「ちっ」
お下品な舌打ちをしたのは朱音。寸前の所で矢を撃っても届かないタイミングだったのだろう。
「前回と同じ、でいいな?」
と言う岡本さんに全員が頷き、2-2の布陣でやってくるメイズハウンド集団に備えつつ通路の先に目を凝らす。しかし……
「……きき来ませんね」
と飯田が言うように、2分ほど経過してもメイズハウンドの姿は現れなかった。
「もう少し待ってみよう」
と提案して、更に待つ事5分。しかし、状況は変わらない。
「待ち伏せしているんですかねぇ?」
と言う朱音に、ハム太が「そこまで頭が良い魔物じゃないのだ」と答える。そして、
「待っていても仕方がないのだ。前進してみるのだ」
という事になった。ここでハム太は珍しく背中の新品リュックから飛び降りて先導するように先へ進む。もしかしたら、さっきもう1匹のレッサーコボルトに気付けなかった事に責任を感じているのかもしれない。意外と律儀なハムスターだ。
結局、チーム岡本はハム太に先導されるように通路を進む。そして「もうすぐ曲がり角」と言う所で先にハム太が歩みを止めた。
「この先に10匹以上固まっているのだ」
「え?」
「どういうことだ?」
「分からないのだ……論より証拠、百聞は一見に、なのだ」
そんなやり取りの後に再び歩き出したハム太は、通路の角からヒョコっと顔を出して奥を見やる。そして、手招き(前足まねき?)の合図を送って来た。
「なんだろう?」と顔を見合わせるが、ハム太が合図する以上危ないという事はないだろう。ならば、飼い主(?)として責任をもって見極める必要がある、という覚悟ではなく、単に他3人から背中を押される格好で前に押し出された俺は、ハム太を真似して奥を見る。
視界の先は少し広いホール状の空間。その空間に10匹のメイズハウンドが所在無さそうに
(多分、さっきのレッサーコボルトは、曲がり角でスライムを踏んずけて……アレになったのだ)
ハム太はそんな【念話】を送りつつ、転がったメイズストーンを指さした。なるほど、遠吠えを上げながら角を曲がった瞬間に足元の大型スライムにダイブした、ということか……モンスターながら少し気の毒な末路だ。
でも、スライムを盾替わりにして一方的にホールで屯しているメイズハウンドを狙えるこの状況はかなり有利だ。そう考えて、俺は後方の朱音と飯田を手招きした。
**********************
それから15分間、4層ホールは動物愛護団体が卒倒しそうな状況が繰り広げられた。もっとも凶悪な形相のメイズハウンドにあの団体が興味を示すかは別だが、矢で一方的に射られる状況にも関わらず、メイズハウンドが逃げなかったのが原因だ。「逃げたいのに逃げられない」といった素振りはあったが、ハム太曰く、多分レッサーコボルトの[遠吠え]の効果によるものだろう、とのこと。恨むなら呼び集めておいて自身はサッサと事故死したレッサーコボルトを恨んで欲しい。
結局、手前足元の大型スライムを残してホールのメイズハウンドは一掃。背後では朱音と飯田が
通路とホールを塞いでいた大型スライムは以前アトハ吉祥メイズの3層でTM研の大井小夏を孤立させていたモノと殆ど同じ大きさ。白濁色の粘体内部にぼんやりと浮かび上がる核の様子もほぼ同じだった。そのため、処理の仕方も同じようになる。
作業中、メイズ内のモンスターには仲間意識や主従関係というものが有るのだろうか? と、ふと疑問に感じた。レッサーコボルトとメイズハウンドの間には主従関係のような関係性が見える。でも、スライムはどうなんだろう? あと、上の階で頻繁に遭遇したメイズハウンド+大黒蟻のコンビネーションは仲間意識の賜物なのだろうか?
「
というハム太の解説。今後、深い層に進むならば、そんなモンスターの生態も頭に入れる必要があるらしい。俺としては思考停止しながらスライムを炙っているだけで十分なんだけど――
――バキィ
そう思いつつ【能力値変換Lv2】で[力]の値を強化した俺は、木太刀の一振りでスライム核を叩き潰す。すると、
「あぁ! なんか、頭に文字が浮かびましたぁ!」
背後で朱音が驚いた声を上げた。どうやらスライムへの一撃で【強化魔法:中級】の習得に必要な修練値300に達したようだ。というか、別に本人の行動でなくても修練値って加算されるんだな。
「すすす凄い、朱音ちゃん」
「使ってみていいですか、ハムちゃん、どうやって使うの?」
「朱音嬢、頭の中で『強化魔法発動!』と念じるだけでいいのだ」
「じゃぁ早速――」
「おう、使ってみよう」
「待つのだ、それは魔素力50消費するのだ、ちょっと待つのだ」
「え~」
妙にキャッキャした朱音達の声とハム太の声を聞きながら、俺は床に滲み込んで消えるスライムの残渣を見つめる。こうやって簡単にスライムを斃せるのは、大輝の「おが屑を振りかけて焼いた」というアドバイスがあったからこそだ。もしも、こんな方法を知らない[
まさに今のような状況で大型スライムに通路を塞がれると、排除以外に先に進む方法が無い。ワンチャンスに掛けて飛び越えるというのアリかもしれないが、失敗すると気の毒なレッサーコボルトと同じ運命になる。前にアトハ吉祥メイズで実際にやっておいて言うのもなんだが、かなりリスキーな挑戦だと思う。
案外、今の所インターネット上の情報に「メイズの最奥で魔坑核を取得してメイズを潰した」という情報が無いのは、この辺りが原因なのかもしれない。なんというか、そんな気がしてきた。
そんな考え事をしつつ、再び床に視線を落とす。いつの間にかスライムの残渣は消え去っており、替わりに透明な水の入ったビニール袋のよう物が床に落ちているのを見つけた。
「あ、[スライム粘液]だ」
思わず漏れた俺の声に、【強化魔法】スキルで盛り上がっていた朱音を始めとする面々の注目はドロップに移った。そういえば、ホールにはメイズハウンドが落としたドロップが点在している。あれも早く拾ってしまおう。
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