*49話 北七王子メイズ3回目③ 5層を前にゴニャゴニャ話すチーム岡本


 4層残りの踏破はそれほど難しいものではなかった。多分、4層のモンスターの大部分をメイズハウンドが占めていたことが理由だろう。そのため、ホールの先で南と北に枝分かれした通路の内、南側通路の奥でゴブリンに遭遇した以外は、殆どがスライムばかりだった。


 ただ、今回が初遭遇となったゴブリンは意外と曲者だった。


 事前にハム太から「単独なら雑魚なのだ」と聞かされていたし、実際に南側通路の一番奥で遭遇したゴブリンはレッサーコボルトよりも背が低く貧弱な体格をしており弱そうに見えた。その時もハム太は「アレはゴブリンでは一番弱いタイプなのだ」と言っていた。


 そんな事前情報と見た目から来る思い込みが悪い方に作用したのかもしれない。遭遇時点で既に通路奥の行き止まりに追い詰められていたゴブリンは、矮躯に歪な造形の頭部で殊更大きな黄色く濁った目を剥いて、怯えるようにこちらを睨み付けていた。その様子に哀れさ・・・を感じたのか、対峙した岡本さんが不意に構えたポリカ盾とメイスを下ろして隙を見せてしまった。多分無意識だったのだろう。


 その結果、怯えるようにしていたゴブリンは一変して岡本さんに体当たりを仕掛けた。それを、油断した岡本さんは盾で受け損なって体勢を崩す。そこに素手のゴブリンが、爪と歯、それに握り固めた拳を武器にして殴り掛かった。しかし、結局は


「ぅっとおしいんだよっ!」


 と吼えた岡本さんが力任せに振るったメイスの、強烈な一撃の餌食になってしまった。ただ、当の岡本さんも幾つかの赤痣と引っ掻き傷を顔に付けられて憮然とした表情になっていた。


「ちくしょう、油断した……」


 と、呻くように言う姿は不機嫌そのもので、それはそれはコワイのだけど、そんなコワイ岡本さんに、


「見た目に騙されて油断してはいけないのだ」


 と【回復(省)】を掛けながら説教めいた発言をするハム太。いえ、あのハムスターと俺は無関係です。と誰に聞かれた訳でもないのに、そうアピールしたくなる。


「……確かに……みんなも気を付けような」


 ハム太の言葉に一瞬だけムッとした表情を見せた岡本さんだが、流石に大人というか、失敗を噛み砕いて次に生かそうという気概を見せた。流石岡本さん(さすおか)だ。


 ということで、南側を踏破した後、一旦ホールに戻って北側通路へ向かう。北側通路はスライムしか居なかったが、もうそろそろ階段が……という雰囲気の所で、再度大型スライムが通路を塞いでいた。まるで通路に封をするように居座る大型スライムを新鮮味も無く処理して更に奥に進むと、予想通り5層へ降りる階段に出くわした。


 ちなみに、4層で収拾したドロップは[メイズストーン]x3個、[メイズハウンドの皮]x1枚、そして[スライム粘液]x2袋。大型スライム2匹から、それぞれスライム粘液がドロップしたのが大きい。新鮮味はないけど、好きです大型スライムさん。


**********************


「5層どうする?」

「ドロップ的にはこれで戻ってもいいくらいですけど……」

「飯田先輩、今何時ですか?」

「じゅじゅ11時40分です」


 5層へ降りる階段を前にこの会話。問いかける岡本さんに俺、朱音、飯田の順で声を発する。そして、


「ここまで来たら、5層に行ってみるのだ。朱音嬢の【強化魔法:中級】を使ってみるのだ」

「で、5層って区切りが良い感じだし、さっき『このメイズは5層までかも、なのだ』って言ってたけど、何か……ボス的なモンスターが出たりするのか?」


 ハム太の積極的な発言に、疑問を呈する俺。すると、ハム太は


「まぁ、ちょっと強めの敵が出る可能性はあるのだ――」


 と、言いながら説明を始めた。


 ハム太の説明曰く、小規模メイズの深さは大体5~15層。小規模メイズに限らず、どのメイズでも最深部には必ず少し強めのモンスターが居るという。あちらの世界・・・・・・ではそういう存在を[番人センチネル]と呼んだらしい。大体の場合はその層から2~4層ほど深い所に出現するべきモンスターが少数出現して魔坑核を守っている、ということだ。ただ、


「最深部でない場合は、強い魔物が出現する広目の空間でしかないのだ。そういう場合は魔物を討伐した後に大抵が休息ポイント扱いになるのだ」


 ということだ。例えば次の5層の奥にさらに6層、7層と続く場合は、5層はタダの通過点になる。その場合の5層は、出現するモンスターを斃すと殆どの場合はモンスターのリスポーンが無い安全地帯になるという。そういう層が5層、10層、(中規模以上のメイズの場合は)15層、20層……と続くそうだ。妙に委託業者ユーザーフレンドリーな仕様だな、と思う。


「でも[魔物の氾濫]が起こると、大体の場合はリセットされるのだ」


 そういう物だと受け入れるしかないのかな、と俺が思っていると、[魔物の氾濫]という言葉に岡本さん達が喰い付いた。そういえば、みんなにはこの話は初めてだったかもしれない。


「――というわけで、魔物が氾濫する可能性があるのだ」


 いぶかしがりながらも興味を持った3人にハム太は搔い摘んだ説明をする。


「そんな話、初めて聞きましたぁ」

「まま魔物の氾濫……スス、スタンピードですか」

「それって、政府は認識してるのか……いや、してなさそうだな」


 現代日本において、一番厄介な問題は半年に1度突発的に発生するメイズもさることながら、いつ発生するか分からない、そしてその可能性すら認知されていない[魔物の氾濫]だろう。もしも、国外で先に事態が起これば、それなりに警戒・対策するだろうが……いや、するかな? ちょっと不安なところが、日本政府の日本政府たる所以ゆえんだろう。税金分は仕事をして欲しいと切に願う、個人事業主な俺だ。


「まぁ、いつ起きるか分からない事の心配よりも、目の前の可能性なのだ。修練値がタダでスキルが手に入るチャンスなのだ。それに、無理そうならば撤退すればいいのだ」


 対してハム太はこの楽観。時折こういう言い方するよな、この鼠は。


「まぁこれまでもハム太の言う事でおかしな事になった事はないからなぁ……このメイズに区切りを付ける意味でも、行ってみるか」


 と、岡本さんが乗り気になった。ということで、チーム岡本は5層へ足を踏み入れることになる。休憩は無し。ちょっと見てみて無理そうならば退却して、そのまま4層リスポーン前に3層まで戻ってしまおうという算段だ。俺としては、スライム粘液x2、多分1.5kgくらい出ているから、5層がスカっても申し分なし。さぁ、行きましょう。


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