*46話 魔坑酔いと悪酔い娘


(枝豆、枝豆、ふんふんふん♪)


 メイズハウンドの牙を受けてボスボスと穴が開いてしまったリュックの中では、ハム太がそんな鼻歌を歌っている。当人は聞こえていないつもりらしいが、バッチリ【念話】で漏れている。


「はいはい、枝豆を頼めばいいんだな」

(ぬ? そ、そうなのだ。出来れば焼き枝豆で、あと熱燗なのだ!)


 ったく、いつの間に日本酒の味を覚えたんだ? と思いつつ、席に備え付けれらたタッチパネルで追加オーダーをする。


 場所は立川駅程近くの個室居酒屋。前回 ――俺が木太刀の攻撃力に失望していた時―― 以来2度目の来店になるが、吉祥駅近くで良く利用していた居酒屋よりも個室の造りがしっかりしているのが特徴だ。暖簾のれんではなく、障子しょうじ張り風の引き戸になっていて、オーダーもタッチパネル式だから店員さんとの接触は極めて少ない。最近の流行りだろう。


 程なくしてオーダーした飲み物と食べ物が運ばれてくる。岡本さんが生ビール、飯田がカルアミルク、朱音あかねがカシスオレンジ、俺がハイボール、そしてハム太が熱燗と言った具合。一方、食べ物の方は居酒屋の定番メニューに付け加えて、岡本さんが馬刺し、飯田がホッケの一夜干し、朱音が激辛鉄板焼きホルモンを頼んでいて、後から追加した焼き枝豆も一緒に運ばれてきた。


「じゃぁ、まず乾杯!」


 という岡本さんの音頭で、各自思い思いの飲み物で乾杯する。


「うぅ~、みるのだぁ~」


 と、奇声を発するのはハム太。店員が出て行くのと同時に姿を現して、今はお猪口ちょこを両手に持って、まるで優勝した力士がするように一気に中身を飲み干している。そこに朱音が「ハムちゃん、良い飲みっぷり~」と言いながらお酌をしたりしている。「おっとっと、なのだ」などと言いながらお酌を受けるハム太……酔っぱらう前にちゃんと話してもらおう。


「ハム太、コータのあの状況、魔坑酔いって言ってたけど、説明してくれ」


 と、ここで発言する岡本さんの考えは俺と同じようだった。


「そうなのだ、それを話さなければならないのだ」


 対してハム太は、少し名残惜しそうにお猪口を脇に置くと、


「今日はコータ殿が盛大にやらかした・・・・・のだ。しかし、全員がああなる・・・・可能性があるとして、聞いて欲しいのだ」


 と、切り出した。


「あの症状を吾輩がいた世界・・・・・・・では[魔坑酔い]と呼んでいた――」


 ハム太曰く、今日の俺のように戦いの最中に理性を失い、戦闘に呑み込まれてしまう状況を[魔坑酔い]と称するとのこと。強力な武器やスキルを使用したり、敵モンスターとの力量の差が圧倒的な場合に発生しやすい、という。一旦発生すると、状況が戦闘中ということもあり、大体の場合は悲劇的な結末に繋がるらしい。


 もっとも[魔坑酔い]は、なにも魔坑メイズの内部に限って起こることではなく、戦場や私闘の場といった魔坑の外の戦い・・・・・・・でも起こる事はあるらしい。しかし、態々わざわざ[魔坑酔い]と名前が付くのは、そのような状況が魔坑内部で起こり易いと経験的に知られていることが理由だという。


「メイズに入る事で得られる魔坑外套の能力補正によって、外の世界での実力よりも大きな力をメイズ内で振るう事が出来るのだ。その結果[魔坑酔い]が顕著に表れやすいのだ。前衛、後衛、関係なく全員が発症する可能性を持っているのだ……それで、今日のコータ殿のような酔い方はまだ軽い方なのだ」


 「みんなに起こり得る」というハム太の説明で見当違いにホッとし掛けたが、そういう問題ではないだろう。なんだか自分の力に「天狗になった」と指摘された気がして恥ずかしい気持ちになってくる。


「すみません……穴が有ったら入りたい気分です」


 思わず、そんな言葉が口を衝いた。だって状況はまさに「カタナを手に入れて調子に乗って暴走した」ということだもの。そりゃ、恥ずかしいよ。


「どどどドンマイ、コータ先輩。ババババーサクモード、げゲットだぜ」

「本当ですか? 穴が有ったら入ります? やだぁ~」

「でも……結果的に無事だったし、それに、あの最中のコータは強かったなぁ」


 俺の謝罪に対して、チーム岡本の面々はフォローなのか何なのか良く分からない、多分フォローなんだろう的な言葉を発する。ひとり変な反応をした朱音は……無視しとこう。今しがたメイズから出てきたばっかりだろうに……。


「確かに、魔物を殺すことしか考えられなくなるから迷いが無くなり、普段よりも強くなるのだ。しかし、それと引き換えに状況判断が鈍るのだ。だから、殆どの場合は、今日のコータ殿のように新しい敵を求めて奥へ行こうとしたりするのだ」


 もうやめて、コータのライフはゼロよ、と誰も止めてくれないのね。


「でも、それだったら不安だな……予防する方法とかないのか?」


 と岡本さん。対してハム太は、


「予防する方法は『実例を知る・・・・・』に尽きるのだ。それに、全員に起こる可能性があると言ったが、あくまで可能性なのだ。吾輩の知る限り[魔坑酔い]を発症する者は習得したスキルや所持する武器、戦い方との相性が非常に高い者が多く、大体全体の1割もいないのだ、それに普通は修練値が1,000を超えて丁度中規模メイズの中層くらいから発症するものなのだ」


 と言う。


 珍しいと言われても嬉しくないです……と落ち込む俺に、ハム太は「修練度250前後で発症するのは極めて珍しい、聞いた事の無いケースなのだ。才能が有るということの裏返しなのだ」とフォロー(?)してくれるが、多分それフォローじゃない。


「じゃぁコータ、何か前兆めいたものとか無かったか教えてくれ」


 そして落ち込む俺に、岡本さんの質問が追い打ちを掛けてきた。


**********************


 結局、みんなの不安を取り除くためにも、俺は今日感じた得体の知れない気持ちの昂ぶりを詳細に白状せざるを得なかった。話している間にふと思ったのは、今話している内容って限りなく物騒でヤバい、ということ。


 「肉を斬る感触が」とか「伝わってくる手応えをもっと味わいたくて」とか「斬ることしか考えられない」とか、凶悪犯罪者か限りなくサイコパスなヤツの発言にしか聞こえない。話を聞く岡本さんは途中から表情が固まるし、飯田はカルアミルクがぶ飲みに逃避するし、朱音も普段の倍の勢いでカシスオレンジを注文していた。


 気持ちは分かる。俺も自分の言葉を聞きながら気持ち悪くなるもの。個室で良かったとつくづく思う。


「……それで、再発しなさそうか?」


 と問う岡本さんの言葉はごもっともだ。ただ、その問いに自信をもって「大丈夫です」答えることが出来ない。そのため、少し口ごもる時間が生まれる。その時、不意にテーブルにドンッと音が鳴った。驚いて見ると、朱音が空のジョッキをテーブルに勢い良く置いたところだった。


「岡本さん、コータ先輩をはずしゅんだったら、あらしも抜けましゅからね!」

「え?」

「は?」

「ふぉ?」


 いきなり何を言い出すんだね朱音君、と全員に視線が彼女に集まる。見ると、朱音は目元から首筋まで真っ赤にして茹でタコのようになっている。結構なペースで飲んでいたと思ったら、いつの間にかかなり出来上がっていたようだ。


「だいたい、おちこんらコータ先輩から、ねふぉりはふぉり聞き出そうなんて――」

「あ、いや朱音、そういうつもりじゃなくてな――」

「かわいしょーれしょ!」

「はい」


 突然始まったカオスな展開。酔っぱらった朱音が岡本さんを責めている。面白いからもうちょっと見てようか。


「コータ先輩もコータ先輩で、もうちょっろしゃっきりしにゃしゃい! 入れるの入れないのどっち!」

「すみません」


 前言撤回、助けてハムえもん!


「まぁまぁ、朱音嬢も落ち着くのだ。コータ殿に限って言えば【能力値変換】で[抵抗]をいじらなければ問題無いのだ。今日の4層も[抵抗]を[力]に変換した瞬間からおかしくなったのだ」

「ああ……言われてみればそうだった」

「なんだ、そういうことなら大丈夫じゃないか」

「よよよかったです」


 ハム太の発言に俺、岡本さん、飯田がそう続ける。何故か全員が棒読みのような発言になるが、


「しょれならよし……」


 酔っぱらった朱音はそれで満足してくれたようで、後はタッチパネルに向かって「お替り!」と語り掛けながら、その内テーブルに突っ伏して寝てしまった。


 それで結局、この夜の反省会と言う名の飲み会は此処で終了。「次回は今週水曜日」と決めて解散となった。ただ、酔いつぶれた朱音とその荷物を彼女のアパートに運ぶのは大の男3人掛かりでも結構な重労働になった。


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