*45話 北七王子メイズ2回目⑥ コータの大暴走
大口を開けたメイズハンドの細い櫛のような牙が迫る。狙いは首筋なのだろう。それを咄嗟に右肩を入れ込むようにして、深く屈んで躱す。結果的に跳び掛かってきたメイズハウンドを殆ど背負う格好になり、背中のリュックが牙を阻む。いきおい、メイズハウンドの体重が背中に圧し掛かるが、能力値[力]を強化した身体はビクともせずにそれに耐えきる。そして次の瞬間、背中のメイズハウンドを振り飛ばすように、溜めていた力を一気に回転力として解き放つ。
フッと身体が軽くなり、メイズハウンドが降り飛ばされたのを感じるが、それで終わりではない。そのままの勢いで、裏脇構えから薙ぎ胴の要領で両手に握った[時雨]を振るう。
――ブゥンッ
低く空気を切り裂く音を伴い、銀色の刃筋が空を疾る。そして、ヌッタリと体毛の無い皮膚を捉えると、ズブっという肉を切り裂く感触、「ギャッ」という短い絶叫、そしてゴリッと骨を断つ感触、そんな命を奪う感覚が同時にやって来た。
「――っ」
一撃を受けたメイズハウンドは前足の付け根から胴を輪切りに両断される。血飛沫を撒き散らしながら頭が付いた部分はそのまま弾き飛ばされて通路の天井に当たって落ちる。殆ど同時に少し離れた隣では岡本さんと飯田が共同で最後の1匹を仕留めたようだ。歓声が上がる。
だが、そんな事が全く頭に入らない俺は、ただ、今感じたばかりの感触の余韻を求めて両手を見る。目で分かるほどに[時雨]の柄を強く握った両手が震えている。
「また来ます、3匹とアイツも!」
「これで最後か!」
通路には朱音の声が響き、ついで岡本さんの声も響く。内容的に更に新手が姿を現したのか。そう思い通路の先を見ると、3匹のメイズハウンドを伴って、さっき逃げたレッサーコボルトも一緒になって突進してくる。なるほど、4層のメイズハウンドがもう居なくなったので覚悟を決めて突っ込んで来たというところか、面白い。まだ斬れる。
「コ、コータ先輩!」
「おい、まてコータ!」
「ちょちょ、どどどうしたんで」
「あぁぁっ、[抵抗]を下げるからなのだ!」
後ろでガチャガチャと煩い声が上がるが、何だって言うんだ。斬って斃せば仕舞だろう。そう考えて、後は前だけに集中する。突進してきたモンスター達は、逆にこちらから距離を詰める様子に少し戸惑った……いや、気圧された様子を見せる。
――ピュッ、ピュッ
と脇から矢が追い越して、戸惑った様子のメイズハンド2匹にそのまま突き立つ。朱音と飯田が余計な事をしやがって! 獲物を盗られたような気がして怒りがこみ上げる。その怒りのままに振り上げた[時雨]を、飛び込み
まず手近な1匹に向かい大上段から振り下ろす。耳がちぎれ跳ぶが、この感覚じゃない。更に踏み込んで、下段から掬い上げるように斬り上げる。今度は首筋を切り裂いた。そう、この感覚だ。
次は、飯田の矢を受けて弱っている1匹。素早く詰め寄り、八相からの袈裟懸けを放つ。切っ先3寸の物打ちが首筋を捉え、ゴリっという感覚と共にいやらしい顔つきの首が宙を舞う。そして、残るは朱音の矢を受けて虫の息の1匹と、やけっぱちの様子で向かってくるレッサーコボルト。
右足を踏み出す格好で正眼に構える。対して、ヒト型の犬としか言いようのないレッサーコボルトは、鋭い爪の生えた両手を振り上げて詰め寄ってくるが、なんとも芸の無い攻撃だ。正眼の構えを解く事無く、ささっと距離を詰めてから、一気に[時雨]を突き込んだ。グネッという手応えと共に、刀身の半分までがレッサーコボルトの胸に突き立つ。犬の口から血の泡を吹き出したソレは、結局立ったままこと切れたようだ。
「ふぅ……」
立ったまま死んだモンスターを蹴り倒すようにしてカタナを引き抜くと、自然と大きなため息が出た。そして、再び息を吸い込むと、カタナを逆手に持ち替えて無造作に残り1匹にトドメを刺す。もうそのころには、「次」を求めて通路の奥に気が移っていた。
そして、気の向くままに通路の奥へ足を踏み出したその時、
「このぉっ、バカちんがぁ!」
突然耳元で上がった怒声に振り向くと、そこには鞘に収めたままの剣を振りかぶり、目線の高さまで跳躍したハム太の姿があった。そして、鞘に収められたままの剣が一閃。語尾の「のだ」を付け忘れてるぞ、という非難めいた指摘が思い浮かんだところで俺の意識は途切れた。
**********************
「……っ? ここは?」
次に気が付いた時、先ず視界に入ったのは白いモルタル塗りの天井。全体的にボウッと光っているように見える。すると、そんな視界の端からヌッと鼠が、いやハムスターの顔が迫り上がってくる。
「『ここは?』じゃないのだ、4層入口なのだ」
「ああ、ハム太か」
他に喋るハムスターの知り合いはいないので、そういう結論になる。それにしても、一体どうしたんだろうか? メイズハウンドと戦っている途中から、どうも記憶が曖昧になっている。確か【能力値変換】で[抵抗]を[力]に変換したところまでは覚えているのだけれど、その後の記憶がどうも覚束ない。
「コータ先輩ぃぃ!」
すると、視界の外から妙に感極まった様子の朱音の声が聞こえてきた。そしてタッタッと駆け寄る足音がしたと思ったら、ガバッっと抱き着かれていた。
「ファッ?」
「もう、心配しました! 一体どうしたんですか? もう大丈夫なんですか? どこか痛くないですか?」
記憶の整理が付かない状態で女性に抱き着かれるのは、
(自業自得とは言い難い面もあるのだ。しかし、なかなか見事な『
朱音のグリグリ抱擁から逃れようと藻掻く俺の脳内に、そんなハム太の【念話】が響く。なんだその「魔坑酔い」って?
(今後の注意と教訓にもなるのだ。後で纏めて説明するのだ)
内心の問いにハム太はそう答える。と、ほぼ同時に、
「おお、気が付いたか……って、そう言うのは二人の時にやってくれ」
「せせ先輩、きょきょ狂化モードのつ次はささサービスタイムですか、いい忙しいですね、ワラ」
という岡本さんと飯田の声が聞こえてきた。岡本さんの声は安心したような声色があったが、急に呆れて笑うような感じに変わる。どう考えても、今の状況を見て言っているのだろう。あと飯田、サービスタイムってなんだ? 何となく分かるけど……
「だ、大丈夫だから、ほら、もう起きられるし!」
結局、俺はどうにか朱音の身体を遠ざけて起き上がる。ちょっと腰が引けてるのは内緒だ。
「じゃぁ、今日は戻るぞ。さっきの戦闘で結構ドロップが出たしな」
そんな岡本さんの号令で、チーム岡本は地上を目指して後退を開始した。
**********************
第一層の入口前に辿り着いたところで、休憩を兼ねたの話し合いになる。ただ、話し合いの内容は、俺が4層で意識を失った顛末に関するものとは全く関係なかった。というか、この話題は何故か全員から避けられているような気がする。ここに辿り着く迄の道中で何度か話を振ってみたが、誰も曖昧な表情で話を濁すばかりだ。その雰囲気が逆に気になるのだけど、
(それはメイズの外で、反省会の時に出来る話なのだ)
というハム太の【念話】である。それで、最近
「使用型スキルの魔法スキル【強化魔法:中級】なのだ」
ということだ。魔法スキルには幾つか種類が有るらしいが、大体は初級・中級・上級というグレード分けがあり、各グレード内でLv1~5ほど成長があるらしい。それで【強化魔法:中級】というスキルは、パーティー全員の能力値を5~10分間に渡って20~40%引き上げる効果らしい。但し、このスキルの習得には修練値300が必要で、1度の使用で魔素力50消費するということだ。効果が高いだけにコストも高いと言える。
ハム太に言わせると、「それを売るなんてとんでもない、のだ」というほど有用なスキルらしい。そのため、売るという選択肢は無い。俺としては(借金返済的に)「売っても良いかも」と少し思うが、4層で何やら
それで話し合いの中心は「誰が習得するか?」というものになるのだが、初めから魔法スキルを取りたいと言っていた飯田が習得するのが筋だろうと、俺を始め飯田以外の3人は考えていた。しかし、当の飯田はというと……
「まま魔法スキルぅ! でででも……う~ん」
と、ちょっと乗り気ではない様子。その後色々と勧めてみたりしたのだが、どうも本人は「魔法=炎がバーン! 雷ドカーン! 吹雪がビュー!」というのを想像していたらしい。気持ちは分かるが、そういう意味で【強化魔法:中級】は飯田のイメージと違うとのこと。そのため、
「ああ朱音ちゃんがとと取ればいいんじゃなないかな?」
と対抗意見を出してきた。ちなみにこの意見には飯田なりの理由があるらしく、ごちゃごちゃと聞き取りにくかったが、要約すると「最初は遠距離攻撃で敵を削り、接近された後はこのスキルで全員を強化すれば、行動に無駄が無い」ということ。そう言われると納得できる理由の気もする。
「そういう事なら、私は構いませんよ~」
ということで、余り
「朱音嬢の修練値は現在278なのだ、取得してもちゃんと習得して使うことが出来るまで、もう少し時間が必要なのだ」
ということだった。
「じゃぁ、次回の途中当たりで朱音の新スキルが炸裂だな!」
「じ、次回、ばバフ系魔法少女爆誕……ん……少女?」
あくまで前向きな岡本さんと、
「楽しみにしていてくださいね!」
とガッツポーズを送って来た。ブルブルッと震える飯田を見て、俺と岡本さんはそんな朱音に意味不明の拍手を贈っていた。
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