*44話 北七王子メイズ2回目⑤ 4層犬祭り、ワンワン


 入口を再出発したのが12:30頃。その後、再度前後から挟撃される状況を疑似体験しつつ、チーム岡本は4層への降り口を目指した。前後の挟撃が起こりうる状況を既に2度経験した結果、3度目は殆ど障害にならなかった。


 その間、ハム太から「平常心を保つのだ」をアドバイスされた俺も、途中3匹のメイズハウンドに一人で立ち向かう場面があったが、能力値[力]を[技巧]や[敏捷]に変換して、浅手をばら撒く方式で複数敵に対処する術を見出していた。やはり心の中には影が差したような昏い興奮・・・・・が燻るのを感じるが、それを意識せず、表に出さず行動することで、あの奇妙な昂ぶりに心を奪われそうになる事態は訪れなかった。


 そして程なく4層へ降りる階段へ到着したチーム岡本は、岡本さんの「よし、いくぞぅ」というダジャレっぽい言い回しで4層へ降りる。


**********************


 ハム太の情報では4層辺りから新しいモンスターが出現する可能性があるらしい。また海外のメイズ関連情報にもそのような内容があった。新に出現する可能性のあるモンスターは2種類で、ハム太がいうあちらの世界・・・・・・の呼び名は小犬頭鬼と矮緑鬼。ただ、こちらの世界・・・・・・では海外のメイズ・ウォーカー達がもっと馴染みのある呼び方で、レッサーコボルトとゴブリンと呼んでいる。実にファンタジーだ。


 どちらも4層では単体出現らしいが、ハム太によれば、


「小犬頭鬼……こっちではレッサーコボルトと呼ぶのだ、の特徴として、ピンチになると逃げるのだ。それでメイズハウンドを呼び寄せるのだ」


 という事だった。どうやら遠吠えのような鳴き声で同族(?)のメイズハウンドを呼び集めることが出来るらしい。だから、見かけたら速攻で斃した方が良いとのこと。対してゴブリンの方はというと、


「単体や数体レベルなら雑魚なのだ」


 とのことだった。ハムスターに雑魚呼ばわりされるとは……気の毒だ。


 そんな事前情報を聞きつつ、4層へ足を踏み入れたチーム岡本。目の前の光景はこれまでと同じトイレ風のデザイン。ラッキーなことに階段降り口の先は一本道だった。但し、5mも進まない内に通路は右に折れている。そして、


「いきなりかよ!」


 と岡本さんが声を上げた通り、通路の角、右へ折れる場所にモンスターの姿があった。それも、メイズハウンド2匹と共にいるのは二足歩行前提の体形に変化した……しかし、どう見ても外見は犬としか言いようの無いモンスター。


「レッサーコボルトなのだ!」

朱音あかね、アレを!」

「はい!」


 ハム太の声と俺の指示が被り、朱音の返事と共に矢が飛ぶ。しかし、咄嗟の事に狙いが甘かったのか、


「ギャンッ!」


 朱音の放った矢はレッサーコボルトの急所を外して肩口に深く突き立つ。斃せていない。その証拠にレッサーコボルトはふらつきながらもその場に踏ん張ると、怯えたような目を此方に向ける。


「外したぁ!」


 朱音が悔しそうな声を発して次の矢をつがえる。しかし、その光景を見たレッサーコボルトは一目散に通路を右へ折れてメイズの奥へ逃げていく。そして、


――ワウオウオウゥゥ――


 という遠吠えが通路に木霊した。


 慌てて追いかけようとするが、目の前には2匹のメイズハウンドが突っ込んでくる。どうしてもこちらを処理しなければならない。岡本さんと俺で1匹ずつ受け持つ。斃すのにはそれほど時間が掛からなかったが、その時には二度目の遠吠えが少し奥の方から聞こえてきた。


 どうやら逃げ出したレッサーコボルトは遠吠えで仲間(?)を呼びながら4層内を奥へ進んでいるらしい。


「どうする、コータ?」


 と言う岡本さんは、通路を進んで右に折れた先を見通している。それに追い付いて俺も先を見る。目の前には30mほどの直線通路。その先で通路は左に折れているようだ。しかし、どうするって言われても……例えばこの30mの直線通路を利用して朱音と飯田の攻撃で削りつつ戦うとか……くらしか思いつかない。いや、アリかな?


 3層への階段はすぐそこだ。この角に陣取って見える敵から遠距離で削りつつ、ヤバくなったらさっさと3層へ退散出来る立地だ。


(それはアリなのだ! 最悪の場合、撤退の時間は吾輩が稼ぐのだ)


 そんな考えにハム太も【念話】で賛成を伝えてきた。何とも心強いハムスターである。ということで、俺は思い付いた対応策を全員に伝える。みんな少し動揺したが、最悪ハム太が何とかする、というと納得したように同意してくれた。そして、朱音と飯田がポジションに付いたところで、メイズハウンドが通路の奥に姿を現す。その数……4匹!


**********************


「朱音、斃し切るより、ばら撒いて! 飯田も!」

「はい!」

「はははぃ」


 岡本さんと俺が角より少し前へ出て壁役になり、その直ぐ後ろに朱音と飯田が陣取る。そして二人は、そんな指示の通りに、とにかく突進状態のメイズハウンドを先頭から順に矢で射ていく。最初に現れた4匹の内、2匹が通路途中で朱音の矢により瀕死となり、1匹が飯田の矢を受けて手負いの状態で突進を弱め、そして残った無傷の1匹が岡本さんに飛び掛かる。しかし、


――バンッ


 やはり渦巻き模様が効くのか、目測を誤った飛び込みをしたメイズハウンドは、岡本さんの盾に叩き弾かれる。そして、着地して体勢を整えようとする所を、横から俺が[時雨]を突き込んで仕留めた。そのまま俺は、飯田の矢を受けた手負いのメイズハウンドも返す刀で切り払う。どす黒い血潮がパッと通路の壁に飛び散る。


「まままぢ、ろろ6匹ぃ!」


 と、そこで、飯田の焦った声が上がる。つられて通路の奥を見やると、そこには新手のメイズハウンドが、今度は6匹も現れていた。いや、多いだろ!


かける落ち着け!」


 とは岡本さんの声。対して朱音はそのまま矢を番えて放つ。こんな時、女の方が肝が据わるのか、それとも彼女特有の特徴なのか、とにかく朱音の射撃は安定したリズムで矢を撃ち出していく。


 しかし、30mほどの直線距離を突進状態になったメイズハウンドは10秒足らずで駆け抜ける。そのため、朱音の矢は2匹を戦闘不能にするに留まる。そして、活きの良い4匹が岡本さんと俺に突っ込んで来た。


「おぅらぁ!」


 雄叫びは岡本さんのもの。流石にLv2に上がった【戦技(最前衛)】のお陰で、盾とメイスの扱いが良くなっている。1匹をガッチリと盾で受け止めて、もう1匹にはメイズをお見舞いするスタイルが板に付いて来た、といった雰囲気だ。


 一方俺は、トップスピードで突っ込んでくるメイズハウンドに対して【能力値変換Lv2】で対抗する。「能力値[力]の半分を[敏捷]に変換」と心の中で念じ、跳び掛かる1歩手前といった状況のメイズハウンドに対して、こちらから踏み込んでいく。


 [敏捷]の能力値が上乗せされた踏み込みは、まさに一瞬の間に5歩分ほどの距離を詰める。結果として、跳び掛かるタイミングを逸した2匹は左右に跳び退くが、その時にはもう狙いを左側の1匹に絞っている。そして、跳び退く動作のまま宙に在る状態のメイズハウンドに八相からの袈裟懸けを見舞う。


――ピュッ


 と鋭い風切り音が切っ先に生まれ、疾った刃筋が犬の首を斜めに切り裂く。


 この一撃を受けたメイズハンドは着地もままならず、もんどり打って・・・・・・・床に転がる。まだ息があるが、じきに絶えるだろう。そう見切りをつけてもう一匹へ視線を向ける。すると、驚いた事に、怯んでいるだろうと思ったメイズハウンドは既に跳躍寸前の体勢にあった。4層のメイズハウンドは3層よりも少しタフだ、ヤバい!


 この時、俺の体勢は袈裟懸けを終えた直後の裏脇構え(心然流の構えで脇構えの左右逆バージョン)の残心、右首筋から肩と脇腹をメイズハウンドに晒している状態だった。跳び退くか斬り入るか? どうする? と心に迷いが生まれた。対してメイズハウンドは迷うことなくこちらを獲物と見定めている。


 その瞬間、脳裏に蘇ったのはアトハ吉祥メイズで初めて【能力値変換】を使った場面。今と似たように、目の前には跳躍寸前のメイズハウンドがいた。そして、あの時は……


「ガァッ!」


 次の瞬間、メイズハウンドが跳躍に移る。対して俺は殆ど無意識に当時を思い出して「能力値[抵抗]の半分を[力]に」と念じて、後は身体が動くのに任せた。


(アーッ!)


 その瞬間、脳内にハム太の焦った声が【念話】として響いていた。


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