*38話 USA! カタナソード[時雨]


「――お会計224,000円です。一括でいいの?」

「はい」


 出掛ける前に見ていたアメリカの通販サイトの値段よりも倍以上高いが、そこは「手間賃よ」とのこと。確かに現状入手が非常に困難なだけに、納得しなければならない理由だ。


「じゃぁ[認定証]のコピー取るわね」


 そう言うと、ミッキーさんは俺の[認定証]を持って一旦店の奥へ行く。一方、俺はその間、カウンターに目を落として黒塗りの鞘に収められた日本刀を眺める。正確には日本刀ではなく、日本刀風のカタナソードという事だ。


 武器キャビネットの中には同じようなカタナソードが3振りあった。ひとつは全長が120cmと長い物で[Shigure-Nodachi]という商品名。そしてもうひとつは全長60cmの[Shigure-Wakizashi]、まぁ脇差ということだ。そんな中から選んだのがこの[Shigure-Katana]ということになる。


 選んだ理由はサイズ感だ。全長が90cmで刀身の長さが65cmと、今使っている木太刀よりも短いが、一番サイズ感が近い。黒塗りの鞘に[Shigure-Katana]とエンボス加工がされているように商品名は[時雨]というらしい。他の2振りと同じシリーズ商品だった。こんな風にシリーズ名が付けられるところが、本物の日本刀と違い何処か工業製品めいている。


 ミッキーさんの話によれば、見た目は日本刀だけど細部は色々と異なるらしい。「素材がちがう」とか「製法がどうのこうの」とか「目釘が無い」とか「柄がどうのこうの」とか、結構色々言われた。しかし、


 ――偽物って言う人もいるけど、実用という面では申し分ないはずよ、審美性に全振りした現代の本物よりも丈夫でいいかもね、うふ、なんだか私みたい――


 とのことだ。後半の言葉は良く分からないが、確かにさっき見せてもらった刀身はヌラリと油の膜を纏っており、全体として均質なはがねの塊といった風情で、分かりやすい波々模様の刃文が妙にくっきりと浮き出ていた。伝統的な日本刀の立場からすれば偽物でも、流石に本物の武器としての威圧感はハッキリと感じらる。


「はい、お返しするわね、じゃぁクレジットカードを」

「あ、はい」


 奥から戻ってきたミッキーさんに促され、今度はクレジットカードを差し出す。ちなみにカードはPCを買う時に家電量販店で作った物だ。少し値引きが増える、ということで作ったカードが(ハム太が勝手に使っていなければ)初めて本来の役割を果たすことになる。


「――はい、オッケーよ」


 カード払いはアッサリと終わり、その後ミッキーさんは[時雨]の梱包作業に取り掛かる。その作業を見つつ、なんだか勢いで買ってしまった気がして、本当に良かったのか? という疑問が沸き上がってきた。


(大丈夫なのだ、吾輩の目で見る限りそれなりに質の良い鋼の剣なのだ)


 とはハム太の【念話】。ちなみに【念話】は魔素の消費が少ないためにこうして使えるが、【鑑定(省)】はメイズ内でなければ使えないらしい。そのため、[時雨]の質は完全にハム太の目利きということになる。まぁ、大輝曰く「経験豊富」らしいから……信じる事にしておこう。


「コータ先輩、良かったですね!」


 とは、嶋川の言葉。正直、購入に踏み切った理由の一つは、嶋川から聞いた岡本さん達の心配にあった。


 なんでも、昨日の反省会の後、俺以外の3人はラーメン屋でシメのラーメンを食べていたらしい。そこで話題になったのが、普段と様子が違う俺の事だったという訳だ。その話の中で、少し前に俺の装備(普段着系メイズ・ウォーカー)をみんなでからかった・・・・・ことを俺が根に持っているんじゃないか、という結論に達したらしい。


 それで、嶋川が少し前にミッキーさんに聞いた「個人輸入した武器」の話を思い出して、俺を誘い出した、ということだ。仮定の段階で誤解があって、結論も微妙にズレているが、心配させたことは間違いない。なので、まぁ結果オーライだろう。


「ありがとうな、嶋川」

「へへ、初デート、大成功ですね」


 お礼を言う俺に、嶋川は少し頬を赤らめて答える。え? これってデートなの? と思わず訊き返えそうとする。その時、


「こっから一番近いラブホは――フゴォ」


 梱包が終わって何か言い掛けたミッキーさんに嶋川の裏拳が炸裂していた。え?


「なにすんのよ!」

「いいから、タクシー呼んで」

「どこ行くの? やっぱラブ――」

「駅です! ハ・マ・駅!」

「なんで? いっちゃいなよ!」

「まだいきません!」


 その後「いっちゃえ、やっちゃえ」と言うミッキーさんと「いきません、やりません!」を一点張りする嶋川の口論(?)はタクシーが来るまで続いた。何言ってんだ、こいつら……。


**********************


 その後は、多少荷物が気になるものの、約束通り嶋川イチオシの火鍋屋[火川味]で激辛火鍋を食べることになった。お店は立川駅の北口から少し歩いた路地の中にある小さな店。良く言えば活気があって飾らない感じ、悪く言えば騒がしくて少し小汚い感じの店だ。正直、黙っていれば「良い所のお嬢さん」風に見えなくもない嶋川からは、余り想像できないお店だった。


「一人で来ても気にならないから、お気に入りなんです。ちゃんと辛くて麻辣しているんですよ」


 とのこと。確かに卓上炭火コンロと素焼きの鍋で提供される麻辣スープは辛いうえに舌が強烈に痺れるほど花椒が効いていて、一口食べると次が食べたくなる美味しさだった。一緒にビールを頼んだが、結局二人で大びん4本も飲んでしまった。


 そう言う雰囲気の店だったので、食事中はそこそこ会話が盛り上がり、嶋川は転属後のセクハラ体験やら、自身の境遇(帰国子女だと初めて聞かされて驚いた)やら、現在両親がベトナムに住んでい居て自分は1人暮らしで寂しいやら、色々と話していた。


 対して俺は、大輝と再会(?)した経緯や極小メイズに落ちた話などを話す。周りのお客に聞かれる可能性はあったが、まぁ誰も周囲を気にしていなく仲間内で盛り上がっている感じだ。それに聞かれたところでマンガかラノベちっくな妄想の話と思われるだろう。


「その里奈りなさんって、先輩の彼女さんなんですか?」


 話しの途中で嶋川から不意のツッコミを受けた。


「はぁ? ナイナイ、ろくに喋ってもないよ、最近」


 事実としてはその通りなんだけど、改めて口に出して言うと少し寂しい気持ちはある。


「ふ~ん、そうなんですか……あ、このエビちゃん頂き!」

「あ、それ俺の!」

「コータ先輩って結構たちが悪い・・・・・タイプですね」

「ひとのエビを取っておいて酷い言い草だ」

「ははは、そうでした……じゃぁ、このチンゲン菜をお詫びに――」


 ふと里奈の事に考えが行ったが、結局嶋川の行動によって有耶無耶になる。そして程なく、


「ご馳走様でした」

「でした」


 という事で食事は終わり、会計で誰が払うかで揉めて、何故か嶋川を今後下の名前の朱音あかねで呼ぶことを条件に、割り勘で決着して店を出る。10月の夜風が激辛鍋に火照った身体に丁度良く気持ちがいい。


「じゃぁ日曜日に」

「おお、気を付けてな」

「はい、先輩、途中で変なお店に言ったらダメですよ」

「こんな荷物もってそんな店に行くわけないだろ」

「ところでコータ先輩、私の名前は?」

「しま……じゃなくて朱音、これで良いんだろ?」

「はい、おやすみなさい」


 そんな会話で解散となった。帰り道でふと気が付いた事だが、よくよく考えてみれば嶋川のような女性と二人で食事をするというのは初めての経験だった。まぁ、良い経験だったと思う事にしよう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る