*37話 現代の武器屋?
電話口で開口一番に「先輩、今暇ですかぁ?」と訊く嶋川に、何も考えず「ああ、暇だよ」と答えた結果、1時間後には立川駅に立っていた。何が起こったのか、自分でもよく分からない。途中の会話をよく覚えていないのだ。ただ、なんとなく「荷物が多いから手伝ってください」という言葉を繰り返し何度も聞いた記憶はある。あとは、やたらと押しが強かった気もする。
「コータ先輩、おまたせですぅ~!」
程なくそんな声と共に嶋川が現れる。確かに荷物は多いようだ。メイズに行く時に持ってくる細長いスーツケースのようなキャスター付きのハードケースを曳きながら、大き目ソフトケースを肩に担いで、更に大きな円筒形のスポーツバックを手に持っている。160cmほどのスリムな嶋川の外見からすれば十分に大荷物だろう。その恰好で服装はひざ丈のデニムスカートに白いシャツと薄桃色のニットのカーディガン。不釣り合い過ぎて少し気の毒になる。
「これを持てばいいんだな?」
「はい……あ、ありがとうございます」
俺はそう言いながら嶋川のソフトケースとスポーツバックを引き受ける。ただ、中身は思ったよりも重くなかった。直感的に中身は弓かな? と思う。対して、嶋川は少しビックリした表情でそんな礼を言う。変な奴だ、荷物持ちに呼んだのはそっちだろ、と思うが一々口には出さないでおく。
「で、目的地ってどこなの?」
「は? 電話で言いましたよぉ?」
「え? そうだっけ?」
「……フフッ、まぁ良いです、横浜へ行きまぁす」
という事で、横浜駅へ向かうことになった。
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平日ながら午後2時半という事もあり、電車はそれほど混んでいない。TVなどのニュース上は先月末まで続いた政府主導の観光振興プロジェクトが新型ウイルスの感染拡大を引き起こすのでは? という話題が頻繁に取り上げられている。その影響だろうか?
道中では、嶋川がずっと立川駅周辺の美味しい店の話をしていた。しかもお店の志向がどうも「激辛」を売りにしている店ばかりに感じる。今日のレトルトカレーのように「激辛」は俺も好きな部類だ。そのため、途中から話は妙に盛り上がってしまう。そして、
「じゃぁ、今晩は暗黒麻辣火鍋[炎川味]でご馳走します! 勿論、お礼ですよ」
という事になった。その店と看板メニューは何度か動画サイトで見たことがある。なんでも「川味」というのは四川料理の事を指すらしい。辛さの本場を標榜する硬派な火鍋という事だ。その後「お礼にご馳走」の部分を巡って少し言い合いになったが、そうこうしている内に結論を得るよりも先に目的地の横浜駅に到着した。
嶋川の目的地は横浜駅からタクシーで10分ほどの距離にあるとのこと。駅前からタクシーに乗り込み目的地を目指す。そして、
「ここでとまってくださーい」
という嶋川の言葉でタクシーは停まり、外に降り立った俺の目の前には、[ミリタリーショップ プラトーン]と掠れたペンキ書きの看板を掲げる、限りなく怪しい店があった。
「いきましょ~」
「え? お、おう……」
嶋川に促されて店に入る俺。心情的には妹
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「いらっしゃい、やぁ
「おじゃまします」
店の店主らしい男性は、M字禿げで小太りの体形だが若造りな印象。妙にナヨっとしていて、目元がぱっちりと……あ、マスカラしてるんですね。よく見れば唇も不自然に赤いし頬もほんのりと桜色だ。うん、
「あらナイーブな感じで素敵、店主の
「ど、どうも……」
「強烈でしょ? コータ先輩」
「あら朱音ちゃん、男の趣味変わっ――フゴッ」
ミッキー(?)と名乗ったマスターと嶋川は、口ぶりからして知り合いらしい。冗談を言うように何か口にしたミッキーさんを嶋川が肩パンでド突いたりしている……ただ、ド突かれたミッキーさんは妙に痛そうだ。仲が良いんだね。
「マスター、メンテのついでにリカーブの方のドローを2ポンドほど上げたいです。あと、ブロードヘッド付きで矢を2ダース下さい」
「ゲホッ……ちょ、ちょっと1時間ほど外で時間を――」
「それより、この間電話で言っていたアメリカからの密輸品を見せてください」
「ちょっと朱音ちゃん! 密輸じゃなくて個人輸入だからね……」
嶋川とミッキーさんの間で進む話が、何となく呑み込めるようで呑み込めない。どもう嶋川はアーチェリーのメンテとドローウェイト調整が目的のようだ。そう言えばドローウェイトを重くしても云々と言っていた気がする。それにしても、話の途中で出てきた「密輸品」ってなんだ? 慌てて訂正していたけど、凄く
「そっちのお兄さんが見るの?」
「えっと、はい。そうです」
「やっぱり彼氏な――」
「やだぁ、マスター、そんなんじゃないですよまだぁ!」
会話の最後に嶋川の特大張り手がミッキーさんの背中に決まる。バチンッと大きな音が狭い店内に響いて、嶋川の言葉はよく聞き取れなかった。
「いつぅ……まぁいいか、じゃぁ、あっちの棚に纏めて置いてあるから適当に見て行って」
「は~い」
その言葉でミッキーさんは嶋川の荷物を持って見せの奥へ引っ込む。対して、嶋川は俺の手を取ると「あっちの棚」と言われた鍵付きのキャビネットに俺を引っ張っていった。そして、
「コータ先輩、
と言いながら、観音開きのキャビネットを開ける。
キャビネットの中には様々な形の武器が収められていた。RPGやファンタジー映画でよく見るような十字鍔の長剣をはじめ、刀身が太く短い片手剣、反り返ったサーベル、先端が二股に分かれた双剣、尖った穂を先端に備えた両刃の斧、馬上の騎士が使うような鋭い円錐のランス、幅広な斧刃を備えたハルバート……などが、ぎっしりと詰め込まれている。しかも、
「どれも鋼鉄製……模倣ではなく本物なのだ!」
と、いつの間にか背中のリュックから這い出して俺の肩に陣取ったハム太が耳の傍で大声を上げて言うように、全部本物らしい。というか、うるさい。
「これって?」
当然の俺の疑問。
「マスターが[受託業者]の名義を借りてアメリカから個人輸入したんですって……先週入荷したって聞いて、それでコータ先輩、この機会に装備を新しくしてみませんか?」
対して嶋川の答えは、この時ばかりは少し真剣味があった。
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