*36話 武器は妥協の産物か?


 翌日月曜日の午前中はベッドの中で悶々と過ごした。それでも、正午頃には空腹とトイレの欲求に耐え切れなくなり、仕方なく起床する。そして、トイレを済ませて部屋に戻ると、いつの間にか行動を開始したハム太がPCの電源を入れているところだった。


「おはよう」

おそよう・・・・なのだ、もう昼なのだ」


 そんな言葉を交わしつつ、俺はレトルトカレーを温め、冷凍してあったご飯をチンして朝昼兼の食事にする。ちなみにハム太は俺が愛食する激辛カレーが苦手らしい。前に一度「吾輩も食べるのだ」と言って来たが、一口食べると絶叫と共に悶絶し瑪瑙めのうの石細工に戻ってしまう、という事があった。それ以降はカレーに全く興味を示さない。お陰で俺はゆっくりと激辛カレーを堪能できる。


「ふぅ……暇だな」


 空腹が満たされ、辛さのお陰で眠気も覚め、身体は活動状態になる。しかし、口を衝いた言葉はそんなものだった。本当は今後の武器の事を考えなければならない状況にあるのだけど、何となく億劫に感じてしまう。一応、そう感じる理由は分かっている。その理由は……今現在ハム太が見ている或るWebサイトに起因していたりする。


「大輝様が愛用していたカタナという武器は日本由来の伝統的な武器だったのだ……」


 などと言いながらハム太が見ているのは日本刀のオークションサイト。実は、1度目のメイズを終えた後、俺はそのサイトを訪れて出品された刀をあれこれと物色したことが有る。その時は別に木太刀の攻撃力不足を感じた訳ではなく、ただなんとなく、


「日本刀ってカッコイイじゃん」


 という男の子的なノリだったのだが、結果的にブラウザをそっと閉じることになっていた。


 まず何と言っても種類が多すぎる。長さも重さも尺やら寸やら匁やら良く分からない。それに状態によるものなのか、偽物でも混じっているのか、値段のバラつきがもう意味不明だ。1万円から入札が始まる物もあれば、100万円スタートの物まである。ぱっと見は同じに見えるのに何故こうも値段が違うんだろう? 刀身の状態次第なのかと思い説明を見ると、そこにはもう不親切の極みとしか言いようがない説明が羅列してあった。


――身幅広く重ね厚く、地鉄小板目肌よく地沸つき沸出来、刃文匂口の深い互の目乱れ――


 何かの呪文か暗号かね? とても予備知識の無い素人が手を出すべき領域ではない、というのがその時の結論だった。


 その結論は今でも変わらないのだが、他方「ちゃんとした武器を求める必要が出てきた」という環境の変化に直面しているのも事実。その結果、分からない物を何とか理解して、且つ大金を投じて購入しなければならない、という面倒な状況に億劫さを感じているのだ。


 ちゃんとした武器で尚且つ【戦技(刀剣)Lv2】が効果を発揮する物と言えば、現状日本には日本刀を除けば別用途向け・・・・・に作られた刃物(マチェットや剣鉈類)しか存在しない。この事実は、俺に限らず日本でメイズ・ウォーカーをやっている[受託業者]に共通する悩みにもなっている。というのも、


「――日本という国は法で武器類を厳しく取り締まっているのだ……」


 まるで俺の考えを先回りしたようなハム太の声が言う通り、平和な国ニッポンの優れた治安維持機能が思わぬ障壁になって立ちふさがっている、という事なのだ。


 所謂いわゆる「メイズ特措法・メイズ関連法」が施行された日本では、現在[受託業者]が銃砲類以外の武器を所持することは「メイズに行く」という正当な目的がある限り違法ではない。ただ、そんな[受託業者]のために武器を製造したり販売したりする場合、これが違法なのか合法なのか判然としない。


 そのため、[受託業者]向けの武器を製造販売しようという国内企業は現在のところ皆無だ。中には飯田金属(株)のように内々に検討しているところはあるかもしれないが、実際に市場に出回ったという話はインターネット上を探しても皆無。


 一部には、海外メーカーから[受託業者]が個人輸入を試みて、税関の「特別輸入許可」を取得した、という情報があるが本当のところは確かめようが無い。


「外国には日本のカタナを模した武器を作って売っている企業があるのだ」

「……そうだね」


 もう「お前は俺の思考を読んでWeb検索をしているだろう?」と言いたくなるタイミングで、ハム太は米国の或る企業のWebサイトを見ている。そこには日本刀を模したサムライソードカタナを始めとしてロングソード、レイピア、グラディウス、スピア、中国風の曲刀類まで、豊富な商品ラインナップがページ上に表示されている。値段もメイズで使うことを考えれば1,000ドル前後というのは妥当な値段に見える。ただ、


「個人輸入とかやったことないし……そもそも英語苦手だし……騙されたら嫌だし……」


 やりたくない理由ばかり思い浮かぶお年頃なのだ。


**********************


 とは言っても、3層以降の複数モンスターがグループで出現する環境では、各自の連携も重要だが1体のモンスターを素早く処理することがとても重要になる。その事が昨日の北七王子メイズで良く分かった。そしてハム太が言う俺の弱点というのが、この点に関係していることも分かってしまった。早い話、木太刀は攻撃力に劣るということだ。


 俺の木太刀は練習用ということもあり、重さ3kgの超重量級だ。重さだけで言えば、岡本さんのメイスよりも重たい。しかし、打撃武器としての重量配分であるメイスと違い、木太刀の重さはあくまで・・・・練習用。握った経験は無いが、多分日本刀の重量配分を模しているだろう。だから、重い割には打撃力がそこまで強いという訳でない。その証拠に、俺が素の状態でメイズハウンドを叩いても、精々が骨を圧し折る程度で、一撃で斃すまでには至らない。それが、岡本さんのメイスの場合は、一振りで肉を破り内蔵を潰し頭を砕く……思い出したら気持ち悪くなってきた……まぁ、とにかく威力が違う。


 その結果、俺は【能力値変換】を多用して威力不足を[力]で補う戦闘方法を無意識に選択していた。だが、これは考え物で、まず使用型アクティブスキルの使用には[魔素力]を消費する必要がある。今の俺の魔素力は(ちょっと上がって)49。つまり、連続で使用できるのは精々4~5回が限度ということになる。昨日の戦闘でも飯田が怪我をした直後のスキル使用が連続4回目で、その時点で魔素力が空になっていた。もしも、あの状態で更に追加のモンスターグループが現れたら危ない場面だったと思う。


――そう思って吾輩はリュックサックから飛び降りたのだ。万が一危ない場合は手を出すつもりだったのだ――


 とハム太は後で言っていたが、つまりそうなる・・・・可能性がある危ない戦い方をしていた、という事だ。それも俺だけが危ないのではなく、チーム岡本全体が危険に晒される可能性があるという意味だ。現に昨日は飯田が怪我をしている。アレも、もし俺が最初の一撃で斃し切らないまでもメイズハウンドを無力化させることが出来ていれば、起こらなかった怪我だ。ハム太が4層行きに反対したのもこの辺りの理由からなのだろう。


「う~ん……やっぱりマチェットあたりが無難か……」


 以前ホームセンターに行った際に見つけたものの、購入を見送った藪払いと枝打ち用のマチェットを思い出す。調べたところ日本国内で売られているものは意図的に[刃]を付けていないらしい。ならば、アレを購入して飯田に頼んで研いでもらうか……刀身が薄くて頼りないから2本ほど予備も買っておく必要がありそうだ。


 しかし、そんな方法でいいのだろうか? 明日が火曜日だから、道場で豪志先生に相談してみようか……うん、そうした方が良い気がする。


 などと俺が考えていると、


「コータ殿、米国から日本に発送が出来ないようなのだ」


 とハム太の声。いつの間にかあちらの国・・・・・の通販サイトで[Shiranui-Katana]という商品の決裁寸前まで進んでいた。お値段800ドルは、まぁ手頃か。でも決裁ページまで進んで[OK]を押したところで、


――We can not deliver your order to your country. We are sorry for this inconvinence.――


 というメッセージが出て先に進まなくなったようだ。…………って、なんで俺のクレジットカードの情報を知っているんだ?


「英語が分からないというコータ殿のために……あ、いや、まだ・・勝手に使った事はないのだ!」

「まだって――」


 ハム太の言い訳に俺が更なる抗議を上げる、その一瞬前、不意にスマホの着信音が響いた。手に取ってみると、


――着信 嶋川朱音――


 となっていた。


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