*35話 挑戦! 北七王子メイズ③ 哀しき男、コータの弱点


「吾輩は3層に留まる事を推奨するのだ」


 俺の疑問には答えず、ハム太がそんな意見を述べる。


「でも、それだと3時間ほど待ちになる」


 対して岡本さんは俺と同じような考えだったらしく、そう言う。すると、


「待つ必要は無いのだ。これから入口へ戻るのだ」

「でも、それだと変に湧いたモンスターに後ろをとられ――」

「それで良いのだ! 疑似的に背後を取られる可能性がある状況を再現できるのだ! メイズは一本道ばかりではないのだ!」


 とのこと。尤もらしい・・・・・事を言うハム太に俺の反論は遮られてしまった。


 結局、このハム太の意見に嶋川が賛成し、飯田が賛同し、岡本さんも「そういう事なら、そうだな」と納得した。そして、チーム岡本はいつ再湧きリスポーンするか分からない状況の中で来た道を逆に進むことになった。


 そして、通路の中間に差し掛かったところで再湧きリスポーンしたモンスターと対峙することになった。


「前方、大黒蟻3匹なのだ!」


 【気配探知】で得た情報で警戒を促すハム太の声。それと殆ど同時に、通路の先から3匹の大黒蟻が出現した。直ぐに嶋川が反応して矢を放つ。放たれた矢は真っ直ぐ飛ぶと右脇の1匹へ突き立つ。但し頭部中央の一番硬そうな場所に当たった矢は余り深く刺さらず、大黒蟻の前進を鈍らせるものの止めるまでの効果は無い。


「うぉらぁ!」


 メイズハウンドの突進ほどではないが、床を這う大黒蟻の前進もそこそこに早い。早速、左脇の一匹が岡本さんに接近。対して岡本さんは盾ではなく、最初からメイスを思い切り振り下ろした。直径80cmの円形盾は背の低い大黒蟻に対して有効ではない。そのため、サッサと一撃を入れて斃す事を優先したようだ。


――グシャッ


 岡本さんのメイスは狙いたがえず、大黒蟻の頭部を叩き潰す。しかし、中央からの1匹と嶋川の矢を受けた1匹が、そんな岡本さんに咬み付こうと大きな顎を振りかざして肉迫する。


 「能力値[抵抗]の半分を[力]に!」と念じながら、俺はその攻撃に割り込みつつ、先ずは中央の1匹へ木太刀を振り下ろす。狙い処は頭部と体節を繋ぐ接合部。以前大輝から聞いた話では、大黒蟻の急所はこの場所だ。そして、俺の木太刀は【能力値変換Lv2】の効果を得て、大黒蟻の細い接合部を引き千切るように断ち割った。ただ、力み過ぎたようで、木太刀は上手く止まらずに、


――ゴツンッ


 という固い手応えと共に床を強かに打ち付ける。ミシッと不穏な手応えが両手に伝わった。


「チッ」


 と思わず漏れる舌打ち。しかし、まだ右側の1匹が至近距離で残っている状態だ。立ち位置的に岡本さんより俺が近い。どうする? と呼吸の間隙に躊躇ためらいいが生まれる。その時だった。


「後ろからメイズハウンド3匹なのだ!」


 新手の出現を報せるハム太の声が上がった。


**********************


 その瞬間、背中のリュックに一瞬荷重がかかった。多分ハム太が飛び降りたのだろう。ただ、この時の俺にその事を確かめる余裕は無い。背後を取られた、という焦りだけをやたらと・・・・大きく感じていた。


「岡本さん、コッチ頼みます!」


 俺はそう言うと、きびすを返し後方へ向き合う。視界に飛び込むのは突進状態の3匹。対して、


――ビュンッ


 と鳴るのは飯田のクロスボウだ。ピストルタイプ用の短いボルトが発射され、飯田の対面、向き変って右側の1匹に命中する。しかし、完全に斃すことは出来ない。


 「能力値[抵抗」の半部を[力]に!]再度そう念じると、俺は3匹に対して自分から間合いを詰める。岡本さん達の背後を守るため、スペースを確保しようとした結果だ。そして、成り行きのままに中央の1匹に対して木太刀を振るう。今度は完全な手応えを得て、メイズハウンドは突進状態の頭を潰され床を転がるように後方へ滑った。しかし、


「ギャワッ!」


 大振り・・・の後に出来た隙に、左側からメイズハウンドが飛び込んで来た。細く鋭い牙をいびつに生やした顎が迫る。


「っくぉ!」


 その一撃を何とか木太刀の腹で横にいなす・・・。真剣ならば、撫で斬りになるのだろうが、木太刀ならば攻撃を逸らすのが精一杯・・・・・・・・だ。


「コータ先輩!」

「先輩ぃ!」


 この状況に、先に上がったのは嶋川の声。しかし、立ち位置的に残り2匹のメイズハウンドと嶋川の間には俺が立っていることになり、彼女は矢を撃てない。一方、次に上がった飯田の声は悲鳴に近いものだった。ボルトを肩から生やした状態のメイズハウンドが狙いを飯田に定めたように飛び掛かろうとしている。


「っ!」


 もはや【能力変換】を使う余裕もなく、俺はその攻撃に割り込むと、咄嗟に木太刀ではなく・・・・、左足を足刀そくとう蹴りの要領で蹴り出して、メイズハウンドに一撃を加える。木太刀ならば効果の薄い突き ・・・・・・・にしかならないため、体重を乗せられる横蹴りを選択したというわけだ。その一撃でメイズハウンドの攻撃は横にれた。だが、逸れただけだ。しかも、その動作によって反対側のメイズハウンドに背を向ける結果となる。


「先輩、後ろぉ!」


 今度は嶋川の悲鳴。俺は三度みたび「能力値[抵抗」の半部を[力]に!]と念じつつ、振り返りざま・・・・・・大薙胴おおなぎどう(心然流の技の一つ)を打ち放つ。身体の捻りが遠心力に加わったその一撃は、俺の背中へ跳び掛かろうとしたメイズハウンドの胸を強烈に打ち付け、まるでバッティングセンターのファウル当たりのようにメイズの壁へと叩き付けた。ただ、間が悪い事に、胴丸貫きどうまるぬきの別名を持つ強烈な大薙胴おおなぎどうの一撃と同時に、俺も大きく体勢を崩してしまった。


「くくそっ、あああっち行け!」


 だが、まだ終わりではない。飯田の声が示すように、俺が蹴り退けた最後の1匹が飯田に咬み付こうと肉迫したのだ。この時点で飯田はピストルクロスボウをリコッキング出来ていない。一方、嶋川は射線が通らない状況、岡本さんは正面に残った最後の大黒蟻に一撃を叩き込んだところだ。


「あぁぁっ!」


 払い除けようとした飯田の右手にメイズハウンドが咬み付く。そのタイミングで漸く俺の攻撃態勢が整った。ただ、木太刀で殴ったの・・・・・・・・では威力が足りな・・・・・・・・。必然的に4度目の【能力変換】を使った俺は、飯田の左手に食い下がったメイズハンドの背を首の付け根当たりから袈裟懸けの要領で打ち切った・・・・・


――グバァ!


 慣れない手応えと共に、木太刀には存在しないはずの刃がメイズハンドの背をズタボロに引き裂いた。そして残されたのは、出血する右手を抱えた飯田だけになった。


(いい具合に斬撃の剣気が飛び出たのだ……しかしコータ殿、魔素力の残りが7なのだ)


 粗い息の合間に、ハム太の【念話】がそう伝えてきた。


**********************


 その後、チーム岡本は3層入口まで移動すると、そのまま地上を目指すことになった。飯田の怪我はハム太の【回復ヒール(省)】によって直ぐに治されたが、その後も散発した前後からの挟み撃ちで全員疲れ切ってしまったことが原因だった。


 一方、ドロップ品は順調で高額買取り品こそ無いものの、メイズストーンだけで11kgを記録し、その他素材やポーションも併せると収入は1人当たり152,000円という結果になった。悪くない結果だと言える。しかし、何故かそこまで嬉しいという気分にはなれなかった。


「今日は立川まで出て反省会をするぞ!」


 という岡本さんの言葉。メイズ後の反省会という名の飲み会は、もはや恒例行事になっている。本当は余り乗り気がしないけども、飯田も嶋川も特に異論が無い様子なので「場の雰囲気」を壊したくない俺は、3人と共に移動。そして、反省会と飲み会を済ませた。ただ、全員が結構なお疲れモードだったため、早めに始まった会は夜7時過ぎには、


「次回は来週の日曜日、場所は同じ北七王子メイズで」


 と決めてお開きになった。


「コータ先輩、大丈夫ですかぁ?」

「これから2軒目行きませんかぁ?」

「え~疲れてるぅ? 私のアパートここら辺なんですよ……休んでいきますぅ?」


 とは解散間際の嶋川の言葉。実は今日の反省会中、彼女は結構な頻度で話し掛けてきた。ただ、何と言うか……全体的に上の空になってしまった感がいなめない。


(コータ殿、淑女レディが話しかけているのに素っ気なさ過ぎなのだ)


 帰りの電車の中で、そんなハム太の念話が頭に響く。しかしそもそも、俺が調子を下げているのはお前の言葉のせいだろう、と思う。なんだよ、俺の弱点って……


(それはもう、コータ殿も気付いているのだ)


 チッ、と舌打ちが出る。やっぱりそういう事か……という感想と共に荷物の木刀ケースを見る。豪志ごうし先生からの贈り物にケチをつける訳ではないけど、やっぱり、これから先に進むのに武器が木太刀というのは……


(まぁ、ゆっくり考えるのだ)


 という事だった。

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